第二章 ラスティールの鼓動

第14話 学問の国

カノアの町を出発してから5日が経過していた。




「おおー!あれがソルアーノ国の首都か~。」


列車の窓から身を乗り出し近づいて来る大きな街を見据える、トムスラル故郷国の王都は何度か行った事はあるが、比べ物にならない位、大きな街だった、残念ながら天気は良くない、どんよりとした雲が大空一面を覆っているが、其れを気に成らない位、街の巨大さに気を取られていた、後ろに人影が近づいて来る事すら気付かない程に。




「お!お客様!身を乗り出されては危ないです!御止め下さい!」




怒られた。




仕方ない、メルラーナはまだ15才、まだまだ子供である、更に一人でこんな遠い所まで来るのは初めての体験である、好奇心が高まるのを抑えろというのは少し可哀想な気はしないでもないが。




それから少しして、列車は首都の駅に到着する、駅も大きい、余りの大きさに圧倒される、そして何より人が多い、多すぎる、迷子に成りそうだ。




「迷いそうに成ったら案内板ってのがあちこちに設置されてるから、其れを探してみるといいよ。」


カルラさんが別れ際に言い残した言葉だ。


よし、取りあえず、迷いそうなので案内板を探そう。キョロキョロと周りを見渡す、それらしき物は直ぐに見つかった、近づいて案内板の内容を読もうとする。




「…ん?」


少し違和感を感じ、一度目を放して、再び案内板を見る。


「………んん??」


もう一度目を放し、手の甲で目をゴシゴシ擦って、更に見る。


「……………………んんんっ!?!?」


三度目の正直、案内板を三度見つめる。


「…じ、……字が読めないっ!?」




此れはとても、とても当たり前の事なのでは有るのだが、国が変わると言葉も文字も変わるのは至極当然の事である。




そ、そういえば周りを行きかう人々から聞こえる話声も、何か、若干?発音が違うのかな?…いや若干じゃないなコレ!何言ってるのか全く分からんっ!?










詰んだ。








だって列車の人達とか普通に話してたよね!?何で!?




当然である、彼等は其の道のプロだ、相手を見極めて使う言葉を変えて話すのは彼等にとって必要最低限の技術スキルなのだ。




「ど、どうしよう。」




その時、通行人がメルラーナの肩にぶつかる。


「おっと、ごめんよ。」


通行人が軽く謝罪して来たので。


「あ、いえ、大丈夫で…す?」


と返したのだが、既に其の通行人は人混みに紛れ、消えていた。


「え、と?」


呆気に取られて立ち尽くしているメルラーナの指先から、とても細い糸状に成った水が突然現れる。


「え!?ちょっ!こんな所で何!?」


糸状に成った水はメルラーナの指に繋がったまま、人混みの中へ伸びて行った、そして直ぐに何かを持って帰って来る。


「…は?…何コレ?」


其れはメルラーナの手の中に納まった、メルラーナは其れを見つめると。


「…あれ?………私のサイフ?だよね?コレ??」


少し首を傾げて。


「掏られたのっ!?」


さっきぶつかった人!?うあー!都会怖えー!


「…そっか、取り返してくれたんだ?」


…いやいや、取られたのに気付いたんだ?凄くない?


……いやいやいや、あの人混みからさっきの人を探し出したの?


………いやいやいやいや!優秀過ぎるだろう!?君!?




ガウ=フォルネスの力の一旦を見た様な気がしたメルラーナだったが、本来そういう使い方をする様な存在では無い、これは、ガウ=フォルネス自身が思考し、宿主であるメルラーナを護る為の行為なのだが。




「にしても、ガウフォルネスって長くて呼びにくいな、…ガウフォ、ルネス、ガフォ?フォルネ…お?フォル!よし、今日から君の事をフォルちゃんと呼ぼう!決定!」




ガウ=フォルネスに言葉という概念が存在していたらきっとこう思っただろう。


『なぜ、ちゃん付け?』………と。




「うーん、此れからどうしよう。」




案内板の文字は読めないが、地図が有るので今居る場所は何となく解るが、行先は空港であって、此の駅の中には当然無い訳で。




「何処へ行けばいいの!?」


何とか自力で駅の外まで出て来た、眼前に広がる光景を見て最初に思って事は。




「路が広いっ!そして雨が降ってる!」




石畳で綺麗に舗装された道を、傘を差した大勢の人々が行きかっていた、石畳は途中で途切れていて、其の先には、黒い石の床が広がっている、更に其の向こう側に手前と同じ石畳で舗装されていて、同じ様に人が行き来している、しかしメルラーナが気になったのは其処では無く。




「何だアレ!?」




真ん中の黒い床を大きな鉄の箱が物凄い速度で走り抜けていった、それも一台や二台ではなく、数え切れない位の数が。




「乗り物?なのかな?凄いなぁ、アレがあったら馬車要らないなぁ。」




広い路の周りには無数の建物が立ち並んでいる、それは家では無く、何かの商業施設の様な、まるで四角くて背の低い塔を思わせる様な建物が右を見ても、左を見ても、遥か彼方まで並んでいる様に見えた。


雨が降っていてはっきりとは見えないが、空には飛行船が幾つも飛び交っている。




ソルアーノ国、トムスラル国の隣国である此の国は、面積がたいして広くはないが、他国よりも学者や医師といった職が多く居て、多くの研究等が行われている、別名、学問の国。


シルスファーナ大陸では、其れなりに独自の繁栄を遂げた国だ、学問が盛んな国の為か、他の隣国との諍いは少なく、それどころか他国から知恵を借り、意見を聞き、調査等の協力要請を請け負う事もある、また、とある国には遠く及ばないが、科学の研究もされている、此の大陸内では、陸・海・空の公共交通機関の凡そ1割はソルアーノ製なのだ、因みに争い事を招く可能性を持つ兵器は一切製造していないのも国の誇りとしている。




一頻り街並みを堪能した後、メルラーナは雨具を取り出し、其れを羽織り、歩き出した。




「う~ん、どっちに向かえばいいんだろ?道を尋ねようにも、言葉が解らないからな~。」




方角も解らずとぼとぼと歩いていると、本屋を見つけた。


ふと立ち止まり、本屋を見つめる。


「………!此れだ!!」




速攻で本屋に駆け込み、雨具を脱いで店内に置いてある言語関係の本を探す、すると、見慣れた文字が目に入って来た。


「あった!」


其の本を手に取り、中身をパラパラと捲る、が、トムスラル語は書いて有るのだが、単語ばかりで何か良く解らない。


「な、何だ?コレ?」


「***?」


「え?」


後ろから声を掛けられる。


「***?*****?」


店員さんが声を掛けて来たのだが。


「あ、いや、私、言葉が・・・。」


何を言っているのか解らずオロオロしていると。


「?***!お客さん?トムスラルの国の人?」


「え?…は、はい!」


「ソルアーノの言葉、解らない?」


片言で解る言葉を話してくれた。


「は、はい、…あの、私、さっき此処に着いたばかりで。」


「あ~、一寸待って?私も其方の言葉、少ししか喋れない、え~と、多分その本、違う、其れソルアーノ国の人がトムスラル語、べんきょ?する本。」


「…おお!そういう事か!?」


納得しているメルラーナに店員さんが違う本を手に取り、渡してくれた。


「多分、此れ、探してる本?」


渡して貰った本の中身を確認すると、ソルアーノ語の単語が並んであり、トムスラル語で読み方や発音、意味等が書かれていた。


「おおー、解る、解ります!有難うございます!此れ下さい!…あ。」


パラパラと本を捲って。




「…コレ、クダサイ?」


「はい、畏まりました、有難うございます。」


満面の笑みで何か喋った。


「有難うって言ったのかな?後で調べてみよ。」


お金を払って店を出た。




「結構高かったけど、此れで人に道を聞いて行ける。」


気合を入れ直して、本を片手にいざ空港へ出発!と思ったのだが、店を出ると。


「雨が激しくなってますが?」


本が濡れる!?其れは駄目だ!高かったのに買ったばかりで汚す訳にはいかない。


仕方無いので『空港』と『何処?』と『有難う』の三つの単語を頭に刷り込ませて聞いて回る事にした。


「あ、やっぱりさっきの言葉、『有難う』だった。」


本が濡れない様に鞄に仕舞い道行く人達に目的地への行き方を尋ねながら雨の中をレインコートを羽織って歩いて行く。




「え?空港?あっちだけど?歩いて行くの?」


『有難う』とお礼を言って指を指した方角へ向かい、所々で道を尋ねて回る事、数刻、周りは暗く成っていたが、ようやく空港に辿り着く。




「着いたー!滅茶苦茶遠かった、……けど、閉まってる。」


どうやら空港は早めに閉まる様だった。


仕方がないので宿を探して明日、出直す事にした。




幸い、近くで宿が見つかり、雨の中を歩き続けて疲労した身体をゆっくりと休ませる事にした。


翌朝、雨は止む事なく降り続けていた、しかも昨日の非ではない位激しい雨が。


空港に辿り着いたのだが、中に入ると乗務員やスタッフが慌ただしく空港内駆けまわっていた、何事だろう?と思いながら、受付らしき所を見つけ、カウンターの向こうに座っていた女性に話し掛ける。




「えっと、すいません?」


「お早う御座います、何時も空港をご利用頂き、有難うございます。」


今日初めて来たんだけど、マニュアル通りの挨拶なのかな?本を見ながら言葉を自身の中で訳す。


「お客様、大変申し訳ありません、現在首都近郊に嵐が迫って来ておりまして、飛行船を出す事で出来なく成っております。」


「??え~と、嵐?出来ない?」


メルラーナが本をペラペラ捲っているのを見た女性は。


「あら?お客様、トムスラルの方ですか?」


解る言葉で返してくれた。


「は、はい。」


「そうですか、国に帰られるのであれば、飛行船より列車の方が宜しいかと存じますが?」


「あ、いえ、リースロート王国へ行きたいんです。」


「リースロートへですか?大変失礼致しました、お客様、現在飛行船を飛ばす事は出来ませんが、リースロート行きなら大金貨1枚掛りますが、宜しいですか?」


「………はい?だい…金貨………1枚?」


「はい、国外への運航料は国内の運航料より跳ね上がるんです、ましてやリースロートと成ると、四大国家の一角を担う御国ですからね、料金は更に跳ね上がって、大金貨1枚必要に成ります、勿論小金貨10枚でも構いませんよ?勿論飛ばせる様に成ってからの話に成りますが。」


「………。」


大金貨1枚という言葉に絶句するメルラーナ。




簡単にではあるが、流通通貨に関して少し触れておこう。


シルスファーナ大陸内では一般的に銅貨、銀貨、金貨の三種類が流通している、其々に大、小とが有り、大が小の10倍の価値に成っている、それ以上の硬貨も存在はしているが、其れは国レベルで使用する硬貨なので一般人にはお目に掛る事すら無い、さて、大金貨一枚のレートだが、当然、小金貨なら十枚、大銀貨なら百枚、小銀貨に両替すると千枚になる、銅貨だけは大、中、小と三種類存在しており、大金貨1枚は大銅貨なら一万枚、中銅貨なら十万枚、小銅貨なら百万枚と成る。




「そんな大金持ってねぇっ!?」


項垂れるメルラーナであった。




「何方にしても嵐で飛べないみたいだし、どうしたものか…。」




列車で移動するしかないか、其れでもお金は掛る訳で、足りなくなったらどうしよう。


空港のロビーにある椅子に座って、そんな事が考えながら物思いに耽って居ると。


「メルラーナさん?」


声を掛けられた、呼ばれた方を見ると其処には、長い金色の髪をポニーテールで纏め、青い瞳をした女性が此方に向かって近付いて来ていた、其の女性に見覚えが有る。


「…えっと、………エアル…さん?」


「良かった~、やっと見つけました。」


「え?見つけた?私を?」


「はい、カノアの町を立ったと聞いて、慌てて追い掛けて来ました。」


「えっと、どうして?」


キョトンとして首を傾げるメルラーナ。


「貴女のお父様に頼まれたのですよ、娘を頼むって。」


「え?そうなんですか?じゃあギルドの仕事で?でもギルドは暫く大変に成るってジェフさんが。」


「ああ、私はジルラードさんの直属の配下でギルドの人間では無いんですよ。なのでギルドの仕事では無く命令ですね。」




命令!?お父さん!?どんな仕事してるか知らないけど、それは所謂職権乱用というヤツでは?




「まぁ、あの街のギルドが大変に成るのは間違い無いでしょうね、何せ国が派遣した調査隊が全滅した訳ですし。でも其処はジェフさんに任せて置けばいいでしょう。」


い、いいんだろうか?


「は、はぁ。」


思わず間の抜けた返事をしていしまった。




「さて、では行きましょうか?」


「へ?ど、何処へ?」


飛行船は嵐で飛べないし飛べたとしてもお金が無い、この状況で何処へ行くというのだろう?


「此の嵐が通り過ぎた後、列車に乗ります、首都を離れて北西へ、と、行きたい所ですが街で色々と準備をしないといけませんね、その装備では何かと心配ですので。」


メルラーナの軽装を見てエアルはそう呟くと、外へ向かって歩き出した。


「エ、エアルさん!じゅ、準備って言っても、そんなにお金持ってないし、直ぐ帰るつもりだから無駄に成ったりしないかな?」


「?それは、飛行船を使えば、行って帰ってくるのは直ぐでしょうね、大金貨2枚必要ですが。」


「う、そ、それは、無理過ぎる。」


「フフ、お金ですが、ジルラードさんに貴女が旅をする為に必要な資金は預かっています、でも飛行船を使わせる訳には行きません、そんな大金を持ち歩く訳には行きませんからね。」


それは納得、と、コクコクと頷く。


「なので、行ける所までは列車を使って、後は馬や馬車、徒歩で移動します、早ければリースロートまで4カ月程で辿り着きますよ。」


「よ!?4カ月!?」


予想を遥かに超えた期間だった、往復でも長くて一月位と考えていたのに、片道で4カ月とは。


「はい、ですから準備はしっかりしておきましょうね?」




翌朝には嵐が過ぎ去っていた、メルラーナはエアルと共に必要な物の買い出しに出掛けるのだった、エアル曰く、ソルアーノを抜けるまで少なくとも半月は掛るとの事だった為、言葉は覚えておくようにと言われた。本を捲りながら、拙い言葉で買い物を続ける。


旅の準備とは言っても、武器や防具を揃える訳では無い、長距離を歩く為、足に負担の掛りにくい靴、雨風を凌げる防寒着、携帯食料や水等、旅に最低限必要な備品を選ぶ、次の街までは列車での移動なので食料と水は後回しにして、身を護る物を中心に買い集める、野営が出来る物と灯りは忘れない様にしないと。


小休憩や食事を取りながら、丸一日を準備で費やした、翌朝。




「首都は3日間しか居なかったけど、色々な物が見れて楽しかった。」


ニコニコしながらエアルに話し掛ける。


「そう?それは良かった。」


昨日の一日で、二人は大分打ち解け合った様だ。




「じゃあ、次の街へ出発!」

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