World Corrupt

軒下晝寝

第一話 〜Hello New World〜

 なんの前触れもなくそれ・・は始まった。

 世界各地で大規模な停電の発生、地震の発生、蝗の異常発生などという世界崩壊の前触れのようなことは一切無い。

 本当に唐突だ。

 激しい目眩を引き起こす激しい揺らぎを感じ、昼寝をしていた俺は目を覚ました。

 寝ていたものの確かに激しい揺れを感じた。にも関わらず本棚から溢れ積み上げられた大量の本は寝る前と変わらず不安定ながらも一切崩れていない。

 理解出来ない状況に、今なお続く激しい頭痛に頭を抑えながら地震かもしれないと俺は放置プレイのために点けていたゲームを最小化して5chを開く。

 開いた直後はめぼしいスレッドは特に立っていない。

 だがページを更新した途端、さっきまで上に上がっていたスレッドが一気に下に下がり、代わりに【世界の終わり?】や【大規模地震】【速報】などがついたスレッドが複数立っていた。

 スレッドによると現在確認されている限りでは北海道から沖縄にかけて、つまり日本全土で謎の揺れが確認されたらしく、だがそれだけの規模にも関わらず地震による被害報告は一切挙がっていなかった。

 本当に世界の終わりなのではないかと疑い始めた頃、唐突に画面が真っ暗になった。

 それと同時にPCの筐体黙りこくり電源ボタンの青い光を消す。

 PCの不調では無く停電だと言わんばかりに電源タップのスイッチは全てその光を失い、手を伸ばした部屋の明かりのスイッチも一切の反応を見せない。

 薄暗い部屋の中は分厚いカーテンの隙間から入った僅かな光と、電気が途絶えたことで輝きを見せるスマホの画面の明かりだけが行動の頼りだ。


「眩しっ……」


 厚く重い黒のカーテンを一気に開け放つと暗い部屋に慣れた目に眩い光が当たり目を眩ませる。

 普通ならば目を細めるような状況になりながらも目を見開かざるを得ない光景がそこには広がっていた。


「くくッ……スゲぇ、マジかよ」


 どういう進化を辿ればその見た目になるのか理解出来ない、醜悪で小さな角を額に生やし薄汚い腰布一枚巻いた緑色の小さな人型生物。俗に言う──ゴブリンが道路に猫背で立っている。

 鋭く尖った暗い緑の爪で何かを調べるかのように壁を引っ掻いている。

 そんな日常からかけ離れた光景に少年のような英雄願望が揺さぶられたのだろうか、それとも寝起きゆえの正常な判断を下せなくなった頭が敵を排除するという思考でそうさせたのだろうか。

 ひょっとしたらその両方かもしれないが、俺は京都の修学旅行の時に『京都の修学旅行といえばコレだよな』と一人で買った長さの異なる木刀を二本手に持って家の外に出た。


「ゴブリン死すべし!」


 右手に持った全長60cmほどの短木刀をそう叫ぶことで力を入れながらゴブリンの頭振り下ろす。

 素人の攻撃ゆえに狙った中心から右へ少し逸れつつも一応は狙い通り頭に当たった。

 そしてそこで『仮装の不審者』という可能性を思いつき、ゴブリンの反応を待つ。

 問答無用で襲い掛かっているため俺も犯罪者になる可能性があるが、コスプレした不審者が他人の家のコンクリートブロックの壁をガリガリと削っているから情状酌量の余地はあるだろう。


「さあ、俺の無実の為に本物であってくれ」


 本物だったら違う方向性でヤバイのだが、それを今気にしても仕方が無い。


『グゥゥゥガァアアアア!!』


 喉を鳴らす低い音の後に叫び、削ったコンクリートの粉を僅かに巻き上げながら鋭い爪で襲いかかって来た。

 殴り合いの喧嘩など18年ほど生きて来て子どもの頃の可愛い『ケンカ』と表記されるようなものしかしていない俺はそれに対してカウンターを入れるなどということは出来ず、動体視力も人並み未満の俺が辛うじてとはいえ回避出来たのは間違いなく奇跡だろう。


「隙ありぃいいい!!」


 命の危険を感じたからだろうか、自分でも驚くほど自然に背後を振り向き、壁に腕を突き刺しているゴブリンの姿を目にした瞬間俺はなんの躊躇も無く全力で長木刀をゴブリンの頭に振り下ろした。

 何度も何度も振り下ろした。

 何度も何度も、何度も何度も何度も何度も、ゴブリンの頭から血が出ても振り下ろし、何度も何度も何度も何度も何度も何度も振り下ろした結果ゴブリンは腕を壁に突き刺したまま力無く腕を上げるようにして膝を折って倒れ、血飛沫が右頬、右首筋、右腕に掛かろうとも、それでも俺は木刀を振り下ろした。

 そんなただの虐殺は俺の意思とは関係なく終わった。

 誰かの意思が介入したワケでも無く、霧のように姿を変えて消え去ったのだ。


「ゴブリンは死ぬと……消えるのか?」


 目の前で実際に消えているのだから疑問形にした意味は無いのだが科学技術の発達した現代社会で生きる者としては信じられないという気持ちが強い。

 質量保存の法則を習った現代人で、核反応による例外があるとは知っているもののやはりそれもエネルギーに変化しただけで無が有に有が無になることはあり得ないという認識があるのだ。

 例えゴブリンのいた所に白い石英のような長細いヒビ割れた六角柱の石が落ちていたとしても。


「これは俗に言う『魔石』やら『魔核』の類か?」


 石は今の光景を見ていなければただの珍しい石と認識するような普通の石と変わらない重さだ。

 決してゴブリンの全質量が凝縮したワケでは無い。

 かといってゴブリンが軽かったワケでも無い。

 滅多打ちにした時確かな硬さと重さを感じた。

 だがゴブリンの体重から魔石(仮)を除いた質量は完全に無くなった。 

 固体液体のような目に見える形は無く、気体やプラズマであっても質量を持った実体のある物体である以上は空気との干渉が存在する。

 にも関わらず空気との鑑賞による風はなく、質量を持った実体が無いために運動エネルギーなどのエネルギーも無い。

 また熱や光、電気、音などのエネルギーも感じられなかった為それらでも無い。


「残る選択肢がダークエネルギーしか無いんだが……ま、今考えても意味ねぇな」


 例えダークエネルギーという可能性が微粒子レベルで存在していても。

 学者でもなし、設備があるわけでもなし、急を要するワケでもなし、考える必要もキリも無いのだ。

 そう考え俺は魔石をジャージのポケットに入れ、家に戻る。


「情報の大切さは現代人だからこそ良く分かってますよぉっと」


 生存率を上げるためには情報収集が肝心。

 それは情報社会という現代を生きる以上皆が理解しているはずだ。

 今この状況で情報を集めないのはアレルギー体質の者がアレルギー表示を見ずに食べ物を買うのと同じくらい危険な行為だろう。

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