有野君は今日も告る

1103教室最後尾左端

有野君は今日も告る①

「死ぬまであなたを愛します! 僕と付き合ってください!」


 ただいま決死の告白をしているのは有野ありの君だ。細身で小柄、どこか頼りなさげな体躯。女子ウケのよくないタイプの天然パーマからはつぶらな瞳が見え隠れする。


 放課後、人気のない教室、二人の男女というベッタベタなシチュエーションの中、百何回目のプロポーズだそれはと問い詰めたくなるような大仰なセリフを放った彼だったが、震えを必死にこらえる声色から、必死さは伝わってくる。


「……」


 お相手の女の子は、星野優香ほしのゆかちゃん。有野君の言葉を静かに聞いている。彼女はクラスで一番の優等生で、誰にでも分け隔てなく優しく接する聖人のようなお人だ。おめめパッチリ、笑顔くっきり、ちょっと天然っぽいところもご愛敬。身長160センチくらい。推定Cカップ。


 誰にでも優しく接するために、勘違いする陰キャ共、もとい被害者が後を絶たないことで有名だ。「一高の撃墜王」とは彼女のことである。ちなみに名付け親は私。今考えた。


 ん? それなら私は誰かって? よくぞ聞いてくれた。


 私は森矢もりや。有野君の幼なじみであり、クラスメートだ。今日、たまたま掃除用具入れの中にいると(なぜ入ったかはよく覚えていない。そこに掃除用具入れがあったからだ、とでも言っておこう)、二人が教室にただならぬ雰囲気で入ってきたために、出られなくなってしまった、哀れな華の女子高生である。古びた金属でできた掃除用具入れの中は、灼熱のように暑く、私の額には汗がにじんだ。


 二人の間にはたっぷり十秒ほどの沈黙があった。が、星野ちゃんが気遣うような声でその静けさを破った。


「ありがとう。とってもうれしいよ」


 とりあえず、有野君の告白の意志は星野ちゃんに伝わったらしい。あんなセリフでも冗談じゃないと分かってもらえただけ、有野君の声には真剣さがあったのだろう。


 有野君は何も言わず、じっと次の言葉を待っている。望み薄なのは分かっているだろう。有野君と星野ちゃんの接点はほとんどない。星野ちゃんが有野君に惹かれている可能性は皆無と言っていいだろう。それでもきっと彼の心には、コーヒーをこぼしたときのシミみたいに、頑固で落ちない期待が残っていると思われる。


 しかし、現実は儚い。私はこの告白の結末を知っている。


「でも、ごめんね。私、実は彼氏いるんだ」


 そう。星野ちゃんには既に彼氏がいる。そして、これは女子の中ではそれなりに有名な話だった。


「そ、そっか。ごめん」


 有野君はやや震える声でそれだけ言い残し、教室から走り去っていった。ほどなくして星野ちゃんもゆっくりと教室をでていった。


 私は二人が完全に教室から出て行ったのを確かめてから、掃除用具入れから飛び出た。約10分ぶりの外界は涼しく、快適だった。もう二度と、掃除用具入れに入るのはやめようと強く心に誓った。


 勉強になったな。有野君。


「かわいくて優しい子には彼氏がいる」


 ここ、テストに出るぞ。

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