2-4 必要なのは死者の調査だった。
「精神科でしょ」
コーヒー牛乳の最後の一滴を『ジュボッ』と音を立ててすすりながら、魔女はヘラヘラ笑って言った。
「いや、それは精神科だよ君。少なくとも探偵の出る幕じゃあない。死んだ人間はよみがえらない。夢で出てきたとして、それは、夢を見ている本人の記憶……妄想でしかない。その妄想に囚われて自分が殺人を犯したんだと思い込むなら、訪ねるべきは探偵じゃない。精神科だ」
非常にまっとうな意見なので非常に困る。
魔女がまともなことを言うと、そこには必ず『お前が言うのか……』という不完全燃焼感がつきまとうのだ。
しかしまずは、理解を示すしかない。
なにせ今回は僕の主張の方が常識から外れているのだという自覚があるのだから。
「先生のおっしゃっていることは、ごもっともですよ。しかし、探偵にはどうにもならなくたって、魔女になら出る幕があると思いませんか?」
「ないよ! 君は魔女をなんだと思っているんだい⁉︎」
「逆になんだと思えばいいんですか?」
「ええ⁉︎ いやあ、そう聞かれるとめちゃくちゃ困るな! とにかく、とにかくだよ? 私にできることは皆無だよ。まあ、良識のある大人として精神科の受診をおすすめするぐらいかな」
「あったんですか? 良識」
「君はひょっとして、私のことをとんでもなく社会不適合な大人だと思ってない?」
自覚がない人に真実をつきつけるほど、僕は残酷になれなかった。
なので話題転換。
「まあそれでも、依頼人の納得と満足に寄り添う努力ぐらいはできるのではないでしょうか」
「……私さあ。猫探しとか、浮気調査・素行調査とか、そういう依頼が来るのを期待してたんだよね」
「『魔女の探偵事務所』に⁉︎」
「なにが問題なのさ」
この問題を認識するには『常識』というハイコンテクストが必要そうで、僕は魔女にこの手のことを言語化し説明するのに疲れ果てていた。
なのでノーコメント。
「しかし先生、本当になにもできないんですか? 依頼達成の実績と、依頼料のためとかいう動機でもいいですから」
「うーん……そこをなー! 言われるとなー! 考えざるを得ないんだよなあ!」
飲み干したコーヒー牛乳のストローをがじがじと噛んでから、
「なるほど、君が依頼者の爪も髪も血もとらなかったのは、君はきちんとわかっていたからなんだね」
「はあ? なんの話です?」
「この事件の答えは依頼者の中にはない。必要なのは死者の情報だ」
「つまり被害者の身辺調査をするんですか?」
「うん。それが必要だと君は思っている。無意識にね」
「いやまあ、たしかに、被害者の身辺調査も必要になるだろうな、ぐらいのことは思いましたけど……」
「そういうわけだから、お願いするよ」
「え、なにを?」
どうしよう。嫌な予感がする。
魔女はいつものへらへら顔で、僕の予感を現実にする。
「だから被害者の人となりを調べてよ。学校で聞き込みとかして。君と同じ高校の生徒の親友でしょ? たぶん同じ中学だった子が他にもいるんじゃない?」
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