デブレター

藤 夏燦

第1話

 愛しの北原きたはらさんへ。


 朝早く、まだ誰もいない時間に学校へ行って、僕は同じクラスの北原さんの靴箱を探していた。右手には便せん。可愛いらしい桜色の封筒に包んだそれを、僕は北原さんの上履きの下に置く。これでよし。そのまま僕は朝練もない家庭科部の部室へ行って、予鈴が鳴るのを待った。


 麗しい北原さんが僕のしたためた手紙を読むのが楽しみだ。冴えない僕なんて、学年一の美少女と呼び声高い北原さんに近づくことすら許されない。長く伸びた黒髪と朱色のリボン。誰にでも優しくほほ笑む彼女は、まさにこの学校の女神だと思う。でも彼女の周りには、いわゆる「親衛隊」と呼ばれる女子たちと、あわよくば彼氏になりたいとたくらむ男子たちで固められている。僕はずっと遠くで、北原さんの麗しい微笑みを眺めることしかできなかった。


 だからこそ、野暮だとは思ったが手紙を書くことにした。でも告白なんて恐れ多い。それで「とりあえずお友達から」と、古典的な文句を書いた。北原さん以外に見つかって手紙が晒せれると怖いから、差出人の欄は空白にした。その代わりに「もしOKなら、北原さんの靴箱に返信を入れておいてください」と書く。心優しい北原さんは一応目を通してはくれたようだったが、結局返信は来なかった。




(もしかして彼氏がいるのかな……?)




 不安になった僕は情報通の友達、達也たつやに思い切って打ち明けた。僕と違って女の子とも仲がよく、友達も多い。




「き、北原さんって、彼氏とかいるのかな?」




 達也は驚いた顔をした。




「なんだ、お前知らないのかよ。付き合ってはいないけど、中学の頃から勝悟しょうごのことが好きらしいぜ」




 達也は同じクラスの高浜勝悟の名前を挙げた。勉強もスポーツもでき、おまけにイケメン。完璧な男子高生だ。




「えっ、そうなんだ……」


「安田、お前、北原さんのことが好きなのかよ」


「ちっ、違うよ!」




 僕は顔を真っ赤にして、否定する。




「なんだ。まあどっちでもいいけどさ。最近あの二人いい感じだし、付き合うのは時間の問題だと思うよ」




 達也の言葉は僕の胸に突き刺さった。たしかに北原さんと勝悟、美男美女でお似合いのカップルだ。北原さんが僕の女神だとしても、勝悟にはそんなこと関係ない。僕はそれから北原さんを遠くから眺めることをやめた。勝悟が近くにいると、余計に憂鬱になった。

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