第41話 魔人の成り損ない

地下大神殿に侵入してから、既に半日が経過しようとしていた。


落下すれば全てが終ってしまう手摺りの無い橋を渡り切ってから1時間程経った頃、扉の無い空間と呼んでもいい位の巨大な部屋に辿り着く、ベノバが警告を発した。

「モンスターが居るゾ、数は解らなイ、うじゃうじゃ居るのは間違い無いガ、何か嫌な予感がすル。」

入るのは少々危険が伴うと云う事も提言した、しかし周辺を見渡しても道は其処しか無かったので、意を決して部屋の中に入る事となった、何時襲われても他所で斬る様に最大限の警戒を怠らず、魔法によって灯された灯りを先行させ、中の状況を確認する、灯りを視認出来る程の範囲まで広げてみるが、その範囲内にはモンスターの姿は見られなかった。

「どう云う事ダ?何処かに潜んでいるのは間違いないのだガ。」

怪訝そうな顔で周辺を見渡すベノバ。

「気配も直ぐ近くまで来ていル、なのに視認出来ないとハ、姿が消せるのカ?」


警戒は解かずに部屋の中央付近まで辿り着いた時、異変が起きる。

突如現れた魔物の襲撃を受けたのだ、四方には紫色の煙の様なモノが渦を巻いて漂って、渦の中心が眩く妖しい光を放っている、其処からモンスターがまるで門を潜って来るかの様な姿で次々と這い出て来る。


「来ます!前方12時から9!左舷3時から6!右舷9時から同じく6!後方6時から14!全てデーモンです!」

四方を囲まれた状態になってしまった、入って直ぐに襲って来なかった敵は此れを狙っていたのだろうか。

この手のゲートと呼ばれる招喚用の門は術者の好きな場所に作り出す事が可能だ、つまり、この部屋の中に此のゲートを作り出した張本人が居て、今も何処からか安全な場所から、高みの見物を決め込んでいるのだろう。

「数は其れほどでも無かったな、後方は手薄と思ったのだろうけど、残念、其の詠みは間違っているぞ?」

ガノフォーレは笑みを零して聞こえる筈も無い呟きをデーモンに対して贈る、其の言葉を聞いていた者達は。

(流石は9次席、あの数のデーモン相手に其の余裕は一体全体何処から来るのだろう?)

そんな事を思い浮かべていた。


ガノフォーレは全員に迎撃体勢を取る様に伝えると、大雑把とも思える様な指示を出し始める。

「前方は第一と第四が迎撃!左舷は第二!十一隊は第二の援護を!右舷は第五で迎撃!第十は第五の援護だ!後方!第八!任せたぞ!第九と十二隊は第八の援護を頼む!」

此方は一部隊に4~5人、前方と左右は十分な人員がいるが、後方は明らかに人数が少ない、第九部隊と第十二部隊の援護があるとはいえ、第八部隊はたったの4人、そんな少数でどうやってあの数を防ぐと云うのだろうか?


メルラーナは心配になって後方を確認する。

しかし、其の瞳に映った光景は、想像を覆す様なものだった。

襲って来るモンスターをたった一人の冒険者が身長の倍近くある巨大な槍を片手で振り回し、まるで烏合の衆を蹴散らす様な怒涛の勢いでモンスターを薙倒していた。

「…。」

口をパクパクさせてその姿を見つめるメルラーナに気付いたアンバーは。

「どうした?メルラーナ。」

メルラーナの見ている方角を見るとデーモンを軽々と薙倒している男が眼に映った。

「ああ、成程。」

とアンバーは一人納得をする。

「彼はボロテア国が誇る8人の9次席の一人、ベルセルクのトライトだ。」

おお!?あれが9次席、もう皆が皆、化け物じみた強さで何が何やら解らなくなってしまった。

単騎でデーモンの群れの中に突貫し、長い槍を自在に操り一方的に薙倒しているトライトの姿に、魅入ってしまっていた。


「新手ダ!上空かラ8!」

ベノバが上空のゲートに気が付き、更に其処から湧き出て来るデーモンの数を把握すると、ガノフォーレに報告を入れ、迎撃の準備に入った。

「第六と第七の狙撃部隊、並びに魔術師隊!空の敵を打ち落とせ!」

魔法の光と銃弾が上空に向かって飛び交う、降りて来る事が無い様に陽動し、一体ずつ確実に仕留めて行き、上空への迎撃が開始されてから数分程で沈黙した。

地上では四方八方からデーモンの波状攻撃が行われていた、倒したと思ったら次から次へと沸いて出て来るのだ。

冒険者達に多少の疲労の色は見えるが、其れでもまだまだ余裕の表情で戦い続けている。


戦闘か開始されてから既に30分程が経過していた、無限かと思える程に増え続けるデーモンを数え切れない位、撃破していたが、一人、又一人と冒険者達に負傷者が増え始めて来た。

「第三!第五部隊の援護に廻れ!第二は後退!第七部隊と変われ!第六は負傷者の手当てを最優先に行え!」

ガノフォーレが念話で各部隊の小隊長に命令を下し、冒険者達は其の命令に従う。

完全に消耗戦と化していた、負傷者が見え始める、死者が居ないのはやはり、此処に集結しているのが歴戦の猛者達だからだろう。


「隊長!7時の方角よりデーモンが!数は12!いえ!14です!」

「またか!全く!次から次へと沸いて出て来るな!第九!迎撃可能か!?」

「此方は何時でも行けますぜ!旦那!」


地下大神殿に入る前、動く台座が止まるまでの間に部隊分けの変更が行われていた、此処に来るまでは一つの部隊に10人前後、其れが六部隊だったのに対して、現在では一つの部隊に4~5人で、十三部隊に別けられている、陣形は前方に第一部隊と第四部隊の二部隊、左翼に第七部隊、右翼に第五部隊と後方に第八部隊と各一部隊ずつで中央の第十三部隊を囲う様に外回り広がっている。

外回りから一つ内側では、右翼の前方に第二部隊と後方に第九部隊、左翼の前方に第三部隊と後方に第十部隊の各一部隊ずつ、最後に中央前方左翼は第六部隊、中央前方右翼は第十一部隊、中央後方に第十二部隊、そして中央の第十三部隊にメルラーナとリゼを護る部隊が配置されていた。

常識の範囲内で語れば、四方八方に戦力を分断している此の陣形は悪手と云えよう、だが此の陣形は、戦力が整ってさえいれば、何人も崩す事が出来ない鉄壁の陣と化すのだった。


建物内で此れ程の数を誇る部隊で陣形を取れるのは幸運と云うしかなかった。

相手にしているモンスターはデーモンと呼ばれる魔族の一種で、最も弱い種なのだが、メルラーナが此れまで戦って来たどのモンスターよりも強い戦闘能力を有している、黒い霧を纏う魔物を覗いては、と付け加えておくが。

戦場は更に激化して逝く、四方八方から押し寄せて来るデーモンを一体ずつ確実に仕留めてはいるのだが、数が多すぎる、此れではまるでソルアーノ国で立ち寄った街で戦ったゴブリン軍団の襲撃の様だ。

一体一体の能力が天と地程の差が有るので、比べるのはそもそも間違っているが。


此の部屋に来るまででも何度か魔物と戦う事はあったが、数も少なかったし、通路や部屋が全体的に広かった為に作戦を立て易く、左程苦労無く来られたのだが。

此の部屋での戦いは其れまでの一線を遥かに超えていた、其の証拠に戦場は戦術レベルでは無く、戦略レベルで行われている。

既に視認出来るデーモンの数は、床に転がって息絶えている者も含めて、軽く100は超えていた。


「隊長!又上です!上空からデーモン!数は…20!」

「くそっ!上空はさっき片づけたばかりだと云うのに!しかも多いじゃないか!仕方がない!人員の配置を変更する!」


「ええ!?」


メルラーナは集団戦闘に関して、全くの素人なのだが、此の激戦の最中に部隊同士の人員を移動させる等、正気の沙汰とは思えない事は解る。

各部隊が必死で戦っている時に人の配置換えをすると云う事は、相手に隙を見せると云う事に他ならない、ましてや激戦と云える程の此の戦いの中でだ。

しかし、其れは実行された。


「十一隊!十二隊に狙撃手と魔術師を集める!其々前衛と交代しろ!十一隊は第二と第一から一人ずつ!十二隊は第十と第八からだ!移動し終えたら即座に上空のデーモンを打ち落とせ!第六は上空の迎撃を行いつつ十一隊に敵を近づけさせるな!十三隊は十二隊の援護を!交代完了次第、各自上空のデーモンを打ち落とせ!」

悪手ではないのか?と思われた戦闘中の人の移動であったが、戦力を一つに固めた訳では無く、あくまで均等に分ける事で、生じる筈だった隙を見事に無くしてしまった。


上空のデーモンを排除した後、暫くの間、乱戦は続いたが、やがて、湯水の如く沸いて出て来ていたデーモンは、目に見えて解る程、其の数を減らして行くと。

ガノフォーレは其れを見計らっていた様に…。

「!第二!第六!第九!第十!前方に向けて全力射撃用意!」

其の言葉に遠距離攻撃を行える者達が一斉に標的を定める。

「てぇーっ!」


ズドンッ!!!


激しい轟音と共に、炎やら氷やら雷やらの光が部屋の隅々まではっきりと見渡せる位の明るさを放ち、チカチカと眩しい光を直視する事が出来ずにいた、発射の合図から時間にして十数秒程だろうか、まだ辺り一面に光が照らされている此の状況で、前方のデーモン集団に風穴が出来たのを確認すると、ガノフォーレから念話にて次の命令が下された。


「総員!前方を突破するぞ!全速力で走れ!」

其の命令に全員が隊列を乱す事無く一斉に走り出す。

ガノフォーレの判断は、此の部屋からの脱出だった、デーモンの湧き出る速度が衰えて来たので其のまま沈黙するまで叩き続けて全滅させると、メルラーナは思っていたのだが、ガノフォーレは此の場所で戦い続ける事への意味を考えていた様だ、意味の無い戦いで無駄な消耗をするのを避ける為だ、例え、あの部屋でデーモンを全滅させて一時の勝利を掴み取ったとしても、目的の場所に辿り着くまでに力尽きるかも知れない、其の可能性を示唆しての判断であった。


デーモンの追撃を振り切り、部屋から脱出する事に成功した一行は、比較的安全な場所を探し、少しの間、休息を取る事となった。


「リゼ、大丈夫?怖く無かった?」

メルラーナはリゼに地下大神殿に入ってから、疲労や恐怖の色が見えない事が気になっていたので声を掛けてみる。

「うん、だいじょうぶ、こわくないの。」

何か意外だ、子供は普通ああ云うモンスターを見ると恐怖心から怯えて泣いたりするものだと思うのだけど。

「もんすたー?さっきのへやののこと?おうちでよくみたの、おうちのまわりでもみたことあるの、おとーさんとおはなししてたの。」

んん?要領が掴めないな?ひとたちって言った?人達?リゼにとってデーモンは人と同類なのだろうか?

「魔人の娘ならば当然なのだ、我々が先程戦ったデーモンは下位の存在であったが、其れでも我々ギルドに所属する人間からすれば最低でも6次席以上でなければ討伐する事は困難であるのだ、最上位のデーモンとも為れば9次席が数人居なければ倒す事など不可能な存在なのだ、だが其れでも、奴等は魔人の成り損ないでしかないのだ、魔人にとってデーモンは只の使い魔の様な存在、恐怖する対象でも何でもないのだ。」


魔人の…成り損ない。


其れがデーモンで有るのなら、先程のデーモン達は魔人に招喚されたものなのだろうか?だとすれば其の魔人はあの部屋の何処かに潜んでいたのだろうか?

アンバーが言うには、過去に此処に来た時は一層でのデーモンの襲撃などは無かったと云う、下層にはあったと云う事か。


小一時間、休息を取った一行は、再び常闇の森へと向かう為に、其の場を後にした。

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