第3話 18年来の幼馴染が挙動不審な件

「あ、そろそろ、鞍馬くらま駅みたいだよ」


 由美ゆみの口からそんな言葉が出た。


「よし。じゃあ、はりきって行こうか!」


 この旅行中に、二人には是非ともくっついてもらいたい。

 そんな意図を込めてアイコンタクトを沙耶さやに送る。

 しかし、返ってきたのは、何やら困惑した表情だった。


「うわー。とっても綺麗……!まだ、雪が残ってるんだね」

「そうやね。来て良かったわー。自然も綺麗やし」


 感嘆のため息を漏らす女性陣。


「で、和樹かずきはどうするんや?由美とはさ」

「どうする言われてもな……」

「好きなんやろ?これはチャンスやで?」

悠一ゆういち、ひょっとして何か企んどる?」

「さあてな」


 まあ、バレてもいいんだけど。


 そして、鞍馬駅からさらにバスで30分。

 俺たちは、無事に旅館にたどりついたのだった。


「あー、気持ちええなー。旅館、最高やー」


 到着するなり、皆してべたーんと仰向けになる。

 皆、心底から気持ち良さそうだ。でも、本題を忘れてはいけない。


【で、和樹と由美をどうやって二人っきりにさせるんや?】


 素早く、スマホにメッセージを打ち込む。

 傍目には、友人に旅館到着を報告しているように見えるはず。


【チャンスは夜、やな】


 ほう。夜、とな。


【どうして夜なんや?今から、俺たちで抜けてもええやろ?】

【考えてみい。到着したばかりで、ウチらだけ抜けたら不自然やろ】


 確かに、このリラックスムードだ。

 二人で用事があると言って抜けるのはいかにも不自然だ。


【夕食は酒も出るやろし、雰囲気出来上がったところで抜けるで】

【さすが、沙耶は頭が回るな。了解!】


 というわけで、作戦決行は夜と相成った。

 外を散策してくるのもいいかもな。


「あ、景色がええから、ちょい、外、散策してくるわ」


 思い立ったが吉日。

 ジャケットを羽織って、外へ行こうとするのだが。

 何故か、沙耶が物言いたげだった。


「あ、あのな……悠一」

「ん?どうしたんや?」

「なんでもないわ。行ってらっしゃい」


 まあいいかと俺は外に出る。

 

(なんや、沙耶が挙動不審なんやよな)


 どうにもこうにも、旅行が始まってからというもの、違和感がつきまとう。

 沙耶らしくない。さっきの話も、今、決行して悪い理由はないはず。


(ま、沙耶には沙耶の考えがあるんやろ)


 そう、無理やり自分を納得させた。

 散策から帰って来た後は、露天風呂でゆったり。


「あー、ほんと、ええ湯やなー」


 今、向かいに座っている和樹のことも問題だけど。

 せっかくの卒業旅行だ。楽しまないと損というもの。

 なのだけど、向かいの和樹は堅い表情だった。


「なんや、和樹は浮かない顔しとるけど、どうしたん?」


 普段、明るいこいつらしくない表情だ。


「いや、その。由美をどう誘ったもんかと思ってな」


 ああ、なるほど。こいつはこいつで考えてたのか。


「タイミング見計らって、いつでも誘えばええやろ」

「悠一は軽く言うてくれるけど……」

「言うても、由美も和樹の事好いとるのわかっとるやん」


 本当に、焦れったいというものだ。

 こういうところだけ、やけに奥手なんだから。


「でもやな。どんな風に誘えばええんかな……」

「おまえな。さんざんモテた癖に、本命だけはなんで奥手やねん!」


 もう見ていられなくなって、つい声を荒げてしまう。


「好いてくれる娘と本命は別やっちゅうの」

「そういうもんか?」

「悠一も好きな相手おるんやったら、わかるやろ?」


 わかるよな?な?と問いかけられる。

 そして、俺の頭に浮かんだのは、沙耶の顔。

 人懐っこくて、友達想いで、そして、俺の好きな人。


「俺は……相手が幸せになってくれれば、それでええよ」


 もちろん、多少は欲がないわけじゃない。

 でも、それと沙耶の幸せはまた別のこと。


「ほんっと。悠一は昔から無欲なんやから。ほんとにええんか?」

「俺の本命のこと、言っとる?」

「そう。たぶんやけど。お前の本命、沙耶やろ?」

「ノーコメント」

「否定せえへんっちゅう事は、肯定と判断するで」

「お好きにどうぞ」

「沙耶もお前のこと好いとると思うんやけどな」

「沙耶は友達想いやからな。その意味では否定せえへんよ」

「俺は、それだけやないと思うんやけどな……ま、ええか」


 そんな会話を交わして、露天風呂から出た俺たち。


 いよいよ、夕食。山の幸がふんだんに盛り込まれた鍋だ。


「おー、美味!牡丹鍋ってこんな美味いんやなー」


 初めて食べる、牡丹鍋はとても美味しくて、感動する。


「いやー、この旅館選んで良かったわー」


 沙耶は自画自賛するけど、まあ、その通りかもしれない。

 部屋に運ばれてきた夕食をひとしきり食べた後のこと。


「ねえ、和樹君はどう?来て、良かった?」


 ずっと言葉少なだった、由美がここに来て言葉を発した。

 少し顔が赤くなっていて、酒に酔っているのがわかる。


「ああ。良かったと思っとるよ」


 少し照れくさそうにしながらも、彼女の目を見て告げる和樹。


「そっか。私も来て良かったよ」


 そうはにかみながら言う由美は可愛らしい。

 和樹ならずとも見惚れてしまいそうだ。


 酒の力かもしれないけど、少しいい雰囲気だ。


(うんうん、このままいけば……)


 なんて思っていると、ヴー、ヴー、と音がする。


【悠一。そろそろ、作戦決行するで?】


 なるほど。いよいよ、大詰めというわけだ。

 後は、二人に任せるのみ。

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