空気ねことお別れ
吉岡梅
目覚めた時には既にねこ
目が覚めると枕元にねこがいた。
おっなんだ夢か、と思ったもののどうやら俺の目は覚めている。どこからか侵入してきたのだろうか。布団から半身を起こして部屋を見回してみると、窓はきちんとしまっている。キッチンへと続く扉もだ。いつもとおなじ8畳間。蟻の這い出る隙ならまだしも、ねこが入れるような箇所はなさそうだ。
あらためてねこの方を振り返ると目が合った。ねこ。真っ白な短毛に緑の瞳。右耳だけは黒くしっぽはすんなりと伸びている。首輪はついていないが黒い耳の先が桜の花びらのようにカットされているところを見ると、野良ではあるが処置済みのようだ。だとすると、近所で暮らしてる猫なのだろうか。
俺が首を捻って考えていると、ねこも小首をかしげて不思議そうにしている。
「不思議なのはこっちの方だっての。お前はなんなんだよ」
「ねこです」
「ねこなのは分かってるよ。どこの子なんだよ。つか、なんでここにいるんだよ」
「ねこなのでわかりません」
ねこは悪びれもせずにすんなりと答えた。俺はふう、とため息をついて布団から出た。そろそろ四月になろうかという時期だが、まだまだ朝は肌寒い。あわてて
「そんで。朝飯作るけど食べるか」
「いただきます」
「ねこは何食べんだ。今ある奴だとはんぺんくらいかな? なあ、お前はんぺん食べられるのか? 黒はんぺん。ふわっとした奴じゃなくてべたっとした奴」
「ねこなので食べられます」
またもやねこはすんなりと答えた。それはわかるのかよ。俺は悪態をつきながら扉を開けてキッチンへと向かう。やれやれだ。ようやく一人出て行ったと思ったら、またようわからん奴がやってきやがった。めんどくさいこった。いつのまにか足音をたてずに後ろにいたねこが、不思議そうに話しかけてくる。
「何か良い事でもあったのですか」
「は? なんで」
「顔が嬉しそうだったので」
「俺の?」
「はい」
そう言われて、初めて俺は自分がニヤついていることに気が付いた。この際だからはっきりさせておこうと思うのだが、実のところ、嬉しかった。
「別にねーよ。ねこだからわからなかったんじゃねーのか」
そうかもしれません。というねこに、黒はんぺんを2切れ出してやった。食べにくそうにしていたので、小さくちぎってやるとムチャムチャとたいらげた。
「そんで、お前どうすんの。どっかに帰る場所あんのか」
「ここにお世話になろうかと思っていますが」
「いきなりだな」
「では、よろしくお願いします」
「勝手に決めんなよ。OKかどうか確認しろよ」
「住んでいいでしょうか」
「いいけどよ」
ねこは、では、あらためてよろしくお願いします。と言うと、さっさと布団の上に行って顔を洗い始めた。勝手な奴だ。俺は諦めて自分の分の飯を作ることにした。
目玉焼きを焼きながら考える。ねこ。ねこ、か。ふと、俺は先日出て行ったばかりの弟の事を思い出した。
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