2-3 彼女のとった殺害方法は彼女にもわからない。

「親友は、事故死でした」


 殺人の立証を依頼したいと述べた彼女は、来客用のパイプ椅子に座りながら、そんなことを述べた。


 僕は当然、そのあとで『表向きには』とか、『一見して』とか、そういう、条件を限定する言葉が続くと予想した。


 なにせ事故死だと言うのだ。

 その上で殺害したと言うのだ。

 それは第三者の目から見て事故死というだけで、裏には隠れた真相があるものと予想するのは普通だろう。


 しかし、依頼者は視線を落として、こんな言葉を続けた。


「間違いのない、交通事故でした」


 ……さて、依頼者の年齢は、留年やら浪人やらをしていないのだとすれば、十六歳か十七歳ということになる。


 僕の通う高校はブレザーの制服を採用していて、ネクタイの色で年齢がわかるようになっている。

 そして、彼女は高校二年生らしいことが、ネクタイの色で示されていた。


 二年前に交通事故の加害者になれるとは思えない。

 あるいは、自転車とか、キックボードとか、そういうものだろうか……原付バイクでさえ、免許取得の年齢は十六歳だったはずだ。


 いや、それとも、無免許での運転のはての事故ということか?


 しかし目の前の女の人は、真っ黒い髪をきっちりと校則通りの長さにして、ヘアピンもゴムもなく、ブレザーの着こなしだって一部の隙もない。

 うちの高校は校則がゆるいので、かなり大胆な着崩しも見られるけれど、彼女の服装はどこまでもきっちりしていた。


 鎧のような、制服姿。


 叩けばカキンと音が出そうなほどの、人間としての、硬さ。


 魔女の探偵事務所なんていうふざけた場所なんか絶対におとずれそうもないほどの、窮屈なまでの、真人間さ。


 それは、交通事故を起こしたのが彼女なのだという前提で見ると、なにかの反動のようにさえ思えるほどだけれど……


「親友が事故に遭ったクリスマス、私は母と海外にいましたけれど……」


「ちょっ」


 思わず声が漏れた。


 依頼人は不思議そうに僕の方を見る。


 そりゃそうだろう。

 さっきまでスケッチブックで会話をしていたのだから、なんらかの事情で声を出せないものと思うはずだ。

 それが普通に発声したのだから、おどろきもするだろう。


 ……仕方ない。


 できうる限り声を出したくはなかったけれど、これは定型文だけで事情聴取が終わる依頼とも思われなかったし、発声する覚悟を決めてしまおう。


「それじゃあ、あなたのアリバイは完全に成立してるじゃないですか」


 依頼人は当惑したように僕を見ていたが、スケッチブックを介さない会話ができるという利便性をとったのか、


「そうですね。私のアリバイは、成立しています。これは、空港やその他証言を集めていただければ、嘘がないということがわかると思います」


「しかし、あなたは『殺人を犯した』と?」


「はい。親友を殺したのは、私です」


「その『親友』は実在したんですか? なんていうか、物質的に。戸籍があったんですか?」


「え? それはまあ、亡くなるまでは実在しましたけど……」


 なにを言ってるんだろう、みたいな顔をされてしまった。

 僕は「変なことをたずねてすみません」と謝ってから、


「では、アリバイトリックかなにかを、仕掛けたと?」


「いいえ。そのようなことはしていません」


「遠隔から、その親友を事故に遭わせるような仕掛けをしたと?」


「いえ。そのようなことも、していません」


「……では、どうやって親友を殺したんですか?」


「わかりません」


「…………は?」


「それがまったく、方法がわからないんです」


「……」


「おかしなことを言っているのは、わかっています。自分でもどうかと思います。でも、親友を殺したのは、私なんです」


 ……なにか。


 なにか、すべき聞き方・・・をしていないな、という感触があった。


 整理しよう。


 いつやったのか。――二年前のクリスマス、彼女が母親と海外旅行に行っているうちに。

 どこでやったのか。――彼女のいる海外ではなく、日本で。

 誰がやったのか。――彼女が。

 なにをやったのか。――殺人を。

 どのようにやったのか。――わからない。


 ならば、残るは……


「なぜ、親友を殺したんですか? なぜ――自分が殺人を犯したと考えるんですか?」


「言われたんです。その…………」


 ひどく長い沈黙があってから、彼女は、切れ長の目を真っ直ぐに僕に向けて、膝の上で拳を握り締めて。


 殺意にも似た決意をにじませて、


「夢で、親友本人に。『お前が私を殺したんだ』って」

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