第4話 18年来の幼馴染がニブチンな件

悠一ゆういち。そろそろ、作戦決行するで?】


 悠一は、和樹かずき由美ゆみちゃんをくっつけるのが本番だろう。

 でも、私にとっての本番は、夜のお散歩。


【了解】


 悠一から返って来たのは、端的な返信。


「あ、ちょっと、ウチはこれから、外散歩してくるわー」

「外、寒いと思うけど。気をつけてね」


 由美ちゃんが笑顔で見送ってくれる。

 

 コートを羽織って廊下に出ると、悠一が追いついて来た。


「これで準備完了、やね」


 彼は違う意味で言っているんだろうけど、確かにその通りだ。


「ちょいついて来てくれる?近くの林、散歩したいんや」

「暗いとこもありそうやけど、大丈夫?」

「そんなこともあろうかと、懐中電灯も持ってきとるし」

「さすが、沙耶さや。じゃ、行こか」


 そう言って、彼は自然と手を繋いで歩き始める。

 その手の感触と暖かさに、自然と私は男を感じてしまう。


「んー。林の中を探検っちゅうのも神秘的でええもんやねー」


 ウキウキワクワクという様子の悠一。

 私はドキドキなんだけどね。


「でも、なんだか、ちょい昔を思い出さへん?」


 ふと、この光景が懐かしくなったのだけど、答えはすぐに見つかった。


「ああ、確か、セミの幼虫取りに行ったときやったか」


 答えは予想以上にぱっと返ってきた。

 ニブチンだけど、いっつも大切な思い出は覚えててくれるんだから。


「そうそう。で、ウチはだんだん心細くて、泣きそうになったんよね」


 本当に、懐かしくて、とても嬉しい思い出。


「あの時は、沙耶にも怖いもんがあるんやなーっておもっとったわ」

「ウチは、あの時、凄く嬉しかったんやで?しっかり手を握ってくれて」


 暗闇を怖がっていた私を見るなり、彼は黙って手を握ってくれたのだった。


「そのくらいはまあ、友達として当然、な」


 暗くてよく見えないけど、照れているんだろうか。

 そんな事を考えながら、15分程歩くと行き止まり。


「ま、夜の散歩にはちょうどええか。そろそろ帰らへん?」


 その言葉に、私は焦燥感が駆け巡るのを感じる。

 彼には、好きな人がいる。この旅行が終わればしばらく会う機会はない。

 まかり間違えば、その人と付き合うかもしれない。


 これが最後のチャンスだ。

 好きな人がいるといっても、まだ恋人になったわけじゃない。勇気を出そう。


「ちょ、ちょい待って。悠一!」


 気がついたら、大声を上げて、ストップをかけていた。


「ど、どうしたんや?急に大声を出して」


 深呼吸をして息を整えて、私は話を切り出す。


「なあ、今回の京都旅行やけど。実はな。もう一つ目的があったんよ」


 言っちゃった。もう立ち止まれない。


「ああ、なんか挙動不審やったけど、道理で」


 ニブチンな癖にこういうところは鋭いんだから。


「和樹と由美ちゃんくっつけるいうんも本当よ?ついでやけど」

「そっちの方がついでやったんか?で、本当の目的は?」

「ウチはな。好きな人がおるねん」


 意識してもらおうと、彼との日々を思い出しながら、語りかける。


「……」


 彼も、無粋だと思ったのか、静かに耳を傾けてくれる。


「そいつはな。自由奔放で天真爛漫。初めて、ウチの家に来た時は、冷蔵庫をしっちゃかめっちゃかにして、オカンに怒られたような、ガキやったんよ」


 この言葉は届いただろうか。


「それは……」


 彼は、何か言いかけたようだけど、構わずに続けて、言葉を紡ぐ。


「おまけに、冬でも半袖半ズボン。靴下も履かん変な子でな。「足臭いからウチ来んな!」なんて言うたこともあったんよ」


 でも、今は大切な思い出。


「まだ、そのネタを持ち出すんかいな」


 言いたい事に気づいたんだろうか。笑うのを必死でこらえている。


「でもな。そいつとおったときはいつも楽しくてな。東京に引っ越すって聞いたときは、すごい寂しかったんよ」


 だから、私は足繁く東京に通ったのだ。


「そっか。そんなに想ってくれてたんやな」


 振られるかもしれない、なんて恐れはいつの間にか消えていた。


「そうなんやで?年末年始、一緒に大阪で過ごしたんもめっちゃ嬉しかったもん」


 中学高校では、彼が年末年始にやってくるのが一つの楽しみだった。


「俺は単に、沙耶に会いたいって思っただけなんやけどな」


 思ってもいなかった言葉に、頭が混乱して、どんどん顔が熱くなってくる。


「そ、その、私に会いたい言うんは、どういう……?」

「とりあえず、最後まで続けてくれへん?」


 この男……。この状況で、話を続けろというのか。


「と、とにかく。そいつと会う時はいっつも楽しみやったんよ。成人式に呼んだんも、そいつが遠くに行ってしまいそうで寂しかっただけ」


 東京のノリが云々なんて、本当は些細なことだったのだ。


「でも。その男はニブチンでな。ぜんぜんウチの思いに気づいてくれへえんのよ」


 それでいて、変なところが鋭いのが困りものなんだけど。


「俺も、少しは……と思ったことはあったんやけどな」

「あれだけされといて、少しとか信じられへんわ!」


 もう、本当になんて奴を好きになっちゃったんだろう。


「で、ニブチンな上に、その男は聞いた話によると、好きな女性がおるそうで。しかも、この旅行が終わったら、次会えるのはだいぶ先。ラストチャンスやったんよ」

「道理で。納得が言ったわ」


 そして、最後に一言を付け足す。ずっと、伝えたかった、気持ち。


「悠一。ウチは、ずっと、ずーっと、あんたのことが好きやったの。好きな女性がおるっちゅうんは予想外やったけど。でも、ウチにもチャンスをくれへん?」


 言いたいことは言い終えた。さあ、どう出る?


「俺のこと、ニブチン言うけど、沙耶も相当なニブチンやと思うで?」


 かえってきたのは、YESでもNOでもなく、そんな皮肉ったような言葉だった。

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