初恋した美少女幽霊と、10年ぶりに再会する秋。

満月mitsuki

第1話 出会い

 夏の暑さを鎮めるように、秋雨が降った。

「もっと降れ、もっと長く・・・・・・。」

 夏樹は、傘を差さずに全身で冷たい雨を浴びた。

 皮膚から、雨粒が滴り落ちていくのが惜しかった。


 この粒のどれかに、彼女の欠片があるかもしれないのに。



 〇

 夏樹は子供の頃、空と海は同じものかもしれないと思っていた。


「父さん、ほら! 大きなお魚さんだよ」

 幼い夏樹は、青空を指した。

「お魚なんか、どこにもいないぞ」

 父は空を見上げ、目を凝らした。

「あそこだよ、あそこ! 大きすぎて全部が見えないんだけど、お魚さんのお腹の所だよきっと」


 青空には、透き通った白の水玉模様が連なっていた。


 くすくすと、父が笑い出した。

「ああ、あれは雲だよ。鱗雲っていうんだ。

 まるでお魚の鱗みたいだろ?」


 夏樹は、ちょっぴりしょぼくれた。


 秋の空に、大きな魚が泳いでる。

 そっちの方が、ずっと面白いのに。


 初めて福島に来たのは、九歳の頃だった。

 父親の転勤により、東京から家族揃って引っ越してきた。


 夏樹は友達と離れるのが寂しかったが、すぐに福島の風景に魅了された。


 信じられないほど明るく光る星空や、雄大な磐梯山。どこまでも広がるお日様のような、ひまわり畑。

 中でも、夏樹のお気に入りは『五色沼』だった。


 沼といえば、小さくて泥っぽくて、湖や池よりも、ずっとしょぼいイメージだった。


 しかし夏樹が初めて五色沼を目にした時、そんなイメージは頭から吹っ飛んだ。

 息を呑む美しさが、目の前に広がっていた。


 五色沼とは、毘沙門沼・赤沼・みどろ沼・竜沼・弁天沼・るり沼・青沼・柳沼などがあり、沼が5つあるというわけではない。

 訪れた時の季節や天候、時間帯、火山性物質による水質の違いなどにより、様々な色彩が見られることから「五色沼」と名づけられたそうだ。

 それぞれの沼の色が違う不思議な場所で、

「神秘の湖沼」とも呼ばれた。


 どの沼もとても美しいけれど、夏樹が一番好きなのは青沼だった。

 まるで宝石のような色だった。

 この青さを自然が作ったなんて、とても信じられなかった。


 家から五色沼までは少し距離があったが、夏樹は自転車を飛ばし、1人でも眺めにいった。



 ある時、夏樹が青沼に向かっていると、木の影から何かが浮かんでいるのが見えた。それが気になり、岸辺まで急いで駆けていった。


 辿り着いた矢先、夏樹は息を呑んだ。


 水面に、裸の少女が浮かんでいた。


 真っ白な身体。

 長い黒髪が花びらのように広がっていた。


 その時、夏樹は今までに感じた事のない胸の高鳴りを感じた。

 これまで目にしたものの中で、1番美しい風景だった。


「もしかして、人魚?」

 夏樹は勇気を出して声をかけた。


「だれ?」

 澄んだ空気に、鈴のような声が響く。

 少女は、ぽちゃりと水音を立て、沼底に脚をつけた。


 吸い込まれてしまいそうなほど、黒く大きな瞳をしていた。

 濡れた髪が、少女の白い肌を覆い隠した。


 夏樹は、女の子の裸を見るのが初めてで、心臓がバグバクした。


 少女は、ゆっくりと岸辺まで歩いて来た。

 彼女を中心に、水面に波紋が広がっていく。


 夏樹はゴクリと唾を呑んだ。

 彼女が岸に上がって来られるように、そっと手を差し伸べた。


 少女は一瞬その手を取ろうとしたが、すぐに引っ込めた。

 そして、小さな唇を震わせながら言った。


「私ね、幽霊なの」

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