14(終)
駅に向かって走りながら電話をしてみるが繋がらない。さっき店を出ようとするときに古橋が言っていた言葉が頭に残っている。
「好きな人がいるのに恋愛対象の探り合いからやるとか、まどろっこしいね」
改札まで来たが、新宿駅では人が多すぎて探すのなんて無理だ。駅に来る間に電話がつながれば引き止められるかと思ったけれど、相変わらず電話は繋がらない。似たような背格好の人を見ると全部が守本に見えてくる。僕よりも背が高くて、髪は短くて少し癖っ毛で、瞳が薄い茶色で、でもたぶん今はその目が真っ赤になってるかもしれない。辺りを見渡しても守本らしき人はいないのに、ここから動けずにスマホをずっと見つめる。改札に入っていく人を注意深く見ているうちに、自分も改札に入ってしまえばいいということに気づいた。
僕は守本が自分のことを好きになることなんてない、そもそもゲイであるはずなんてない、と思いこんでいたから気づかなかったけど、思い返すと、守本はただ純粋に、僕に好意を向けてくれていたのかもしれない。あんなにまっすぐ、好意を行動にして示してくれていたのに、どうして僕は守本の気持ちを、まるで存在しないことのように扱っていたのだろう。勘違いして恥をかきたくなかったからだろうか。自分が傷つかないために、守本の気持ちを信用しなかった自分がひどく臆病者に思えた。
電車を降りて、商店街を歩いている頃には、だいぶ気持ちが落ち着いていた。まだ人通りも多く、飲食店の灯りと賑やかな声が漏れている。その中のひとつ、アメリカっぽい看板が出ているハンバーガー屋に目が留まった。寒空の下、テラス席には誰も座っていなかったが、窓ごしに見える限り、それなりに賑わっているようだった。吸い込まれるようにドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
そんなに広くはない店内を見渡して見るが、守本の姿はない。そんなに都合よく人生はできてないことを痛感するが、目の前では店員さんがすでに案内してくれようとしている。
「あの、テイクアウトはやっていますか?」
「はい、やってます」
「じゃあ、チーズバーガーと、コーラ2つください」
会計を済ませると、店員さんが入り口の近くにあったスツールを少し引いてくれる。
「では、お掛けになってお待ちください」
浅く腰かけて、寺脇さんが言っていたことを思い出す。寺脇さんは守本の相談にのっていて、守本を応援していたんだと思う。でももしかしたら、寺脇さんは守本のことが好きなんじゃないだろうか。寺脇さんは自分の気持ちを押しこめて守本の相談にのっていたんじゃないか。いつだったか見てしまったスマホの画面が目に浮かんだ。なんだか申し訳なさと不憫さが混ざったような感情で頭が重い。楽しそうに食事をとる人たちをなんとなく眺めていると、ポケットから振動を感じた。スマホを取り出すと、守本から着信だった。
「もしもし、守本?」
「はい、そうですよ、どうしたんですか? 着信すごかったですけど、……ひょっとしてお金足りなかったですか?」
「今、家?」
「いや、まだ駅着いたとこで、商店街歩いてるとこです」
「ハンバーガー屋」
「?」
「今ハンバーガー屋にいる。前に一緒に行ったとこ。アメリカっぽいところ」
「え? うちの近くのハンバーガー屋ですか?」
「そう」
「ちょっとよく状況がわからないんですが、もうすぐその辺通るんで行きます」
「わかった」
電話を切ったあと、急に体が震えてきた。思ったよりも守本が冷静だったから。ひょっとして全部自分の思い込みで突っ走ってしまっているのではないか。でもそれでもいいじゃないか。探り合いしてたって時間が過ぎるばかりだ。自分の気持ちを伝えることくらいは許されてもいいじゃないか。そう自分に言い聞かせる。
注文の品を持った店主が僕に何か声をかけようとしたとき、ドアが開いた。
「お、守本くん、いらっしゃい」
守本は肩で息をしながら、店主に軽く会釈すると僕の方を見ている。大きな目が真っ赤になっていた。
「お、やっぱりこの人が新しい彼氏かい?」
僕は店主から紙袋を受け取って、
「はい、そうです」
と答えた。
同僚がゲイなのではないかという思い込み teran @tteerraan
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