第38話 人と魔物が暮らす街

エアルが物凄い人物だと云う話を聞いてしまった日から4日後。

一行は無事、常闇の森の出入り口とされているノルディエムと云う名の街に辿り着いていた。

街の外観は他の街と変わらなかったが、中に入るとまるで違う世界の様に見えた、前もって聞いてはいた事だが、実際に間の辺りにしてみると不思議な光景だった。

街の中では人やエルフやドワーフや獣人、其の中に何事も無い様に普通に人と会話をしているゴブリンやオーク、コボルト等の魔物に分類される種族が闊歩していた。


一行は馬車と馬を一時的に預かって貰える場所に預け、今日の止まる宿を探した後、ガノフォーレと数人が森の入り口とされる建物へ中に入る許可を取りに行き、複数名は食料を補充する為の買い出しに向かった。

太陽が丁度真上に昇っている頃、昼食を取り終えたメルラーナはリゼと共にアンバー、サイレル、ベノバの3名の護衛を付けて街中を観光がてらに散歩していた。

「…本当に不思議な光景、ゴブリンが人に果物を売ってるなんて、信じられないよ。」

「まあ確かに、此の大陸では珍しいだろうな。」

アンバーがメルラーナの言葉に答える。

「此の大陸では、って事は他の大陸では普通なんですか?」

「そうだな、例えばラジアール大陸では普通だろうな、四大国家のシュレイツ公国では半数は魔物だと云うし、其の周辺国家も魔物と共存していると聞くな、シルスファーナ大陸でも珍しいと云うだけで、此の街の様な場所は存在しているぞ、例えばリースロート王国の王都バストゥールは少数ではあるが知性の高い魔物と共存している。」

!?其れは結構衝撃的な事実じゃないの?私の向かう目的の場所にもこう云う光景が広がっているのか。


「おいしそう。」

ゴブリンの販売員が居る店の果物を見ていたリゼが涎を垂らして呟く。

「お嬢ちゃん、一つどうゴブ?美味しいゴブよ?」

ゴブって言った!?語尾にゴブって!?解り易っ!?

と云うかリゼ、さっき御昼ご飯食べたばかりなのにまだ食べるの?食いしん坊さんだなあ。

「其方のお嬢さんもどうゴブか?」

うーん、私は結構お腹一杯なんだけど。

横目でリゼを見てみると、じっと小さな赤い果実の果物を凝視していた、ふぅ、と小さく溜息を吐いてアンバーを見る、買ってもいいか無言で催促してみる、其れに気付いたアンバーは仕方が無いな、と云う風な仕草をして肩を竦める。

「じゃあ、一個ずつ下さい。」

「一つずつゴブな、2個で小銅貨6枚ゴブ。」

メルラーナはお金を払い、果実を受け取る。

「毎度有りゴブ。」

受け取った果物の一つをリゼに渡す。

「ありがとうなの。」

手に取った果実は丸く一口で食べきれる位の大きさで甘酸っぱい香りがした、鼻を突く其の香りは全く嫌な感じのしない良い香りで少しの間を堪能する、果実を口に運び、噛むと甘い果汁が口一杯に広がる。

「美味しい!」

「おいしいの!」

果実を堪能した後、ゴブリンの店員にお礼を言って其の場を後にした。


「そう云えば、物凄く気になってた事があるんですけど?」

「ふむ?」

「リゼの話じゃ、森って湖?の中にあるんですよね?船とかで移動するんですか?」

此処まで来るまで忘れていた事をふと思い出したので聞いてみる。

リゼは確か船で行き来すると言っていたし、船が有るのは間違いないのだろう、しかし其れは其の村?の持ち物だろうし、村に辿り着くまでの船は森の入り口に有るのかどうかが気になった。

有れば其れを借りれば済む話だけど、無ければどうするんだろうと思う、此処で借りるのか?若しくは購入するのか?購入したとしても船なんて大きな物を運び乍ら森の入り口に辿り着く為の洞窟を通るのだろうか?等と色々な事を考えてみたが。


「いくら何でも森全体が湖と云う訳では無いだろう、ちゃんと陸地もあるし、何より俺は湖が有るのどうかも知らなかった事だしな。」

どうやら考え込み過ぎて見当違いの想像をしていた様だ。

「船は必要となった時に用意すればいいだろう、現地で簡易の船を作る事もありえるかもな。」

其の場で作るのか!?簡易とはいえ船を現地調達!?いや現地製作かな?凄いな冒険者って、臨機応変と云う言葉があるけど、何でもありだなホント。


宿に戻るとガノフォーレが帰って来ていた、彼が言うには、森への入り口が有る地下大洞窟へ入れる様になるのは明日の夕方頃だそうだ、色々と取り決めが有るらしい、誰彼構わず立ち入り可能にしてしまうと無法者が魔人達を刺激して人に危害を及ぼすかも知れない為、入る為の正当な理由と入る人物の身分を証明出来る物が提示されないと許可が降りないのだとか、許可が降りても入るまでには最低でも2日は掛るらしい、つまり今回は最速で入れる事態だと云う事だ、地下大洞窟への入り口と成っている建物を警備している騎士達は魔人の偉い人物から事情を聞かされていた様で、リゼを攫った奴等を通してしまった事への罪悪感から此の問題には敏感に成っていた様子で、最初は警戒されていたが、ガノフォーレとアンバーの名前は流石に知っていた様で、更に集まっているメンバーが全員8次席以上と云う衝撃的な事実に此の街の治安を護って居る騎士団の団長まで出て来ての会合と成ったとか。


「明日の夕方までは自由時間だ、其れまで各自好きに行動すると良いだろう、必要な物を調達するも良し、観光するも良し、但し、羽目は外さない様に、我々の目的は保護対象者を保護者の元へ返す事である、其れを忘れる事のない様に、以上、解散。」

因みに宿は貸し切りと云う訳では無く、街中に有る複数の宿に分かれて泊まる事に成っている、他の客もいるし、一つの宿で60人もの人数を止める事の出来る宿は此の街には存在しなかったからだ。

夕方から動くと云う事は夜に移動すると云う事だろう、今晩は出来るだけ起きている様にして、昼前位から眠る事にしよう、そう考えたメルラーナはリゼと共に宿の中に有る酒場で夕食を取ると、朝までどうやって時間を潰すか悩んでいた。

ふと、酒場に居た周りの客を見渡してみると、多種多様な種の客が飲んだり食べたり騒いだりしていた、こうして改めて見てみると、やはり不思議な光景だな、等と思ってしまう。

何せ此の宿屋の店主はコボルトだったのだ、其れだけでも驚いたのだが、更にリザードマンやワーウルフ等の店員さんが食事を客のテーブルに運んだりして忙しなく働いていた。


そんな光景を眺めていると。

「気になるかい?」

同じテーブルで食事を取っていたガノフォーレが声を掛けて来た。

「そう、ですね、気になります、私も魔物と戦った事はあるので、何か、此の人達の仲間を…、何て事を考えてしまって。」

思っていた心の内を吐き出すメルラーナ。

「そうか、しかしな、メルラーナ、其れはそんなに複雑な事では無いんだぞ?」

「え?」

予想外の言葉に振り返り、ガノフォーレを見る。

「単純な話さ、人にも理解し合える者と理解し合えない者が居るだろう?いや、少し違うか、うん、人間の中には人の物を奪う賊の様な輩が居るだろう?今回の武器商人共や襲撃犯の様な者達だ、奴等は物だけでは無く命も奪ったりするよな?君はソイツ等に対して庇い立てをするかい?」

直ぐ様首を横に振るメルラーナ。

「だろう?容赦はしないよな?魔物も同じさ、俺達が討伐している魔物は人に害を成そうとしている者達だ、何もしない魔物には此方も何もしない、無害な存在を罰する権限なんて俺達には無いからな、魔物にも理解し合える者が居る、そんな彼等が人と理解し合えない筈は無いだろう?此処はそんな者達が住まう街なのさ。」

言っている事は理解出来る、しかし討伐する数が異常な程多い様な気がするのはどう云う事なのだろう?

「其れに関しては、繁殖の問題に為るよな、人とは違って一度に産む数が違うんだよ、他にもゴブリン何かは雄や雌が居る訳じゃないんだ、だから尋常ではない数が産まれるんだ、其れは世界中で自然に起こる現象な訳で、基本的に俺達は其れを止める術なんか持ち合わせては居ないのさ、そうして生み出された集団の中には統制の取れていない集団や、取れていても頭がしっかりしていない集団等が人に対して危害を及ぼして来る、そう云う連中を討伐しているのが俺達冒険者って訳さ。」


成程、リーダーがしっかり者なら必ずしも討伐対象になる訳ではないと云う事か、賢いリーダーなら互いの利害を鑑みて、無害になりえる路を選ぶ事だろう、中には共存の路を選ぶ者もいるかも知れない、そうして出来た街の一つが此処、ノルディエムなのだろう。

「まあ元々は四大国家が事実上、人と魔物の共存の路を示している位だからな、メルラーナは四大国家に関してどれ位の知識が有る?」

メルラーナは首を大きく左右に振って殆ど知らない事を訴える。


世界には数百を超える大小様々な国々が存在している、中でも大国と呼ばれる国は40国程あるが、世界の中心と成り調和を保つ為に存在する国が存在する。

世界四大国家と呼ばれる国だ、メルラーナの目指しているリースロート王国も其の内の一国に数えられる、御伽噺フェアリーテイルの中での四大国家は【四竜を討伐する為に生み出された国】とされているが御伽噺の世界の話なので実際には解っていないのが現状である、しかし、長い歴史の中で、世界の中心として他の国を引っ張って来たと云う実績は揺るぎない事実で有り、人と魔物の共存する世界を作り上げたのも四大国家であった。


「例えば世界四大国家の一つに数えられるシュレイツ公国何かはドワーフの王が…。」

シュレイツ公国ってドワーフが王様なのか!?と驚きはしたが、その後の話は簡潔ではあるがアンバーから聞いていた為、軽く聞き流しておいた。

「同じく四大国家の一つ、ナルフィラカス(道化の番人)帝国と云う国の王は魔人で、魔物達が中心に成って形成されている国家だ、勿論、人も普通に生活しているぞ。」

世界を代表する国が人と魔物の共存を提唱しているのだとすれば、私の住んで居る国は普通では無かったと云う事なのだろうか?


翌日の夕方、メルラーナ達は予定通り、常闇の森への入り口と為る建物の前に集結していた。

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