第5話 猫探し?

さらに翌日。


「昨日は驚いたなぁ、さて、報告は済ませたし、早くて明日か、どうするかな。」


カルラは調査隊が到着するまでの時間をどうするか考えていた。




「にゃ~。」


町中を歩いていたカルラの耳に猫の鳴き声が聞こえて来た


「ん?猫?にしては…。」


猫の鳴き声に少し違和感を感じたカルラは周りを見渡して鳴き声の主を探してみた。


「にゃ~にゃ~、にゃ~?」


路地裏から聞こえる、カルラはそっと鳴き声の聞こえて来た裏路地を覗きこむと。


「にゃぁ~?」


再び鳴き声がした。その声の主を確認すると。


「猫?じゃないな。」


しかしそれは猫にしては明らかに大きな身体をしていた、というか、人である、少女だ、動きやすそうな服装で両腕に少女には到底似つかわしくない厳つい篭手を装着し、長く綺麗な黒髪がとても目立っていた。


少女は身体を屈ませて何かを探しているように見えるが。


「何やってんの?メルラーナさん?」


「にゃっ!?」


ビクッと身体を跳ね上がらせて、呼ばれた方へ振り返る。


「にゃ、にゃんだ、カルラさんか、ビックリした。」


「あぁ、ごめん、驚かせたね。」


メルラーナは立ち上がって身体に付いた砂や埃を掃いながら。


「大丈夫ですよ、ちょっとビックリしただけ。」


「それで、何してたの?」


「えっと、猫探し?」


「猫?」


「いや~、行方不明の飼い猫を探してるんですよ、もう3日も帰って来ないそうで。」


「へ~、そういう仕事もあるんだ。」


カルラは多彩な仕事内容に関心していたが。


「仕事じゃないですよ、私ん家の近所のおばさんが飼ってる子猫なんですけどね、ちょっと頼まれちゃって。」


あ、仕事じゃないんだ。


メルラーナは猫探しを再開すると、ガタンッ!という物音が聞こえて。


「!?」


音のした方を振り向くと、茶色に模様が入った猫が木箱の上で此方を伺っていた。


「ネロ?」


ネロと呼ばれた猫は、


「にゃ~。」


と呼ばれた声に応える。


「やっと見つけた、さ、おばさんの所に帰ろ?」


メルラーナはネロに手を伸ばすが。


ネロは振り返ってさらに狭い路地へと入っていった。


「お?ラッキー、そっちは行き止まりだぞ、ネロ。」


追い詰めたと思い悠々と追いかけて、メルラーナが路地に入った時には既にネロの姿は見えなかった。


「え?うそ。」


辺りを見回すが何処にも猫の姿は無い、不意に通路脇の地面付近から少し冷たい空気が吹いて来るのを感じた。


メルラーナに続いてカルラも路地に入ってきたが。


「え?」


カルラは不思議に思った、メルラーナが呟いた通り、その路地は行き止まりになっていたのだ。


なのにそこに猫の姿は無い。


「メルラーナさん、これはいったい?」


「……どうしよう、下水道に入っちゃったかも。」


「下水道?」


カルラはメルラーナの視線の先にある地面付近を確認すると、建物の床下辺りの地面に雨水等を水路へ流す為の穴が空があった、穴の大きさは小さい子供がぎりぎり一人入れるかどうかぐらいで、そこに鉄格子の板状の床が填められている、鉄格子の幅も狭く、普通では猫ほどの小動物では通れないようになっているのだが、長年の放置のせいか、錆び付いてボロボロになっていて、さらに鉄棒が一本外れていたのだ。


ネロはここに入って行ったようだった。


「これは、流石に此処からは入れないな、どうする?」


カルラはメルラーナに問おうとしたが。


「近くに入り口があるからそこから入る!」


カルラの問いに答えながら踵を返して走り出し、路地から出て走り去って行ってしまった。


「え?ちょ?」


カルラは突然の出来事に茫然としてしていたが。


「まぁ、俺には関係ないか。」


裏路地から出てきてメルラーナの走って行った方向と違う方へ歩き出す。




路地から出て来たメルラーナは下水道の出入り口に向かって走っていた。


(ネロが害獣に襲われたら…。)


最悪の事態を考えたら背筋に悪寒が走る。


下水道にはよく害獣が住み着いていたりする、目に余るほど数が増えたりすると冒険者ギルドや労働者ギルドに駆除依頼が舞い込んで来たりして、定期的に駆除はしているのだが。


労働者ギルドに出入りしているメルラーナも仕事事態は受ける事は出来ないが、たまに依頼の張り紙を見かけたりする、しかし最近は駆除の依頼を見かけていなかった。


「急がなきゃっ!」


件の裏路地から一番近い下水道の出入り口に走り出してから2分足らずでたどり着いた、出入り口には門番が居て厳重に監視、警備をされている。


「おじさんっ!」


少し息を切らせながら門番に声を掛けた。


「おお?メルじゃねぇか?どした?そんな急いで?」


「トノアおばさん所のネロが下水道に入っちゃったのっ!中に入らせてっ!」


「な!マジか!そりゃ大変だっ!すぐ開けるが無茶はすんなよ?応援も呼ぶからなっ?」


「解ったっ!有難うっ!」


下水道の出入り口には大きめの鉄格子で閉められていて、動力機を利用して開け閉めを行うのだが、鉄格子には人が一人通れるくらいの小さめの扉が付いていて、門番はその小さな扉の鍵を開けてくれた。


「お前さんが害獣如きに遅れを取るとは思わんが、気を付けてな?ギルドには直ぐ連絡入れとくからっ!」


メルラーナは頭を大きく縦に動かして頷き、下水道へ入って行った。




下水道の中は赤茶色のレンガが壁と天井を綺麗に曲線を描いてドーム型に成形されている。


例えるなら円柱の中をくり抜いて半分にした柱を横に倒してその中に入っている感じだろうか、地面は全て水路になっている訳ではなく人が二人ほど横に並んで歩けるくらいの幅の通路があり、その横を一段下がって水路が流れている、当然、下水道なので汚れた水で臭いもある、あまりの悪臭に一瞬立ち止まるが、中に入ってから300メートルほど奥に進んだ所でメルラーナは立ち止まった。


「何かいる?」


ガサッ、ゴソッ、と物音がしたので足と止めて周囲を確認すると。


曲がり角の先で全長1メートルほどの何かが3つほど蠢いていた。


「あれって、大鼠かな?方角はこっちで間違いないんだけど…、参ったな。」


大鼠、その名の通り、大きな鼠である、只の鼠が大きくなっただけなので大して強くはない。


しかし、やはりそこは鼠なので数が多かったりする。


「絶対3匹だけじゃないよね?時間無いんだけどな~。」


少し悩んだが。


「…よし、通り過ぎてみよう、襲って来なきゃラッキーって事で。」


時間が無いので進む事にした。


足音を立てずにそろりそろりと歩き出すメルラーナだが、既に気配を察知されており、3匹共近づいて来るメルラーナの方に振る向く。


(大丈夫だよ~、何もしないからね~、通してもらうだけだから。)


警戒されて足を止めたが、心の中でそう呟いて、足を一歩踏み出すと。


大鼠は3匹共、如何にも襲って来そうな体勢に変えた、メルラーナもその姿を見て再び足を止めたが。


「あ、これ駄目なヤツだ。」と呟いて、一気に走り出す。


「も~っ!何もしないって言ったじゃん!」


心で呟いただけで言った訳ではないし、言っても言葉は通じない訳だが。


3匹は一斉にメルラーナ目掛けて襲ってきた。


走りながら両腕の篭手から小剣を出し、足を止めて振り返り、迎撃態勢を取る。


人間の足では全長1メートルの巨体な鼠の走る速度には敵わない、逃げようとしたが倒した方が早いと判断した。


「言っとくけど!あんた等が怖くて逃げたんじゃないんだからねっ!」


飛び掛って来た1匹を身体を捻らせ回避、躱し際に右腕の小剣を蟀谷を目掛けて一気に突き、命中、さらに2匹目の眉間に左腕の小剣を突き出す、見事2匹を一撃で絶命した姿を見て3匹目が足を止め、大きな声で「チィッ」と鳴いた。


「しまった、応援を呼ばれた?」


直ぐに3匹目を仕留めようとしたが、既に遅かった、通路脇から4匹の大鼠が出て来る、更に遠くから走ってくる気配が多数。


「もぅっ!急いでるって言ってんじゃん!邪魔をしないでよ!」


大鼠が数十匹集まった所でメルラーナの敵ではないのだが、この時の彼女はネロが心配で冷静さを失っていた。




少し時間が遡って。




メルラーナの走り去って行った方向と違う方へ歩き出したカルラだったが。


立ち止まって考え込んでいた、頭の中が複雑な思いで一杯になっている。


(いいのか、俺?彼女には遺跡調査に参加させてもらう許可を取ってくれた恩がある、そりゃあ、これを手伝ったくらいで返せるとは思わないけど。)


来た道を振り帰って、お人好しのあの少女が向かって行った先を見つめる。


「ああ!もう!…行くしかない。」


自分に言い聞かせるように叫んで、駆け出したのだった。




下水道出入り口


「労働者ギルドの方には既に連絡してある、念の為あんた等冒険者ギルドにも応援を頼んだんだよ…、ああ、緊急で頼むっ!」


ガチャっと無線を切る門番、そこに白衣を着た青年が息を切らせながら声を掛けて来た。


「すいません、ここは下水道の入り口ですか?」


「そうだけど、君は?」


「俺はカルラと言います、女の子が来ませんでしたか?猫を探してるっていう…。」


「ん?君はあの子の知り合いか?」


「一昨日知り合ったばかりなので、知人って程ではありませんが。」


門番はカルラの全身を嘗め回すように見つめ。


(ふむ、悪い奴では無さそうだな。)


「だが、あんた見た感じ学者さんだろ?中は害獣が住み着いてて危ないぜ。」


「大丈夫です、護身用の魔法が使えますしソルアーノのフェンデって町から歩いてこの町まで来ました。」


「!?本当か、凄いな君、いやカルラさんか、労働者ギルドと冒険者ギルドに応援は頼んだが、直ぐに来れるとは思えねぇ、頼めるか?」


「はいっ!」


こうしてカルラも下水道へ入って行った。




「はぁ、はぁ、はぁ。」


メルラーナは息を切らせながら大鼠の駆除を継続している。


身体にはあちこちにかすり傷が付いている、その傷が物語るように、周りには既に20を超える大鼠の屍骸が転がっていた。


「急がなきゃいけないのにどうしてこんなに沸いて出て来るのよ。」


彼女は冷静ではなかった、大鼠には統率者が存在する、所謂ボスである。


ボスを駆れば統率を失った大鼠達はバラバラに散らばり、この場を切り抜けられる、見た目はそう変わらないが一回り大きいのですぐ見分けは付くし、現在もメルラーナから離れた後方でうろちょろしているのだが。


猫ネロの事が気になり過ぎてそんな単純な事に全く気付いていない。


その時。


「フーッ!」


何処かで猫が敵に威嚇する時に鳴く声が聞こえてきた。


「!?ネロッ!?」


戦闘中にも関わらず、鳴き声のした方へ振り返るメルラーナ。


攻撃対象に隙が出来たのをボスが見逃す訳もなく。


「チチッ!」


その鳴き声は指示だったのだろう、他の大鼠が一斉にメルラーナに襲い掛かってきた。


「しまっ…!?」


やられると覚悟をした次の瞬間。




『アイシクル・ツェント!』




メルラーナに襲い掛かろうとしていた全ての大鼠の身体を無数の氷の矢が貫いた。


「え?…何?」


コツ、コツ、と人の足音が聞こえてくる。


音の方を見つめると、白衣の青年が此方に向かって歩いて来ていた。


「…カルラ…さん?」


「良かった間に合ったみたいで。」


カルラは安堵した一言発した後、一匹の大鼠を見つめて。


「お前が親玉だろ?」


そう言い放った。


ボスはすぐさま応援を呼ぼうとしたが。


「遅いよ。」




『スティーリア・ロムフ』




一言叫んだ次の瞬間、地面から先の尖った氷の柱が突き出し、ボスの身体を貫く。


ボスは痙攣した後、ピクリとも動かなくなった。


その姿を見た他の大鼠達は一目散にその場から去って行った。


「大丈夫かい?」


「有難う、大丈夫、…ていうかカルラさん、魔法使えるの!?」


「え?うん、初級魔法だけだけど、それより猫は?」


「はっ!?そうだっ!?さっき威嚇する鳴き声が!」


すぐさまその場を離れ、鳴き声のした方へ向かって走り出す。


カルラも後を追いかけた。


「フギャーッ!」


少し走ると鳴き声が段々近づいてくるのが分かる、向かう正面はT字路になっており、鳴き声は右から聞こえるようだ。


ノンストップで右に曲がると、その先の通路は左に折れていて、曲がり角の隅でメルラーナからは死角になる曲がり角の先を睨んでいる猫ネロの姿を捉えた。


「ネロッ!」


叫んで呼びかけるが猫は耳だけ此方に向けて身体と視線は死角の先を見続けている。


曲がり角の先に何かが居るのは間違いないが、メルラーナは躊躇せずに猫に向かって全速力で駆け抜け、傍までたどり着いてそのまま猫を抱きかかえ。


さっきまで死角だった角の先を見据える。


「え?」


その先に居たのは、全長3メートル以上の巨大な鰐のような爬虫類生物が此方を伺っていた。


「………えーと、君は誰さん?大蜥蜴か何かなのかな?」


暴れる猫を押さえつけて抱きかかえながら見た事の無い生物に戸惑い、思わず蜥蜴かもしれない爬虫類に話しかけるが、話が通じる筈もなく、こう着状態になる。


すぐ後にカルラも追い付いてきたが、息を切らしてへばっていた。


本能的に目を逸らせば間違いなく襲われると感じ取っているのか、蜥蜴擬きを見つめたまま追い付いて来たカルラに質問を投げかける。


「カルラさん、あれって害獣?」


「え?」


質問されたカルラは息を整えながら一度メルラーナを見て、その視線が違う方へ向いていたので、視線の先を見つめた。


「…え?うそ、タウスゲーター?」


それを見たカルラは一瞬驚いて、恐らくは種族名であろう名前を声に出す。


「ん?ゲーター?蜥蜴じゃないんだ?」




害獣とは、人や人の財産(畑や家畜等)に被害を齎す動物や昆虫などの事を言う、先の大鼠もそうだし、大蜥蜴、鰐、熊、狼、猪等々、種類を上げれば切りが無い程。


それ等は、ちゃんとした準備や装備をしていれば、駆除するのは容易い存在である。


数で押されたとしても準備さえしっかりしていれば何の問題も無い。


そう、を覗いては。


動物や昆虫には種類がある、当たり前の知識で例えると、狼はイヌ科に分類されるし、犬は犬で多くの犬種が存在する、猫も同じ、特に虎やライオン等も歴としたネコ科になる訳だが。


勿論、犬や猫は害獣では無いので、あくまで例えとしてである。




では一部の個体とは何か?一般的には、突然変異、環境変異から生まれる全く別の種族、又は自然的進化による完全な上位種、若しくは何者かに手を加えられた改造変異から生み出される上位互換、そうやって生まれてきた生物、その能力は害獣とは比べ物にならず、害獣と思って準備して駆除に向かっても手痛いしっぺ返しを食らう事変が数多く存在している。


さらに付け加えると、極一部の種によっては魔物モンスターをも餌にするモノも居るし、魔法を使う種もいたりする。




それ等の個体を総称して、【魔獣】と呼ぶ。




異形の存在である魔物モンスターとはまた違う危険生物である。


対魔獣への依頼は駆除では無く、討伐、又は狩猟分類される、魔獣の討伐、狩猟は労働者ギルドでは請け負ってはおらず、冒険者ギルドの仕事になる。


当然と事ながら、メルラーナは此の魔獣に分類されているタウスゲーターと対峙した事が無い訳で。




タウスゲーターは子供が一人、軽々と呑み込めるくらいの大きな口を開けた後、ガチンッ!というまるで上下に開く鉄の扉を閉じた時に鳴りそうな重たい音と立てて口を閉じた、恐らく威嚇をしているのだろう。


メルラーナは左腕で猫を抱えたまま、右手のソードガントレットの小剣を出して警戒をする。


「ネロが居るから逃げた方がいいと思うんだけど。」


「その意見は賛成なんだけど、通路上んらまだしも、水路に入られたら人間の足じゃあ追いつかれるぜ。」


じりじりと間合いを詰めてくるタウスゲーター、メルラーナ達も少しずつ後ろへと後退しながら警戒を続ける。


カルラは何かの魔法の呪文らしき言葉をぶつぶつと呟き始めた。


双方の間が3メートルほどまで縮まった時、後ろ足で地面を蹴り上げ、跳躍してきた。


「飛んだっ!?」


「何っ!」




『スティーリア・ロムフ』




咄嗟にタウスゲーターに向かって魔法を放ったカルラだったが、タウスゲーターは身体を捻らせて氷の柱を躱す、多少身体を掠めたようだが、大した傷は与える事は出来なかった。




スティーリア・ロムフは大鼠の時にも使用した氷結系第拾階級四位の設置型攻撃魔法である、先端の尖った氷の柱が数本、地面から上へ延びるように突き出し、対象の身体を貫く氷結の初級魔法の中では強力な魔法なのだが、指定した場所に設置をして対象がその場所に来た時に発動させるタイプの魔法になる、その為、術者は対象の行動を先読みして移動して来るであろう場所に魔法を設置しなければならないのだが、先程のように突発的な動きをする相手には使い勝手が悪い魔法である。




跳躍してきたタウスゲーターは突如目の前に現れた氷の柱でかすり傷を負ったが、その程度等を気にする様子も無く、メルラーナに向かって口を開けてそのまま飛んで来た。


咄嗟に左に身体を捻らせてタウスゲーターを躱し、喉元を狙って小剣を突き出すが、大きく開いた口に邪魔をされて、右の前足に逸れた。


キィンッ!と剣を盾で弾いた時のような金属音が鳴ると同時に、ガチンッ、再び重たい音が下水路内に響き渡る。




「硬っ!…手が痺れて痛い、シクシク。」


「だ、大丈夫?」


「皮膚が物凄く硬いんだけど?そういう物なの?」


「そりゃあ、あんだけデカけりゃ皮膚も厚くなるわな。」


「そっか、…じゃあ口の中に剣突っ込めばどうだろ?」


「いや、それは止めといた方がいいと思う。」


「何で?」


「あれの噛む力は鋼鉄製の剣を噛み砕くって話だ。」




話し合っている間に第二撃が飛んで来た。


カルラは左へ飛んで躱し、メルラーナは右へ飛び、右の小剣でタウスゲーターの身体を薙ぐ様に切り付ける、がやはりキィンッ!という音と共に弾かれた。


メルラーナは直ぐ様高く飛んでタウスゲーターの背中に乗ろうと思ったのだが、猫が暴れてしまい飛ぶ事すら出来なかった。


「大丈夫だから、じっとしてて、ね?」


猫に諭す様に話しかけながら距離を取る。




『アイシクル・ツェント』




メルラーナがタウスゲーターから離れたのを確認した後、無数の氷の矢がタウスゲーター目掛けて飛び交う、が、大半は硬い鱗に弾かれ消えて行った、後には数え切れるくらいの氷の矢がタウスゲーターの腹部の側面を貫いていたが、これも大して傷は負っていない様だった。


「お腹に刺さってる!?カルラさん!ネロをお願いっ!ネロッ、ちょっとだけゴメンッ。」


メルラーナはタウスゲーターを挟んで向こう側に居るカルラに向かって飛び上がる。


「え?まじ?」


急に自分に向かって飛んで来たメルラーナに少し戸惑ったが、すぐに聞き取った言葉を思い出し、視線を猫へ移し、受け取れる様に体勢を立て直した。


「フギャ」


カルラの目の前に降り立ち、猫を渡すと、直ぐにタウスゲーターの居る方向へと振り返り、駆け出した。


「横っ腹なら通るかも。」


左腕のソードガントレットから小剣を出しながらタウスゲーターの攻撃を躱しつつ側面へ移動し、腹部を狙って斬り付けた、腹部に50~60センチ程の傷を付け、そこから血がにじみ出る。


「やったか?」


「駄目、手応えが無い。」


刃が通るには通った、鱗程の強度は無かったが残念ながらかすり傷を与える程しか出来なかった。


反撃と言わんばかりに今度は尻尾がメルラーナ目掛けて飛んで来る。


「っ!?」


咄嗟に両腕の篭手で防御するが、あまりの威力に身体毎吹っ飛ばされると、壁に激突した。


「ううっ、…ごほっごほっ。」


その衝撃と激痛にメルラーナは呻き、咳き込む、叩かれた両腕にも激痛が走っている、膝を付き倒れ掛るが、何とか手で地面を抑え、踏みとどまった。


手を付いた時、指に何かが触れ、カラン!と小さい音がはっきりとメルラーナの耳にだけ届いた。


「…これ。」


両膝と両手を地面に付いて伏せているメルラーナを見てカルラは焦っていた。


「メルラーナさんっ!?くそっ、やはり魔獣相手じゃ一筋縄じゃあ行かないか。」


「へへっ、えへへっ。」


メルラーナが何の前触れも無く突如笑い出した。


「!?メルラーナさん!?大丈夫か?頭でも打ったか?」


「えへへへへ、いいもの見っけた。」


メルラーナの手には40~50センチ程の鉄の棒が握られていた。


「棒?何の棒だ?」


カルラは何かに気づいた様に腕の中で暴れている猫を見つめ、その後にメルラーナの頭上に目を向けた、そこには猫が入って来たであろう鉄格子が填められた穴があった、填められている鉄格子には一本分の棒が外れた程の隙間が空いている。


「鉄格子の棒か?けどそれで何を?」


「倍返しされたからね、今度はこっちの番だよ。」


左手で棒を持ち、剣を持つ様に構えるメルラーナ。


「いやいやいや!?それは無理だって!?」


挑発に乗ったのか、馬鹿にされたのかは解らないが、タウスゲーターが再び大口を開けて飛び掛ってきた。


メルラーナは棒を構えたまま、ふら付く身体を左右に揺らしながら、襲い掛かってくるタウスゲーターを正面から迎え撃つ。


何故かとても冷静だった、周りの動きかとてもゆっくり動いている様に見える。


メルラーナは腕を伸ばし、棒を縦にした。


それを飛び込んで来たタウスゲーターの口の中に放り込むと、縦に棒が入った状態の口が勢いよく閉じられる、メルラーナはゆっくりと腕を引いていた。


ガチン


………………………


…………………


……………


………





とても長く感じたその時間は、実際には一瞬の出来事であった、気が付くとタウスゲーターの口から棒が縦に突き破って転がって暴れていた。


「タウスゲーターの噛む力を利用したのか、メルラーナさん、すげぇ、あれは普通の奴には真似出来ない。」


「それ褒めてるの?…それより止め刺しといた方がいいよね?」


「そうだな、でも手負いだから気お付けないと、冒険者の人達が来てからでもいいんじゃないかな?滅茶苦茶暴れてるし。」


「大丈夫、逃げられても後で困るし。」


そう言って暴れているタウスゲーターに近づこうとしたが、カルラに止められる。


「メルラーナさん、待って。」


「え?」


「近付いて暴れられたら大変だ、此処は俺が。」




『スティーリア・ロムフ』




氷の柱が動けないタウスゲーターの身体を貫き、………絶命した。




「ふぅ。」


溜息を付くと、緊張が解れたのか身体の力が一気に抜け、その場に倒れる。


「メルラーナさんっ!」




薄れて行く意識の中で大勢の足音が聞こえていた。




















その夜、カノアの町の外れにある酒場、そので一人の中年男性が酒を煽っていた。


その隣にはもう一人、若い女性が少しずつ酒を窘めるように飲んでいる。




「ぷはーっ、美味い。」




男はキンキンに冷えたエールを一気に飲み干し、開いたジョッキとテーブルに勢いよく置くいた、隣で一緒に飲んで居た若い女性が男に話しかける。


「此方の報告は以上です、…って、聞いてます?」


「聞いてるって、大丈夫、大丈夫。」


「本当に大丈夫かな?あんまり飲み過ぎないで下さいね、まだ任務中なんですから。」


「解ってるよ。」


男は女性から受けた注意に満面の笑みを浮かべて返事をする。




「…それで、東はどうでしたか?」


男はエールをもう一杯注文し、それを受け取ると半分程飲み干してから、女性の質問に答え始める。


「…残念だが、足取りがフェンデで消えていた。」


「消えた?此方と同じですか。」


女性は溜息を付いて悔しそうな表情をする。


「いや、消えたというより、戻った、の方が正しいかもな。」


「戻ってきた?東西に分かれて逃亡したり…行動が一々不可解ですね?まぁ、奴等の考えてる事なんざ知りたくも無いですけどね。」


「言うねぇ。」




男は笑みを浮かべながら女性の言動に称賛を送り、直ぐに真顔に戻って話を続ける。


「…これは人伝に聞いた話なんだけどな、明日にでも調査隊が来るらしい。」


「え!?じゃあそれを狙う為に態々戻って来たんですか?」


女性はやっぱり理解出来ない、というような表情をして首を捻っている。


「手に入らなかった腹いせに調査隊を狙うのか、それともその中に居るかもしれない、可能性を持った者を探す為か、それは解らんが。」


「可能性を持った!?じゃあ奴等の狙いはっ!?」


「落ち着け、そもそも彼奴が参加するかどうかも解らん。」


「でもっ!」


勢いよく立ち上がる女性、男はそれを手で制し、座る様に促す。


女性は渋々、男に従い席に着いた。




「それに、一番可能性があるのは、………解るだろ?」


「………まぁ、はい。」


「そこでだ、お前、調査隊に参加しろ。」


「…はい?」


虚を突かれた女性は思わず間の抜けた返事を返してしまう。


「ほら、俺は顔が知られてるし、お前ならばれないし奴等が情報を掴んで本当に戻って来ていて、襲撃を受けたとしても実力的に問題無いだろ?だから、な?参加しろ。」


「いやいやいや、買い被り過ぎですって、いくら何でも私一人で奴等の相手するの無理ですって。」


全力で拒否をする女性に対し、男は笑いながら。


「大丈夫だって、聞いた話によるとジェフも参加するらしいし。」


「…じぇふ?誰ですか?それ?」


「え?ジェフだよ、知らないの?カノアの町で一番強いと謳われてる冒険者だよ。」


信じられないという様な顔をする男に。


女性は溜息を付いて。


「そんなピンポイントで一番強いとか言われても、…その人のクラスは?」


「ハイランダー。」


女性の質問に、男はぼそっと答える。


「……はぁ?ハイランダー!?ハイランダーって7次席ですよね?役に立つんですか?そんな物。」


「いや、物とか言わないであげてくんない?ジェフ頑張ってるんだから。」


「う、それは、確かに言い過ぎだったと思いますけど。」


ジェフという青年を憐れむ男に、注意された女性は少し反省したようだった。


「でも知らない人が頑張って言われても。」


「そりゃあ?アノの称号を持っているお前さんからすりゃあ?ハイランダーなんて?に成るのも?解らんでもないよ?」


ネチネチと女性に追い打ちを掛けて突く男。


「あーっ!もうっ!解りましたよ、参加しますよ!」


「はははっ、まぁ、頼むわ。」




仏頂面をして調査隊の参加を承認した女性に、男は諭す様に話しかける。


「もう少し頭を柔らかくしろ、お前達はさ、生まれた時から相手にしてきたモノが違うんだ、師に恵まれて、信頼出来る仲間が居て、そして主が居る。


普通ならハイランダーって凄いんだぞ?特にジェフはお前とそんなに歳は変わらないけど、何度も底を味わって、其れでも上を見続けて、努力に努力を重ねて、で7次席に上り詰めたんだ、一応俺の弟子でもあるしな。


俺達からすれば、そりゃあ弱いかもしれない、俺達は普通では無いからな。


知らない相手の事を解ってやれとは言うつもりは無いが、見下す様な事はするな。」


「はい、…御免なさい。って弟子!?団長弟子なんか取っていたんですか!?」


「其れは、まぁ今は置いとけ、にしてもこういうのは苦手だな、どうしても説教臭くなる。」


男は女性の頭に手を乗せ、ガシガシと撫でる。


「ううう、痛いです。」


女性の頭から手を放す。


「はは、すまんすまん、……はっ!?


…し、しまった!?こんなしょうもない説教したのを姫様にばれたら。…や、やばい、………こ、殺される。」


頭を抱えてがたがたと大袈裟に怯える男を見て。


「プッ!」


思わず女性は笑ってしまった、男もそれに釣られて笑い出す。


こうして夜は明けて行った。

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