2-8 クリスマスの次にはお正月が来るのだった。
「いや、ブラックサンタっていうのもいるんだよ。黒いやつ」
と、依頼人が帰ったあとで戻ってきた魔女は、そんな、あらゆるものが台無しになりそうな雑学を披露した。
まあ僕も知っている。
そういうものがあるのだという無駄知識はありつつも、あの場で語るのにあまりにもふさわしくないので黙っていたのだ。
そして今も、黙っていてほしかった。
……僕は依頼人を救えなかった。
それはどうにも、案外重く心にのしかかっているらしい。
つまり、ありていに言えば、空気を読んで黙っていてほしかったと、そういうことで――
魔女は、空気なんか読まない。
僕がなんとも言い難い気持ちで黙りこくっていると、所定の席に着いた魔女は、エコバックの中身をテーブルに出す。
紙パックのコーヒー牛乳と、それから、プリン。
やはり分量は一人分しかない。
まあ、いいけれど。今は食べる気になれないから。
「いやあ、それにしても助手くん。事件解決、お疲れ様だったね! というか事件は最初から解決していたわけだけれども。これで依頼料が入るなんて、探偵業というのは案外ボロい商売なんじゃないかな?」
「どうしてあなたは、僕が殺意を抱いてしまうような物言いをするんですか?」
「え⁉︎ 素直な感想を述べただけじゃん⁉︎ 私、なにか悪いこと言った⁉︎ いや、そう聞こえたとしても悪意はないよ! 本当に!」
悪意がないのがより最悪、ということもあるのだと魔女に教えるのは、なかなか、骨が折れそうだ。
僕はため息をついて、
「まあ、たとえボロい商売だったとしても、今のままじゃあ、専業でやっていけませんよ。なにせ依頼のペースが月に一度で、料金も生活費にはほど遠いし、あなたは毎日コンビニで五百円以上使うんですから」
「ま、まあ貯金もあるし……っていうか、そういうリアルな話、やめよう! 心臓が痛くなるよ! 直視しません、リアル! 魔女とリアルは相性が悪いんだ」
「相性、良くはないでしょうけど……」
「リアルな物事の温度がね、ダメなんだよ。リアルな物事には、たいてい人間の体温がある。私は人間関係が苦手だしね。人間関係は君に任せるよ」
「僕だって得意じゃないですよ」
「しかし君、依頼のたびに友達を増やしているじゃないか」
友達の定義について、僕は案外、考えてしまう方だ。
僕が迷いなく友人と呼べるのは、おそらくこの世界に一人きりだし、それはなかなか、増えることもないだろう。
けれど、魔女の基準では、『連絡先を交換したら友達』ぐらいのゆるさのようだ。
その気軽さは、皮肉でもなんでもなく、かなり、羨ましい。
僕よりよほど人間関係がうまそうだ。魔女なのに。
「というか、『依頼のたびに』ってとんだ叙述トリックじゃないですか……僕がここに入ってから解決した依頼、まだ一件ですよ」
「百パーセントじゃん!」
「だいたい、仕事上の付き合いで連絡先を交換した相手を『友達』と呼ぶなら、先生と元の勤め先のコンビニ店長も『友達』では」
「定義を改めます。すみませんでした」
全面降伏まで一秒もかからなかった。
なんて虚しい論破なのだろう。ねじ伏せたこちらが申し訳ない気持ちになってくる。
……などと考えていると、スマホに連絡が入った。
この職場は上司がコレなので、勤務中にスマホが鳴ってもなんとも言われない。
遠慮
いちおう上司である魔女に視線でおうかがいを立ててから、電話に出る。
「はい、もしも――」
『もしもし⁉︎ 同じ学校だったの⁉︎』
……なぜだか大興奮している。
事情を詳しく聞いてみると、僕の友人である例のあの男から、依頼人の方に『そういえば知り合ったんだな』と連絡がいったらしい。
僕の友人、なんで依頼人の連絡先を知ってるんだろう……と思ったが、ここで隠されていた関係性が明らかにされた。
今回の依頼に出てきた被害者のタナカさんと、僕の友人とは、幼馴染なのだが……
依頼人と僕の友人ともまた、幼馴染だったらしい。
家が
これは……これはどうだろう、気付けなかった僕のミスか?
たしかに、あいつは加害者であるバンの運転手を『おじさん』と親しげに呼んでいたし、事件があったような狭い道にバンが入るというのは、その近辺に家があるからというのは考察できるぐらいのものだった気もするが……
まあ、単純に、友人にタナカさんの話を聞いた時に確認しなかった、僕側のミスだろうけれど……
そこに推理の余地を入れないでほしい。
ともあれ、なぜだか大興奮の依頼人は、そんなようなことをまくし立てたあとで、こう述べた。
『初詣行かない? 振袖持ってるんだけど』
……そういえば、今日は十二月二十七日。
クリスマスはとっくに終わってしまったけれど、もういくつ寝れば、お正月なのだった。
本当に、嫌になる。
クリスマスを祝えない彼女に同情して、その悩みを解消できなかったことにかなり心を重くしたのに――
クリスマスなんて、一年に多くある吉日のうち、たった一つにしかすぎないのだった。
……赤い服を着損ねた人々だって、和装で新年を祝うことができるのだった。
「いいですよ」
と、ため息まじりに応じてしまったのは、依頼をうまく達成できなかった罪の意識によるものか。
はたまた、初詣のお誘いなんていう、姉がいたころには絶対になかったイベントに、心が沸き立ってしまったからか。
先方が振袖で来るというなら、僕もそれなりの格好をしないといけないな、なんて思っていると、
『じゃあ大晦日、着付けをしに行くから! 絶対似合うと思うんだ、振袖!』
「え“っ、待っ、なんで僕が着ることに――」
電話は切れた。
僕はスマホを握り締めながら、魔女を見た。
魔女はニヤニヤしていた。
「サンタクロースが靴下に入れたのは、初詣の約束と振袖だったんだね」
「なにもうまいこと言えてませんよ」
この件にかんして、サンタクロースは最初から最後まで関係ない。
僕らはもう、そんなものが自分の家に侵入して枕元の靴下にプレゼントをねじこんでいくなんていう夢物語からは、おさらばしているのだ。
だからこれは、きっと、どちらかと言えば、魔女の効能だ。
魔女をなんだと思えばいいのか、その答えは僕にはまだ出せないが……
少なくとも、縁結びの御利益がある可能性は、否定できないだろう。
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