第34話 散策

冒険者ギルドのギルドマスター、ラウルはメルラーナとリゼを外に出していいかどうか迷っていた、メルラーナの実力は此の目で見ていないので未知数だ、労働者ギルド以外のギルドに登録して居ないので次席も無い、しかし盗賊ギルドの7次席を圧倒する力を持っているなら、間違いなく7次席以上、8次席と同等の実力を持っていてもおかしくはない筈だ、何故此れ程の実力者が労働者ギルドにしか席を置いていないのか不思議でしょうがないが、此ればかりは本人の問題なので何も言えない。


話が変わってしまうが、次席は身分証の様なモノだ、其れが有れば色々と都合が良く成る、彼女の様に旅をしているなら特にだ、トムスラル国からソルアーノ経由でボロテアに入国して来たらしいが、通常であれば国境で足止めを食らうのだが、ソルアーノはお国柄、誰でも通れる様にしてある、ボロテアは此処、貿易都市エバダフが有る為、ソルアーノと同様で幾分か入国し易い国と成っている、国境によって警戒度が違ってはいるが、ソルアーノからの国境は更に手薄に成っていた筈だ、とは言え、国境警備隊も為人をしっかりと見極めて通している、メルラーナならば左程問題も無く通れたのだろう、しかし此処から先はそう簡単には行かない、其処で役に立つのが次席である、次席は各ギルドより配布されるドッグタグに刻まれている、其れが有ればある程度入国手続きが緩和されるのだ。


話が大分逸れてしまったが、彼女、メルラーナは俺の見立てでは人柄を考えても8次席に成れる筈である、とは言え、今回ギルドから新たに発注した依頼では彼女は護衛対象者である、つまり戦わせる訳には行かないのだ、ではどうするか、結論から言えば護衛を付けるしかない、しかし8次席と同等の実力を持つ彼女を7次席以下の冒険者に護衛させるのもいかがなものかと思ってしまう。

メルラーナとリゼの目の前で腕を組み悩んでいると。

「おそと、でちゃいけないの?」

ボソッとリゼがそんな事を言い、続けて。

「めいわくかけたくないから、だめならいいの。」

そんな我慢をするリゼを見たラウルは、胸を締め付けられる思いを感じていた。

(くっ!俺には息子しか居ないから、娘が居ればこんな感情に為るのかも知れないな!?)

「…少し待って居なさい。」

そう言ってラウルは机の上に置かれている内線機を手に取ると、何処かへ掛け始めた、少しして掛けた相手から返信が返って来る。

『ラウルか?どうした?』

「アンバー、お前準備の方はどれ位進んでいる?」

『何だ?もうメンツが揃ったのか?何時でも行けるぜ?』

「いいや?まだ他のメンバーが合流するまで2~3日は掛るだろう、少しお前に頼みたい事が出来たんだ。」

『ほう?いいぜ、何をすればいい?』

「メルラーナとリゼに外の空気を吸わせたい、外出許可を出したいのだが、護衛が居る、アンバー、依頼を受けたメンバーで暇そうにしてる奴等を数人連れて二人の護衛に当たってくれないか?」

『ふむ?成程な、為ら実際に二人の護衛に就かせるメンバーを選ばせて貰うぞ?其の方が本番で少しでも連携が取り易く成るしな。』


内線でのやり取りが終わり、ラウルさんが受話器を置いた。

「さて、メルラーナ君、護衛を付けての外出なら許可を出そう。」

ラウルさんの言葉にリゼの瞳が大きく見開き、輝いていた。

「良かったね?リゼ。」

「うん!」

こうしてアンバーさんを筆頭に護衛が2人選ばれた、一人はアレルタのベノバさん、アレルタはハンターギルドの8次席でレンジャーやサバイバーの上位職らしい、もう一人はウォーロックのサイレルさん、魔術師ギルドの8次席でウィザードの上位職との事だ、其れとアンバーさんは戦士ギルドの9次席アルミュールって云う職らしい、まあ何の事だかさっぱり解らないんだけどね!


街中に出ると4日前より賑わいは大分薄れている様な気がした、そして軍人の数がかなり増えている、其れでも店はやっているし客も足を運んでいた。

始めて外に出たリゼは瞳を輝かせ乍ら興奮している、一人で何処かに行かない様にメルラーナがしっかりと手を握っていた、二人の直ぐ前方にはアンバーが周りを警戒し乍ら歩いていて、後方の左右にサイレルとベノバが陣取っていた。

アレルタと云う職は【警戒する者】と云う意味を持つ職で最低で500メートル以上先に居る者の気配を感じ取る事が出来る特徴を持つ職だ、持つ、と云うより其れが出来ないとアレルタに昇格する事が出来ないのだ。

能力の高い者なら1キロ以上先の気配も感じ取れるとか、アレルタとスナイパーが組めば対象は近付く事すら出来なくなるという。

次にウォーロック(魔導士)だが、例えるなら一つの魔法を自在に操れる様に出来るのがウォーロックである、魔法の説明を1からすればとても長くなるので割愛させて貰うが、ウォーロックの特徴を簡潔に纏めると、範囲の狭い、若しくは単体を対象にした魔法を広範囲に広げたり対象を複数にしたり、逆に広範囲の魔法を一点集中に纏めたり、設置型の魔法の設置場所を対象の自在に変更させる事で即座に発動出来る様にしたり、更には全く別の二つの魔法を同時に行使したり出来る。

基本的に一つの魔法からは一つの効力しか生み出す事が出来ない、其の一つの効力しか生み出せない魔法を別のモノに組み替える事で用途の違う効力を発揮させ、多目的な運用に用いる事が出来るのが、魔導士と呼ばれるウォーロックの特徴だ。


アンバーが此の2人を連れて来たのには理由がある、広範囲の索敵が可能なアレルタと、スナイパー程ピンポイントで狙撃する様な事は不可能だが、広範囲の中で対象を迎撃可能な魔法を行使出来るウォーロックならば二人を護衛するに足る存在と判断したからだ。


そんな3人に囲まれて肩身が狭そうに思われたが、当の本人であるリゼは全く気にした様子も無く楽しそうに燥いでいる、見た事が無いモノばかりなのだろう、因みに頭の角を隠す為に帽子を被らせている、一応変装と云う体ではあるのだが。

「リゼちゃん、可愛いナ。」

ベノバが頬を緩ませてぼそりと呟くと、其れを聞いたサイレルが。

「うむ、私もあんな子が欲しいのだ。」

其の言葉にアンバーは。

「はっはっ!確かにリゼも可愛いが!メルラーナも可愛いではないか!」

「「間違いない。」」

おいおい、おっさん3人が大きな声で一体何を言ってるんだ?恥ずかしいじゃないか。

メルラーナは頬を真っ赤にして俯く、一方リゼはと云うと全く気にしていない様子だ、其れとも周りの人や店、建物等に目を奪われて聞こえていないのかも?

その後、リゼの興味対称になった場所やアンバーのお勧めの店等を案内して貰い乍ら街を闊歩するのだった。


街を散策し始めて大分時間が経過した頃、リゼがメルラーナの服の袖を引っ張って来た。

「めるらーな、めるらーな。」

「ん?どしたの?」

「おなかすいたの。」

言われてから気が付いたのだが、空を仰ぐと太陽は既に真上にまで昇っていた、丁度お昼時だった、丁度今居る場所から少し歩いた所に冒険者達の行きつけの店が有ると云うので、其処に行ってみる事にした、冒険者達の行きつけ?地下に食堂が有るのに?と云う疑問を投げかけてみると。

「地下の食堂は冒険者だけでなくギルドの職員も利用する所で、普通の店より格安で料理や酒を提供しているんだ、安けりゃ大量に食えるだろう?質より量ってヤツだな、材料のコストを下げればそれだけ大量に作れる、だが味の質も落ちるだろ?酒も同じさ、安い酒しか置いてない、飲み食い出来りゃ何でもいい、って奴等にゃ便利だろう、更にあの店は丸一日営業している、其処で働いている奴等は時間や日によって交代するが店が休みになる事はねえ、俺達が何時如何なる時でも腹ごしらえ出来る様にしてくれているって訳さ。

けど仕事で金が入ったり、休みの日位は美味い飯や酒に舌鼓を打ちたいだろう?そう云う時に行く店の一つが今から行く店だ。」

そう言ってアンバーが胸を張って堂々と先頭を歩き、其れに付いて行った。

辿り着いた店は予想とは違い、大きな建物に壁には鮮やかな装飾が施されて如何にも高級そうな雰囲気を醸し出している。

だ、大丈夫だろうか?こんな高そうな店に入っても?

「金の事は心配するな、此処は外見程高く無いし食事はちゃんと経費に入っているからな!」


中に入ると食事時だったせいもあるのか、とても繁盛している、店員さんに案内されて空いているテーブル席に座り、5人は其々に食べたいものを注文した。

食事が運ばれてくる間に、メルラーナが気に成っていた事を冒険者達に質問する。

「皆さんは、常闇の森って行った事あるんですか?」

其の質問に最初に答えたのはアンバーだった。

「有るぞ、1年程前だったかな?今回の様な護衛と云う形でだ。」

成程、だから私の提案がこんな簡単に通ったのか、続いてベノバが答える。

「俺もあるゾ、アンバーさんと同じ仕事で同行したナ。」

最後にサイレルが。

「私は冒険者では無いので行った事は無いのだ、冒険者だからと云うのは揶揄なのだ。」

そうか、サイレルさんは魔術師ギルドから派遣されたと云う事か。

その時、テーブルに注文していた食事と飲み物が運ばれてきた、皆行儀良く頂きますをして食事を口に運ぶ。

「それで、どんな所なんですか?何かギルドに凄そうな人達が集まってるから、あんな人達を集めなきゃいけない様な所がどんな所か気になっちゃって。」

「ふむ、どんな所と言われてもな、我々が行った時は森に入って2日程で引き返して来たからな、何かの薬の材料を取りに行ったんだが、目的の物が直ぐに見つかったのでな、魔獣や魔物とは一切遭遇する事は無かったな。」

「そうだナ、気配はしてたが戦闘に成る事は無かったヨ、それよりも森に辿り着くまでの方が大変だったナ。」

「そうだったな、森の入り口真上には街が有ってな、中央の巨大な建造物から侵入するのだが、まず街の中は人だけじゃ無く魔物も一緒に生活しているんだ。」

…はい?

メルラーナは其の言葉の意味を理解するまでに数秒掛った。

人と魔物が生活?つまり共存してるって事?いや、でも。


ふとリゼを見る、余程美味しかったのか食事に夢中だ。

「此の辺りの周辺国ではあそこ位ではないか?俺も初めて行った時は吃驚したものだ。」

そうか、そう云う所も有るのか、妙に納得が要った、魔人の事はよく解らないが、リゼの様な良い子も居るのだ、つまり、魔物にも良い奴と悪い奴が居るって事か。

あの時、遺跡で戦ったグレイグの言葉を思い出す。

だがあの時は向こうが此方の遺跡に侵入いて来たのだし、あんな事を仕出かした男達の部下だったのだ。

メルラーナは別に良い子ちゃんでは無い、必要とあらば人の命にも手を掛けるだろう、其れが敵で在れば猶更だ、自分が正しいだとか、正義だとか云うつもりは全く無い、いや少しは有ったかも?あの時迷いが有ったのもきっとそう云う事かもしれない、只、今確実に理解出来た事は、モンスターの全てが敵では無い、と云う事だ、此方から手を出す様な事はしないでおこうと心に誓った。


確かに魔物と共存しているのは不思議な感じに捕らわれるが、其れが森へ行く大変だったと云う事に繋がるのだろうか?と思っていたら続きがあった。

まず其の入り口である巨大な建造物に入る為には許可が必要だという事、其の許可は通常では降りないと云う事だ、今回の護衛任務でも依頼者、つまり私の森に入る為の理由がはっきりとしていて正当なものでないと却下されるらしい。

許可が降りても次は建造物に入る為の検問が有って、其処で入る人や荷物の検査が行われると云う、不審な人物、持ち物が有れば直ぐに取り調べを受ける事に為る様だ。

其処まで話を聞いた時、ふと疑問が出て来る、リゼはどうやって森の外に連れ出されたのだろう?其れ以前に攫った者達はどうやって森に入れたのか?其れについてアンバーは。

「数日前のギルドの襲撃事件でメルラーナと襲った男は幻術使いだったそうだ、幻術なら通れる可能性は有るのではないか?」

サイレルが其の見解に異議を申し立てる。

「あの検問所には優れた魔術師も配置されていると聞き及んでいるのだ、例え幻術でも簡単にスルー出来るとは思えんのだ。」

最もな意見だと思う、検問所の様な場所が作られる所でそう云う対策はしていないとは思えない。

「簡単な幻術なら隠し通せる事も可能なんじゃないカ?」

食事に夢中のリゼ以外が横槍を入れて来たベノバの方を見た。

「森に入る時に言われただろウ?命の保証は出来ないト、例えばだガ、入る時に少年か少女を連れて行ったとしよウ、いや両方連れて行ったかも知れなイ、成人も連れて行っただろウ、森に入った人攫い共は見事にリゼを攫う事に成功しタ、問題は帰りだよナ?」

ベノバはテーブルに置かれた水の入ったコップとエールの入ったジョッキを左右其々の手で持ち、交差させた。

「連れて来ていた子供と入れ替えル、服も着せ替えれば帰りの検問でもばれる事は無いんじゃないカ?」

「「「!?」」」

三人は驚愕する、それはつまり、子供は置き去りにする為に連れて来た、と云う事だ。

ベノバの例え話にアンバーの表情が険しく成って行く。

「ア、アンバーさん落ち着けっテ、あくまで例えだかラ。」

「お、おう、そうだったな。」

想像しただけで胸糞悪くなる様な話だったからなあ。

「幻術は角を隠す程度のものなら感知されない様に細工位出来るだろウ?」

此の話を続けるのは危険だと察したのだろう、ベノバはサイレルにバトンを渡し。

「う、うむ、其れ位なら隠せる技術は有るかも知れないのだ。」

そう締めくくった。


話を戻そう、問題と為るのは建造物から地下へ降る、森の入り口までの洞窟の事だと云う。

兎に角深く潜って行くとか、何せ、常闇の森は地下三千メートル以上潜った先に有るのだそうだ。

更には洞窟内に徘徊しているモンスターはかなり危険な存在だと云う。

1年前に行った時は森に辿り着くまでに数人の犠牲者を出してしまったのだとか、出会う奴等全てが、どいつも此奴も一癖も二癖も有る奴等ばかりで苦戦に苦戦を強いられ、一度は退却も考えた程だったが、諦めずに前へ進む事で、何とか森に辿り着いたのだ、森での活動が短かったのが幸いしたのか、帰りは温存していたモノを全て出し切る事で行きよりも無事に帰還する事が出来たのだと云う。

今回は前回の反省する所を生かしつつ、更に安全性を重視して作戦を練っているらしい。

何せ今回は森に滞在する期間が不明だから猶更だろう、実際に森の危険性がどれほどのモノか、全員が解っていないに等しいのだから。


食事を終え店を出ようと扉を開けた時、ベノバが突然振り返る。

「何ダ?」

ベノバの様子を見たアンバーは武器に手を添えて身構えた。

「敵か?ベノバ?」

「解らなイ、殺意は感じなイ、只、間違いなく見られていル、店内かと思ったガ、違うナ、多分外からダ。」

店の中は賑わっていてメルラーナ達の傍に居る客でさえベノバの行動に気付いては居なかった。

警戒を解かずに外に出るが、ベノバは見られている気配の出所が解らずにいた、視線を感じ取っているだけで、気配を感じ取る事は難しい様だ、何かよからぬ事を考えている輩は直ぐに解ると云う。


メルラーナはリゼの手を強く握る。

「?」

リゼは不思議そうな表情でメルラーナを見つめて居た。


「数日前に襲撃して来たとか云う奴等かもと思ったガ。」

先日の襲撃事件の時、ベノバは居なかったが、此の視線を感じる気配は只監視されているだけの様に感じた。

「兎に角、外出は此処までだ、ギルドに引き返すぞ。」

アンバーは即決を下し、帰還する事にした。


そんなメルラーナ達を1キロ以上離れた場所から観察している老人が居た。

薄汚れた茶色いローブで全身を纏い顔はフードで覆っている為、表情は解らない。

「ほう、あの警戒者、儂に気付きおったぞ?中々優れた奴等を集めた様じゃの、今から楽しみじゃわい。」

老人は独り言の様にブツブツと呟いている。

「其れにしても、あの黒髪の娘、…いやまさかな。」

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