第35話 襲撃再び

周辺の警戒しつつギルドへ帰還している途中、ベノバは先程感じた視線とは全く違う気配を感じ取っていた。

「店を出た時辺りからずっと付けられているゾ、此方を見ていた奴の気配とは違ウ、アンバー、此奴等は敵ダ。」

白昼堂々と、其れも今は軍人が外を警邏している状況と云うのに、恐らくは先日ギルドを襲撃して来た奴等の仲間だろう者達の気配が徐々にメルラーナ達との距離を縮めて来ていた。

「こんな街中で襲って来るつもりか?何処に居る?距離は?数は何人だ?」

アンバーは状況把握をする為にベノバは数と居場所の特定をさせる。

「段々近付いて来ていル、何処かはまだ分からなイ!距離は…600!兎に角今はギルドへ急ごウ!此奴等なら軍人にも手を掛けかねなイ!」

リゼの安全を最優先にするのは当たり前だが、軍を巻き込むと今度は国が冒険者ギルドを攻め立てて来る様になるだろう、其れだけは避けたい所である、ギルドまではまだ10キロ以上は離れている、出来うる限り、此の件はギルドのメンツだけで収めたい、メルラーナはリゼを抱きかかえた、其の行動を見たアンバーは短く「走るぞ!」と告げ、走り出した。


アンバーは腰に下げている革製の袋から携帯用の無線機を取り出し。

「此方アンバー!コードナンバーFG-A9-AL1351!ギルド本部!応答しろ!繰り返す!此方アンバー!コードナンバーFG-A9-AL1351!ギルド本部!応答しろ!」

無線に呼び掛けて数秒。

『ガガッ!アンバーさん?どうされました?』

答えて来たのは女性の声だった、だがメルラーナは其の声に聞き覚えが有る。

「ケアリーか!?緊急事態だ!先日ギルドを襲撃して来た奴等の仲間と思しき連中に狙われている!早急に救援を要請する!此方の位置はリアーフタリーク通り!風の紡ぐ船の付近だ!」

何やら暗号の様な言葉を並べているアンバーだが、何て事は無い、只の通りの名前と目印に成りそうな店の名前だ。

コードナンバーは、FAがファイターギルド、つまり戦士ギルドに所属している事を意味している、Aはアーマーと云う意味で、アーマーは鎧、盾職の事だ、9は其のまま、次席の数字を表している、つまりA9で、アーマー9次席と云う事、ALはクラス名で、アルミュールと読む、1351は其のクラスに成った人の番号、アンバーは1351番目のアルミュール、と云う事になる。

因みに此の数字は、それだけの数のアルミュールが居る訳では無く、戦士ギルドが誕生してから7千年の歴史の中でアルミュールと云うクラスになれた人数であり、今現在に1351人のアルミュールが存在している訳では無い。


丁度交差点に差し掛かった時。

「来るゾ!前方2!後方3!左右から1人ずつダ、其れと右後方の建物の屋根に1人!恐らく狙撃手だろウ!」

ベノバの声にアンバーとサイレルが身構える、遅れてメルラーナが抱えていたリゼを降ろし、エクスレットブレードの刃を右手側だけ出す、左腕でリゼを背中から抱き締める様に引き寄せる、更に左腕からリゼの身体を完全に隠せる位の水の盾が現れた。其れを見たサイレルが。

「メルラーナ、何なのだ?其れは?」

其れは?と尋ねられてもメルラーナには此れが何なのか、自分自身もまだ解ってはいないので答えられない。

一つ答えられる事が有るとすれば、只々、リゼを護りたい、そう願ったからこそ発現したのが此の水で作られた巨大な盾なのだ、と。

「ベノバ!狙撃手を仕留めろ!サイレルは後方!俺は前方を食い止める!くれぐれも此方からは手を出すなよ!」

メルラーナは最初に、攻撃されるまで待つの!?と思い、次に、左右はどうするの!?と思った時。


ドォォォォォンッ!!


と云う轟音が鳴り響き、メルラーナは左腕に衝撃が走るのを感じると、水の盾の表面に何かがぶつかる、水為らば貫きそうな勢いだったが、よく見ると水の表面が凍っており、弾丸は其処に埋まって止められていた、辺りには弾丸が刺さっている個所を中心に氷の繁吹しぶきが巻き起こり、煙が立ち上っていた。

咄嗟に飛んで来たと思われる位置を予測して、其方を視認すると、屋根の上から1メートルは有ろうかと云う長い筒状の射撃武器を構えていた男が居た、筒の先端からは煙が出ている。

其れが開戦の合図となり、アンバーは前方の標的に向かい、左手に盾、右手に腰に携えた刃の幅が広い剣・ブロードソードを抜き、突進して行く。

ベノバは屋根の上の男が持っているのと似たような、しかし大分短い筒状の武器を取り出し、屋根の上の男を狙って。


パンッ!パンッ!パンッ!


と3回、先程の軽い音が街中に木霊する、軽いと表現してはみたものの、鼓膜を震わす振動は激しかった。

メルラーナは此の都市に来て初めて其の武器を目にしたが、大きな都市には普通に流通している物だと云う、筒の中で火薬を爆発させて鉛の弾を発射させる装置、一律に銃と呼んでいるそうだ、威力が高く、物によってはかなり遠くから撃つ事が出来、戦闘能力が低い者でも左程訓練せずとも戦力に成ると云う、但し生産コストが掛り過ぎる為に一般の人には手が出せず、更には先程の様な轟音が鳴り響く為に余り普及はしていないのだとか、其れでも1丁有るだけで戦術レベルの戦局ならば覆る程の威力を持つと云う、勿論、相手が同じ銃を持って居なければの別の話になるし、使い手の練度でも変わって来るが。

因みに弓やボウガンとは全く異なる射撃武器になる為、取って変わる様な事は無いとか。


銃の音に吃驚した街の住人達が一斉に非難し出す、其れと同時に警邏していた軍人が複数人、銃声のした場所を特定したのか、集まって来ていた。


『サモン・マテリアル・マギア ドラゴントゥース=ウォーリアー。』


サイレルは袋の中から何かの牙の様な物を8本取り出し、其処に魔力を込めて呪文の様な言葉を心の中で唱える。

すると8本の牙はまるで分解でもされる様にバラバラになり、其の一つ一つが形を変えて大きく成って行く、大きくなった其れ等はまるで骨の様だ、更に其れ等の骨が組み合わさって行き、やがて人の姿を形成して行く、ほんの数秒の間にアンデッドモンスターのスケルトンによく似たモンスターが8体、其の場に現れた、但し頭は人間のモノでは無く、竜の様な形をしていた。


竜牙兵。


竜種の牙に魔力を注ぎ、ドラゴントゥースウォーリアーと呼ばれる兵士を作り出す招喚魔法の一つである。

魔術師は単独で活動する事が殆ど出来ない為、単独行動用に必ず簡単な招喚魔法を数個、早い段階で使える様にする、前衛を任せて魔法に集中する為だ、竜牙兵は其の中の一つで最も使い勝手の良い招喚魔法だ、注ぎ込む魔力量で強さは変わってくる上、媒体のなる竜の牙もどの飛竜や竜と云うだけで変わってくる、術者と媒体次第では一体で一個中隊に匹敵する程の可能性を秘めているのだとか。


先程サイレルが招喚した竜牙兵は、下級竜レッサードラゴンから入手した牙を媒体にしている、一体の戦闘能力で云えば4次席、5次席クラスの冒険者が苦戦する程の強さだろう、其の竜牙兵が4方向に分かれる、前後左右に2体ずつ、2体が前方のアンバーの元へ、最後の2体がサイレル本人の援護に回る。

続いて後方の対象2人に対して何かの魔法の準備に入った。


アンバーに多少ではあったが焦りの色が見えていた、9次席とはいえ盾職のアンバーには攻撃に対する防衛能力は優れていても、対象を鎮圧させる力は乏しいのだ、時間を掛ければ制圧する事が出来る自信はあるが、今は其の時間が無いに等しい。

「やばい、軍兵が来やがる、ギルドからの援軍はまだか!?」

3人の襲撃者の攻撃を鉄壁の防御で余裕にはじき返してはいるものの、アンバーの攻撃は殆ど当たらないし、当たっても大したダメージは与えてはいなかった。

其の時、防衛一方だった状態に変化が訪れる、アンバーの両サイドから竜牙兵が対象に向かって飛び出して来たのだ。

「!?サイレルか!?」

よしっ!と言わんばかりにアンバーは体勢を立て直す、竜牙兵に飛んで来る攻撃を自身が護り、竜牙兵には攻撃に専念して貰う、盾職の本領発揮である、とはいえ相手は恐らく7次席以上の実力保持者だろう、真面に戦えば竜牙兵等直ぐに倒されてしまう、其れを実力と経験でカバーして行くしかない。


サイレルはアンバーとは違い焦っているのでは無く迷ってた、まず魔術師一人で襲撃者二人の相手等出来る筈が無い、呼び出した竜牙兵も2体だけでは直ぐに倒されてしまうだろう、其の証拠に左右に展開させた竜牙兵の旗色が悪い、アンバー程の実力が有れば1体や2体でも何とかするだろうし実際に出来るだろう、此処は自分の役割をどう立ち回るかで決まって来る、数を減らすか、此処は援軍が来るまで足止めするのが定石か、数を減らすなら一人は確実に倒せるだろう、其の自信は有る、対象の実力が把握出来ていない現状で二人を同時に戦闘不能に出来るかどうかは正直微妙な所だ、成らばやはり足止めする冪か、そう云う魔法ならば何種類か使用可能ではある、能力低下の魔法や拘束系の魔法等が其の代表だが、其のままの効果の魔法を其のまま使うのなら解る者には何をされるのか理解されてしまう、当然其の魔法を抵抗、若しくは対処される、ならばあり得ない魔法で足止めを嚙ましてくれよう。


行使する魔法は楓流系第拾階級壱位、体質変異魔法、『ブリーゼ・サーク・オブテイン』

其の脚に微風を、と云う意味を持つ対象の脚を軽くして敏捷性や移動速度等を一時的に上昇させる肉体を強化させる魔法だ、サイレルは其の魔法を仲間にでは無く襲撃者に向かって唱える。

「おいおい、俺を強化してくれるのか?有りがたいじゃあないか。」

襲撃者はサイレルの行使した魔法を受け入れ、肉体が強化される。

「感謝の意を表して、死ね。」

そう言って襲撃者はサイレルに向かって距離を詰める。

「あ?」

距離を詰めた、筈だった、が、通り過ぎていた。

「どう云う…?」

通常の使用方法とは違う使い方で行使したのだ、過度な効果を与え、あり得ない程の強化が成される、其の強化で向上した身体の能力に脳が反応出来なくするのだ、つまり、通常なら一手、二手先の行動が出来る様になる此の強化魔法が、判断が狂う為に一手、二手遅れる効果を齎す事に成る、こういった強化魔法は当然だが、弱体化の魔法とは違い、大体は抵抗することなく大抵はすんなりと受け入れてくれるものだ、敵を強化する馬鹿な奴、としか見ないだろう、実際に襲撃者はサイレルを馬鹿な奴だと思っていた。


襲撃者が移動した場所の右側、身体い一つ分程の距離に竜牙兵が剣を構えて待っていた。

「チィッ!」

竜牙兵からすれば其の距離は自身の攻撃範囲内だった、竜牙兵は剣を襲撃者に向かって振り下ろす。

襲撃者は其の剣を余裕を持って躱す、しかし再び、思っていた以上に移動していた、いや、回避した筈だった、移動した覚えは無い、異常に強化された肉体で回避した事で、其の効果が回避では無く移動と云う形で現れたのだ、襲撃者は何が起きているのか理解が出来ず翻弄されていた。

「ふっ、暫く竜牙兵と踊っているといいのだ、脳が身体の強化に成れる頃には効果が切れるのだ。」

そうなれば今度は能力が低下した身体に脳が付いて来れなくなる、更に必要以上に強化された肉体は悲鳴を上げ、全身に激痛が走る事だろう。

サイレルは鼻で嗤うと、もう一体の竜牙兵を連れて自身が対象としているもう一人の襲撃者に立ち向かうのだった。


ベノバはスナイパーとの銃撃戦を繰り広げていた、此れだけの轟音を鳴り響かせれば間違いなく軍人、つまりは憲兵が騒ぎを聞きつけて集まって来るだろう、其れまでに決着を付けなければならない、スナイパーはその名の通り狙撃手だ、見えない位置や後方からの支援として狙撃をする事がスナイパーの長所であり、基本的に白兵戦には向いていないクラスではあるが、此のクラスを選ぶ者はそう云った弱点を必ずと言っていい程、何かしらの方法で失くすモノである。

現状では対象の位置を把握出来ている此方側が有利なのは間違い無い、アレルタであるベノバならば何処に隠れても必ず見つけ出す事が可能だろう、更にスナイパーの使っている銃は長距離からの狙撃を目的とした物だ、遮蔽物の多い街中では狙撃対象が見える位置まで近づかなければならない、アレルタであるベノバに其の獲物を選択するのは選択を誤ったとしか言い様がない、長距離の単発の銃と連射の利く此方の銃ならば当然後者の方が有利である、案の定、スナイパーは長筒の銃をしまうと小型のボウガンと取り出した。


此れは余談だが、鉛玉を飛ばす銃は対人には非常に有効な武器だが、図体のでかい魔獣や魔物には非力な武器と成る、何十人、何百人が一斉射撃をすれば話は違ってくるが、其れだけの数を用意出来るとすれば国家規模だけであろう、個人が所有出来る数には限りがある為、銃を主力として扱う冒険者は少ない。


ベノバはスナイパーの行動に違和感を覚えていた。

(あれが彼奴の主要武器カ、其れにしても此奴、スナイパーにしては練度が低イ、幾ら遮蔽物があったとしてもスナイパーなら此処まで近付いて来るとは思えなイ、此奴、ひょっとして下位クラスなのかも知れないナ。)

とは言え位置が悪い、相手は屋根の上、銃のままなら此方が有利だったがボウガンに変えた事で見えない位置から撃ってこれる様になった訳だ、ならば此方も屋根の上に昇るまでだ。

ベノバは持っていた銃とは違う太い筒状の銃を取り出し、家の壁に向かって撃った、発射された弾にはワイヤーが繋がれていて、先端にはフックが付いていた、フックが開き、鉤爪の形状に変わると其のまま壁に引っ掛かり固定され、次にベノバの身体が引っ張られて宙を舞った。

壁に激突する前に銃の先端からワイヤーを切り離すと、ベノバの身体は軌道を変えて屋根の上まで舞い上がり、メルラーナの視界から消えて行った。

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