第40話 地下大神殿・第一層

神殿内部は想像を絶する程の広さを誇っており、人の脚での移動は困難を極める程で、一つのフロアを抜けるだけでも数時間を要する事もあった。

罠と呼べる様なものが無かったので程良く進む事は出来た、が、如何せん広過ぎる、と云うか、でかすぎる、何より。

一層に降りて来てから、何度か戦闘が繰り広げられたのだが、モンスターが大きいのだ、全てのモンスターが人の2~3倍はあるのではなかろうか?と思わせる程だった、例えるならミスリル鉱山で戦ったあの巨大な蜘蛛位の大きさは確実にあるだろう、大型のモンスターが普通に徘徊しているので、其れ等に合わせて建てられたのだろうか?等と考えていたが、一度気になってしまった事は後を引くだろうと考えて後ろを歩いているサイレルに聞いてみた。

「ふむ、私は此処に入るのは初めてなのだけれど、多分其の考え方は見当違いなのだ。」

想像していた事を即座に否定されてしまった。

「恐らくは逆なのだ、此の地下大神殿の巨大さに合わせてモンスター共が大きく進化したと思われるのだ。」

おお!?成程!そう云う事か!?凄く納得出来る解説だった。

「はっはっは、メルラーナ、一層のモンスター等はまだまだ小さい方だぞ?二層に潜れば此処を徘徊しているモンスターは小物だ。」

アンバーが笑い乍ら簡単に言う。


…聞くんじゃ無かった。


ついでに聞いた話によると、今居る場所は地下大神殿の第一層と呼ばれる場所で、下へ降りて行くと第二層、第三層と続いて行くらしく、全部で四層まで在り、第四層が常闇の森であると云う事を聞かされた。


常闇の森は神殿の内部だったのか。

て云うか神殿の中に森って!?…いやまあ、普通の神殿になら少しは緑も有るだろう、木の一本や二本、有ってもおかしくは無いと思うけど、森は無い、森はおかしくない!?と云うか地下だよね?光が無いのに木って成長するものなの?光合成しなくてもいいの?

小さく溜息を付いて心の中で葛藤をしていると、目の前に現れたのは、途中で途切れた通路と、その先にパックリと空いた底が真っ暗で何も見えない、落ちれば確実に命を落とすであろうと思われる崖に掛けられた、手摺りの無い一本の橋だった。


先へ進む為には此の橋を渡らなければならないらしい、落下すれば確実に死が待っているであろう、此の安全帯の存在しない橋をメルラーナは恐怖心を抑え込み、意を決して橋を渡る事にした。

実際に橋を渡り出すと、思っていた以上に恐怖を感じる事は無かった、何せ、橋自体が巨大なのだ、多少は陣形を変更する必要があったが、戦闘に影響が出る程のものではないとの事だった。


渡り始めてから10分程が経過した頃、メルラーナ達は橋の3分の1位の位置まで到達した所でベノバが急に立ち止まり、只々暗闇が広がっている上空を見上げる。

「…何か来ル。」

「え?」

ベノバの言葉と、上をジッと見つめている行為に釣られてメルラーナも見上げるが、真っ暗で何も見えない、恐らくはメルラーナが想像も付かない位、遥か上空には天井が存在しているのだろう、だが有るかも知れない天井は見える事は無く、ベノバが見つめて居る『何か。』も当然メルラーナには見えない。


「隊長!敵ダ!上から凡そ30!下から20!羽の羽撃く音が聞こえル!だが生命反応が感じられなイ!」

ベノバが本作戦の隊長であり、第六部隊を率いているガノフォーレに念話で報告を行っている。

生命反応が無いと云う事はアンデッドか魔法生物か、羽、ないしは翼を持つ

アンデッドとなると種類の特定が難しくなる、何せ翼を持っている生物全てが対象になるからだが、此の神殿にアンデッドが出ると云う報告は無く、其の線は除外される。

とすれば魔法生物になる訳だが、其の名の通り魔法で生み出された生物である、其の用途は主に魔法生物を生み出した術者の何か重要な物で在ったり、場所で在ったりするモノの守護者として配置される事が多い。

魔法生物にも様々な種類が有り、土で作られたモノや石で造られたモノ、金属で作られたモノ、身体の小さなモノから大きなモノ、力に特化したモノ、速さに特化したモノ、人型をしたモノや異形の姿をしたモノも有り、其れ等を総称して、ゴーレムと呼ぶ。

其のゴーレムの中には当然、翼を持つモノも有り、特に有名なゴーレムが…。


「ガーゴイル。」


其れは翼を持った悪魔の姿をしたゴーレムで、力も機動力が高く、宙を舞う事が出来る為に破壊される心配が少ない事と、見た目が怖いので其の姿を見た瞬間に逃げ出す者も居たりする所から、よく守護者として設置される事が多いゴーレムである。

ゴーレムの戦闘能力は術者の能力に依存する為、ピンからキリまで有るが、此の神殿の守護者とも成れば其の能力の高さは計り知れない。


其れが上から30体、下から20体もの数がメルラーナ達に襲い掛かって来た。

橋を渡ろうとする侵入者を排除する目的で設置されたモノであろうと推測される。

其の姿がメルラーナの眼にもはっきり映る程に近付いて来ていた。

「総員!戦闘配備!此処は魔人の生息地だ!お前達が今まで相手にして来たガーゴイルと同じと思わず未知のモンスターと思え!」

ガノフォーレの号令にその場に居た全員が気を引き締めてガーゴイルを迎え撃つ体勢を整えた。

ガノフォーレは続いて各隊に別々の簡単な指示を送る。


「第三、第六、第七、十一隊、十二隊は上空のガーゴイルを打ち落とせ!方法は各隊に任せる!」

呼ばれた各部隊の小隊長達が其々の部隊の指揮を取り始め、空からの襲撃に備える。

「第一、第二、第四、第五、第八は下だ!第九と第十は状況に応じて援護を、自己判断で行動してくれ。」


上空の視認出来るガーゴイルに向かって遠距離射撃の出来る者達が一斉射撃を開始する、其れと同時に橋の下からも複数のガーゴイルが姿を見せ始めた、其の時。


「隊長殿、今が緊急時なのは理解しているが、某の意見を聞いて貰えぬであろうか?」

「ビスパイヤ殿?どうかされましたか?」

ガノフォーレに声を掛けたのはボロテアの隣国で活躍する魔術師、9次席のワイズマン(賢者)と呼ばれるクラスを持つ大魔導士だ。

ワイズマンはウォーロックの上位次席にあたる、つまり今現在、メルラーナの傍でメルラーナとリゼの護衛にあたっているサイレルが目指している次席の持ち主と云う事になる。

此の念話は全員が共有しており、各々が戦い乍ら、隣国で大賢者と呼ばれる男の声を聞いていた。

「すまぬな、隊長殿、某は思うのだ、此処はまだ地下大神殿の第一層、先は長いのであろう?詰まる所、こんな所で貴重な時間をこの程度の雑魚共相手に無駄にするのは如何な物かと思うのだよ。」

「…!?其れは、正論では有りますが、我々としてはそんな雑魚共に貴方の力を消費して欲しく無いと云うのが本音なのですが?」

「ほう?」

ガノフォーレはビスパイヤのあの会話から何を言いたいのか悟ったのだろうか?二人の賢人の間で凡人には理解の出来ない会話が行われている様だ。


「流石はガノフォーレ殿、先程の会話で某の意図を読み取って頂けるとは、いやはや、話が早くて助かりますな、それに、こんな状況で失礼では有るのですが、少し楽しく感じますぞ。」

少し間が空き、ビスパイヤは再び語り始める。

「しかし心配は御無用でありますぞ?某の魔力操作は大陸でも5本の指に入ると自負して居ります故。」

只単に広範囲の魔法を放つだけならソーサラーの上位次席のセージであるガノフォーレでも可能だ、此の乱戦の中で、対象だけを撃つ事が出来る魔法は幾つか存在する、だが其れを行使するには膨大な魔力を消費する事となる、何時何処で襲われるか解らない此の神殿内で、消耗の激しい魔法を行使するのは避けたいのが正直な所だが、ビスパイヤの言いたい事も理解出来る、こんな所で足止めを食っている訳には行かないのだ。

ガノフォーレの考えでは、魔人との衝突は必ず起こると思っている、だからこそ、ビスパイヤの様な大魔導士には消耗を抑えておいて欲しかったのだが。

「…解り、ました、但し、次の激戦となる戦場までは魔法の行使を控えて頂きたい、貴方が我々の切り札の一人で有る事に変わりは無いのですから。」

「ふむ、過大評価し過ぎの様なきがしますが、隊長であるガノフォーレ殿の命令と有らば致し方ない、了解しましたぞ。」


ビスパイヤは念話の対象を其の場に居た全員に向ける。

「皆さん、聞いた通りでありますが、数体は撃ち漏らすやもしれませぬ、其れ等の対処を宜しく御願い致します。」

彼と同じ部隊と其の周辺に配置している部隊にしか見えなかったが、ビスパイヤは頭を下げて礼をした。

そして身体を起こし、右手を頭上に挙げて、ボソッと呟く。


『ファイアー・ボール』


呟いたと同時に、挙げていた手の指を、パチン、と鳴らす。

次の瞬間。


ドドドドドドドォォォン!!


耳を塞ぎたくなる様な轟音と共に、ガーゴイル達が炎に包まれて、次々と橋の下へと落下して行った。

「…な、…な、…な。」

余りの一瞬の出来事に、メルラーナと其の場に居た略全員が立ち止まって居る、ガーゴイルはビスパイヤの宣言通り、数体だけを残して他は全滅していた。

着弾の瞬間が見えなかった、指を鳴らしたと同時にガーゴイル達が爆発した様に見えた。

一部の冒険者達は其の圧倒的な力を見せ付けられても、構うこと無く撃ち漏らしたガーゴイルの駆除を行っていた。

先程の光景を目の当たりにして平然としていられるのはきっと見た事のある光景だからだろうな。


等と考えていると、サイレルが隣で何かを呟いている。

「あれが賢者ビスパイヤの得意とする術式、インパクトブレッドなのであるか。」

術式は言わば魔法を行使する為の前工程の様なものである、同じ魔法でも術式が違うと其の効果は変わってくる、ウォーロックは正に此の術式を変える事を最大の長所としているのだ。

「いんぱ?」

メルラーナは思わず口に出してしまった。

「インパクトブレッドなのだ、魔法の発動から着弾までの速度を弾丸のそれと同様、いや、それ以上の速度で放つ事の出来る術式なのであるが、そもそも此の術式は昔から存在しているモノで、………なのだ、………であるからして、………因みにであるが、………先程の魔法は、………魔術師が最初に覚えさせられる、………なのである。」

ああ、やってしまった、此処数日の彼等との付き合いで、サイレルさんがこう云う説明を始めると長く成る、と云う事をすっかり忘れていた。

「…はぁ、…はぁ。」

メルラーナは相槌を打ち乍ら、サイレルの長い説明を軽く聞き流す事にした。


ガーゴイルの襲撃をビスパイヤの一撃で退けた一行は其の後、無事に橋を渡り切る事が出来た。


そう云えば最近、私何もしてないなぁ。


そんな事を考え乍ら、気を取り直して先へと進むのだった。

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