第5章ㅤ「最低評価」/小さな召喚師

「Sランクのファウンズ・キル、だっけ……俺と殺し合いゲームしない?」


 どうしてこんなことになったのだろうとリキは思考を巡らす。ルーファースの前にいるファウンズは無言の意思表示。


「まあ冗談だよ、あの空間じゃ相手を傷つけることさえできないし。その女と組んで戦闘しようよ」


 冷めた視線にリキは胸を衝かれる。


「お前は一人でやる気か」

「まさか。Sランク相手に手ぶらでいくような真似できるわけないでしょ」


 ファウンズの問いに応えたのは女性の声だった。


「私がその男の相棒となってやるわ」


 リキは、フウコとライハルトの二人に「ファウンズ・キルが戦闘室で待っている」とルーファースから伝言として預かったと言われ戦闘室に来たのだが、それは半分当たっていて半分はずれていた。

 戦闘室でファウンズと会いはしたが「用とは何だ」とこちらが伺いたいものを最初に投げかけられたのだ。


 一方ファウンズは、面前に現れた宵闇色の髪の少女にリキと同じようなことを言われ到来したのだが、今になってははめられたのではないかと思う。目の前にいる少女に。


「言っとくけど、私こう見えても17だから」


 黒髪ツインテール少女は名を告げるよりも先に年齢を告げる。傲慢な態度は到底幼く見えないが、身長は150センチにも満たずーー詳しくいうのであれば143センチと小さい。

 リキを注視したかと思えばロザントは、リキの肩にいるラピをじっと見つめていた。





 戦闘が始まり、いち早く詠唱を始めたロザント。魔法の力で出現したものは、彼女が詠唱の最後に発言したものと同じ。


「私だって召喚獣くらい使えるわ」


 驚くリキに簡明に応える。なぜ驚いたか、ロザントの召喚獣が自分の召喚獣と同じ“兎姿”だったから。といっても大きさは違う。

 リキの召喚獣ーーラピよりも、ロザントが出した召喚獣の方が大きい。その差は二倍。両腕で抱きしめることができるサイズのぬいぐるみである。


 そして一番の違いは、自らの力で空中に浮いているというところ。兎なのに背中に小さな翼が生えている。ロザントの髪と同じ宵闇色をした兎は翼まで一色統一。


 普通ではないものはたまに恐怖をうむ。


 兎の神秘的な姿に慣れたところで一つ気になったことがあった。

 ロザントは黒いクナイのような武器を所用しているのに魔法を使用した。リキは魔法使いのため杖を用いるのだが、魔法使いならだいたいは杖を持つものだろうと憶測していて不意打ちをくらう。ルーファースとロザント、どちらとも武器使いだと思っていた。


「《|降り注ぐ闇(アローナイト)》」


 いきなりの魔術。宵闇色の兎がロザントの頭上にいき、体の回りに黒い槍のようなものを出現させた。数本の槍が降り注いでくる瞬間ファウンズが真横に避ける。真似して避けようとしたが数秒の遅れでリキは衝撃を受けた。

 ロザントは取り澄ました顔をしているが、その瞳は何かを熟考しているよう。


「私があの女の相手していい?」

「あっちの男の相手するんじゃなかったのか?」

「最初に弱い方を潰しておいたほうが何かと楽でしょ」

「まあ別にいいけど」


 ルーファースに主張が通ると迅速に行動する。リキへ一直線に近づき所用しているクナイを巧みに使い追い詰めるようとするが、防御反応が良いリキはなんとか杖で防ぐ。軽い身のこなしでの両手攻撃ーー小ささがすばしっこさの質を良くしている。



*

 ファウンズは、初心者の頃に組んでからリキの戦闘姿を目にしていなかった。前と変わらず危うくて見ていられないレベルだ。


「あんたの相手は俺だけど」

「魔法も使えるのか」

「ああ、あいつは魔術だとか言い張ってるけど」


 ロザントのことを見る視線に気づいてルーファースは答える。

 武器を持つロザントが魔法を使う者だと予想がつかなかったのはファウンズも同じ。おかげで意表を突かれてしまった。


 戦闘のイメージが崩れたが、すぐに算段を変える。まずは目の前のやつを倒せばいい。

 身を引いたファウンズに油断し一気に攻め込んでくるルーファースだが、その行為を逆手にとり剣を振り下ろすと反射的に止められた。畳み掛けて薙ぎ払えば少しはひるむと思っていたのだが、甘く見ていたようだ。


「《防御壁(ガードシールド)》」


 リキの方は逆になめられている。近接攻撃で攻めていたかと思いきや、ロザントはそのままの距離で魔法を仕掛けてきた。


 魔法を使う時は相手と一定の距離をおくのが暗黙の規定だというのに、迷わず自身の戦い方をしている。それは戦闘に慣れていないような危害を加えようとしてこないリキ相手だからか。二度はくらいはしないと防御魔法で防ぎはしたが、その行為がロザントの策略に触れた。


「このままではやられる一方だぴょん」


 攻撃もするぴょんとラピに言われるが、リキは戸惑う。

 攻撃魔法を向ける対象は魔物であって人ではない。

 そんな理念があるため演習中に攻撃魔法は使わずにいた。


 一時期組んでいたルーファースは、敵二人を相手に暴れすぐ終わらせてしまうので自分の身を守ることだけに専念していた。一対一になり、絶え間なく攻撃されるなんてことはなかった。


「攻撃する気がないならまた私から」

「ご主人様、この空間で攻撃しても相手が傷つくことはないぴょん。心も同じぴょん。リキが攻撃しないなら私が傷つくぴょん」

「ごめん!」


 心の中で強く思っただけで攻撃魔法が発動する。魔法が使えるとは思っていなかった頃、治したいという強い気持ちで回復魔法が発動したのと同じ。


 迫って来ていたロザントの顔面に《炎(ファイア)》が当たったことに気づき、リキは唖然とした。

 炎の原型がなくなってから見えたロザントの顔は無傷だった。

 少しほっとしたのもつかの間、何かが目の前を通り過ぎる。無闇に武器を投げてくる者は一人しかいない。


「遅いから選手交代」

「何よそれ、まだ数分しか経ってないじゃない」

「これじゃあ元々の目的と違うだろ。お前はあいつと、俺はこの女と戦う予定だった」


 投げた武器を手に取るルーファースはロザントの目を見ずに話す。


「でもさっきは了承したわよね。この女を先に倒す、って言っても反応薄くしてたのは誰よ」

「気が変わった。お前じゃすぐに倒せそうにないから」

「私がこの女に苦戦するとでも思ってるの」


 心底不愉快そうにするが、澄ました顔をして相手にしないルーファースに呆れロザントはその場から離れた。

 空気的に二人きりとなった時、彼の鋭利な目に身体を強張らせる。


 無意識に右手首に手をやる動作をリキは戦闘前にもやっていた。不安を覚えているような仕草にファウンズが気に留めていたが、リキは気づいていなかった。




 か細い声で発動させたリキのシールドに、ルーファースが触れる。


「何だこの領域みたいなの」



*

 膜のようなものがリキを覆っている。ドラゴン相手に使った防御魔法ーー《防御空間(ガードスペィシャル)》。攻撃を受けるたびその膜は小さくなっていき、最後には消えてしまう。

 そんな効果を持っている。


(『一緒にいるだけで虫唾が走る』『調子乗ってんじゃねえぞ』)


 ベッドの上に押し倒され、左手首を潰すような勢いで握られながら目にしたルーファースの顔は狂気に満ちていた。言葉と声からはその心情が心底に直に伝わってくるようで、どこか痛さを感じた。

 そして、今が本気だということも薄々と。


「召喚魔法ーースイ」


 ファウンズだけで二人を相手にするのは困難だろう。ルーファースとロザントの二人は強い。一人だけならまだしも、見ているだけとはいかない。

 どうしたらいいか考え水属性の竜スイリュウを喚んだ。

 スイリュウは唯一、彼の力となってくれる。


「スイはあの人に、ラピは私に力をかして」

「了解ぴょん!」


 スイリュウはわかったというような目をしてファウンズの方へ向かい、リキは炎の魔法「《炎の渦(ファイアスワール)》」を唱え、自らの周りに炎を発生させた。

 これには側にいたルーファースは瞬時に察知することができず、まともにくらう。


 斬り込みを杖でガードしたリキは横目に入ったファウンズの方を見る。

 ロザントとの戦いに苦戦しているようには見えないが心の中で回復を念じた。


「こんな時に仲間の残りライフの心配とか、ほんとお前って馬鹿」


 意識が削がれていたせいで簡単に蹴飛ばされ、横に倒れる。

 横腹への衝撃を感じながら起き上がろうとするもそれは無理だった。無惨にもルーファースに頭を踏みつけられる。


「自分の身のことしか考えていないと思ったら相棒のこと考えてるとか、その余裕はどこから? 俺と一対一で似たようなことするやついるけど、最後の最後までそうするやつ初めてなんだけど。ほんとウザ、見ていて憐れさえ感じる」


 踏みつけられながら耐える。ご主人様! と心配するラピの声がするが足の力にも敵わない。こんなことなかった、誰かに頭を踏みつけられるなんて。


 リキの傍に駆け寄った兎をルーファースは鷲掴みにする。自由になろうともがいているが気にも止めず掴んだまま放さない。


「こんなチビっこい召喚獣連れて、」


 なにがしたいの、という台詞は後ろから現れたファウンズに斬られた。いきなりのことにびっくりしたルーファースはある方向を向く。言葉そのまま剣での攻撃を受けたのだ。


「なんでお前、いつの間にやられたんだよ」

「さっきよっ! そんな女にアンタがかまけてるからいけないんじゃない」


 少し遠くにいたロザントはすでにやられていた。ルーファースにとってほんの一瞬のことだった。リキの相手をしている本当にわずかな時間。

 そんな短時間でどのようにして戦闘不能に追い込んだのか。

 ロザントは背も小さくて一見弱そうだが強い。魔力のことも言えるが身のこなしや戦略、敵の追い込み方などよく出来ている。何よりルーファースが選んだ者だ、弱くてはおかしい。他人を寄せ付けない、他人を見下している、そんなルーファースが。


 喋っている隙にもファウンズは攻撃をしてくる。

(ーーくそ。一人じゃ無理か)

 リズムを崩され追いつめられているようなルーファースは初めて、苦しそうな顔をする。


「私にも、必殺技って使えるのかな」


 倒れていたリキは上体を起こす。


*

「使えるとは思うぴょん。でも今のご主人様の心持ちでは……」

「試してみたいだけだから、一回だけ良い?」

 ラピはリキがルーファースに恐怖心を微かに抱いていることを感じとっていた。肩に乗っているため強くそれが肌から伝わったのか、とても心配だった。

 起き上がり、白い杖を両手で持ち何かを念じるように目を瞑る。

 魔法は想像(イメージ)が大事だが気持ちも大事。初めて使う魔法は特に心持ちが安定していないと発動する確率が極めて低い。一度成功した魔法は次からその成功したものの形を想像すればいいが、初めてというものは何もない状態から何かを生み出すことになる。

 何に関しても初めては容易にこなせられない。


 「キル、離れるぴょん!」と、ラピの声が響き、その瞬間。


「《|炎の大渦(ファイアメイルストロム)》」


 炎の大魔法ーー《|炎の渦(ファイアスワール)》が強化されたものが発動する。

 自分の周りに炎を発生させるものだが、第一段階よりも範囲が広く威力も強大。

 これが必殺技なのだろうかと自分の魔法に呆気にとられているリキの肩の上で「これがご主人様と私の力ぴょん」と誇らしげに言うラピ。


「まじふざけてんじゃねえぞ」


 殺気の漂う声に視線を送る。

 ファウンズはラピの忠告にとっさにその場を離れたようだがルーファースは逃げ遅れ、まともに攻撃魔法をくらっていたようだ。

 前と同じ深い紫色の瞳がリキを捉える。


「おい! ロザントとか言ったか、お前もこの女みたいに召喚獣の力を与えるとかできないのか」

「そんなこと言われても急に出来るわけないじゃない。それに私は戦闘不能に」

「戦闘不能になったからって魔力が使えないわけじゃないだろ」

「それじゃあ規則違反に……」


 ルーファースの言うことは最もだったが、戦闘不能になった者は戦闘に参加してはいけないというルールがあった。

 ルールを破ったら何か罰を受けるとかそういう異例は聞いたことがない。ということはその規則を犯した者がいないということだ。

 規則を破るのは嫌だが諦めるしかない。何しろルーファースに逆らうことは無意味だとわかってしまうから。


「わかったわよ。やってみるだけやってみる」


 そして、悔しさもあった。

 リキを最初に倒して迅速に事を運ぼうと考えていたが、それがルーファースの横入りによってできなかったこと。ファウンズにあっけなくやられたこと。

 規則を破る後押しをした二つ、どちらもリキを一分で倒していれば起こらなかったことだ。


 召喚魔法ーーと唱えると一匹の召喚獣が出現する。

 クリーム色の体で、額に黄色いひし形ものが付いているこれまた兎のいでだちをした召喚獣。

 闇色をした兎と違って背中に翼が生えておらず、地に足をつけている。だいたい30センチメートルなので肩に乗ることもできない。


「ラピス。ルーン。どちらかあいつに力を」


 今現れたクリーム色の兎がラピスで、序盤から出ていた闇色の兎がルーンである。

 ロザントの命令にどちらとも微動だにしない。何をすればいいかわかっていないのだろう。

 そもそも“ついた”として力を得られるのか不明である。


「やっぱ無理よ」


 その返答にチッと舌打ちをするルーファースは先ほどと同じようにリキを見据えた。

 召喚獣に力をかしてもらわなくても彼女に勝てる力は十分ある。

 リキ目当てのルーファースに気づいてファウンズが一撃をくらわす。

 そのうちにリキは後退する。



*

「お前には用ないんだよ。この際、あいつを痛ぶれるだけ痛ぶってやる」

「この空間にいるやつはシールドによって守られている。痛ぶるも何も、痛みは与えられない」

「本当わかってないな。あいつの身体を痛ぶるんじゃなくて、心(なか)の方を痛ぶるんだよ」


 よくわからないなという顔をするも、ルーファースがリキのことを憎んでいるということはわかった。

 彼女は誰かに憎まれるような者ではないと思ったために意外である。


「なぜそんなに憎む」

「別に憎んでねえけど、むかつくから、壊してやりたいと思うからやろうとしてるだけだ」

「子供染みてるな」


 痛みも与えられない空間で目に見えない心を傷つけようとするなんて、本当に子供染みている。

 それが聞こえたからなのかルーファースの力が強まり、剣を弾き飛ばすような勢いで引き離れた。






「それ、好きな女の子をついいじめてしまうってやつじゃない?」

「何か悪いことでもしたの?」


 教室にて。フウコとライハルトの二人は真面目に〝彼〟の真意を見つけようとしていたが、この話は好きな女の子をついいじめてしまうとかそういものではなかった。

 そんなレベルではない。

 名を伏せて所々の出来事だけを話したためにルーファースの異常さは伝わらなかった様子。

 悪いこと。それがリキの頭に残る。


「あんた、あいつに恨まれてるの?」


 思わぬ声に横を向くとそこにはロザントがいた。

 宵闇色の髪をしたツインテール少女。

 三人の視線が注がれる。


「もしかして、心配しに来てくれたの?」

「んなわけないじゃない。私はただ、あいつの執念深さに異常を感じて。だってあれ尋常じゃないでしょ、あんたを殺すとか言ってたわよ」

 偉そうに腕を組みつつも戦闘演習後のことを思い出すーー。




(あーあ、負けちゃった)

 演習室を出て、立ち止まっているルーファースの後ろ姿を見つけたロザントはその顔を覗こうとした。

(……落ち込んでいるのかしら)

 するとちょうど顔が上がり、

『あいつ、いつか殺してやる』

 ギラリと光る目、陰にこもった顔つき、本気さを感じる言い方にロザントは異常さを感じた。




「わからないけど、たぶん、恨まれてるんだと思う」

「変なやつに目をつけられたものね」

 何が彼の癇に障ったのかわからない。だがルーファースに異常な発言をさせてしまったのは自分。それはなんとなく分かった。


「この子、誰?」

「『この子』じゃないわよ。貴女ときっと歳はあまり変わらないわ」

「どうりで。中々偉そうな子だと思った」


 睨みを利かすロザントだが、フウコは知らんぷり。

 それでもロザントは怒りの目を離さない。


「小さいね」

「うるさいわね」


 ライハルトの何気ないたたみかけに、威嚇するように素早く返す。ロザントは『子供扱い』と『小さい発言』が嫌いなようだ。

 フウコもライハルトもロザントとは初対面なはずのにこの会話。

 リキは別のことに意識を置いていた。

 ルーファースが自分を恨んでいることについて一つだけ心当たりがあった。ロザントからルーファースの敵意の度を聞くまでそんなこと考えもしなかったが、ある出来事が脳裏を掠めた。




 人が一人、死に直面した。それはルーファースの周りのことはどうでもいいという一人よがりの行いのせい。



*

 出撃命令時。魔物を抹殺するのがそんなに楽しいのか一人で突出するルーファースを心配して、止めた方がいいと思った善の強い青年がいた。青年はルーファースを追いかけて前に行くも中々追いつかず、とうとう仲間から切り離れ魔物に囲まれるような位置まで行ってしまい、そこでようやくルーファースに追いついた。


 後方に戻れと言ってもルーファースは言うことを聞かなかった、それどころかそれを糧にするように、それまでよりも早く前進し青年を残した。己のことを心配し、己のために危険を承知しながらもついてきた者を知っていながら。


 なんて残酷だろう。リアルもゲームだとか思っているのだろうか。

 魔物に囲われた青年は仲間が助けに行くまでに深手を負った。どんなに怖ろしかったことか。


 メンバーの一人だったリキはその光景を目の当たりにしてしまった。

 ルーファースが傷を負ったことで不機嫌になった出撃命令の前の前のことだ。


『おい、早く治せよ』


 魔物によって腕に出来た傷。それは誰かを守ったために負った傷ではなく、己の欲のため、戦うことを快楽としている彼が負った傷。

 そう思ったら、


『おい』

『それだけの傷、すぐ治ります』

『は?』

『少しは傷の痛みを知ってください』


 蔑まずにはいられなかった。

 すぐさまその場から離れ青年の元に行ったが、それは他の者が治してくれるという確信があったから。治癒隊が皆を回復してくれる。でなければ自分の気持ちを一切無視して回復に挑んだ。


 凛とした目に何を思ったか、ルーファースは次の出撃命令で最低な態度をとった。


『それだけの傷、すぐ治るんだろ? 治させねえけどな』


 人を守ってできた傷。回復しようとするリキの肩を思いきり蹴り、その勢いでリキは地面についた。


『そこ、何をしている』

『俺の中の魔物を倒そうとしてるんです』

『馬鹿なことを言っていないで早く彼女から離れなさい』

 ふざけているような口調。

 サラビエル講師が近くにいてそれだけですんだが、いなかったらどうなっていたか。




「どうしたの」


 ロザントが不思議そうにリキの瞳を覗く。フウコやライハルトからは顔が見えない角度でも、背の低いロザントからは表情全てが丸見えで。黙りこくってしまっていたリキはとっさに話題をふろうとした。


「魔法使いなのに武器扱えるなんてロザントってすごいよね」

 とっさすぎただろうか。不可解そうな顔をしている。

「魔術師って言ってちょうだい。あなたが単純に使う魔法とは違うんだから」

「魔術師のロザント?」

「そうよ」

「ロザントちゃん」

「今更ちゃん付けはなしでしょ!?」


 どうやら気に障ったのは魔法使いという単語らしい。

 腕を組み、瞼を落とし、斜め横を向いていたロザントは勢いよく顔を向けた。そのおかしな反応にリキの表情が少々和む。

 それに気づいたロザントは、ふう、と息をつく。


「いい? よく聞いて。私は魔術を使うことによって魔力の減少を小さくしている。……その顔、魔術って何? って感じね。簡単に言えばあなたの使う魔法は本に書かれた正式なものでしょ、私は自分で試行錯誤して想像を形にしている。必要な魔力は最小限に、けれど威力は強大に。まあ魔法使いと魔術師の違い、本当はよくわからないんだけど、魔術師の方が何かとかっこいいでしょ」


 魔術師という響きが良いという。


*

 魔力をあまり消費せず、体力を残しておき接近攻撃との両立で相手を追い詰める。そのやり方が一番しっくりくるらしい。


「それより、あいつの技にはびっくりしたわ。普通の物理攻撃かと思って少しか離れていなかったのが敗因だったわね」


 ファウンズが剣をふるった時、大きな水の渦が急にでてきてそれに巻き込まれてあっという間にやられた。それまでに半分以上の攻撃を受けていた。回復できる者がいるチームはやはり良い。






「お前、必殺技使えたのか……?」

 演習室の待合室でロキはファウンズを前にしていた。

 ファウンズが必殺技を使ったということを聞いてしまったのだ。ロキは信じがたくも期待の混じった複雑な眼差しで見つめている。

 ……必殺技?

 いきなりのことに目が点になったファウンズを見て、ラピが物申す。あの水の渦はスイリュウとの必殺技なんだぴょん。ーーああ、あれは必殺技なのかと肯定すると、


「くっそ、やっぱランクが高いやつはそういうことも早いのか」


 嫌味に聞こえる文句が発せられ。

 こいつはなんだという視線がリキに注がれる。


「彼は必殺技を使いたいと実践室で何度も挑戦しているんですが、何も起こる気配がなくて」

「よし、今から実践室いくか」


 今さっきまでリキの隣で悶えていたロキが何か開きなおったように定番となってしまった台詞を言う。リキにとってお決まりのものとなっている。


 必殺技を使いたいがための演練をまるで鍛錬のように繰り返し行っているのになぜいつまで経っても使えるようにならないのか。一見、やる気満々なロキも諦めモードに入っている。

 必殺技を使いたいと頑張る者が報われず、無関心なそれこそ必殺技の存在を知らなかった者がすぐに使えてしまった。何かコツがあるのだろう。これでは不公平感が半端ない。


「お前もだよ。コツ、教えてもらわないとな」

 真っ直ぐと見つめる。これがちゃんとした初の会話であってもそんなのロキには関係ない。

 その傲慢さが伝わったのか。

「悪いが興味ない」

「……自分ができればそれでいいのか」

 だいたいの者がそうだと思う、とは口にしない。


「悪いが、と言っている」

「悪いと思うなら付き合え!」

「モンキーさんが狼さんに告白してる」

「誰がっ……って、またお前か」


 二人の攻防の間に入った声の主に振り返ってロキは呆れた顔をする。ライハルト、前にもロキのことをモンキー呼ばわりをした。ロキには知らされていないが、ヤンキーとモンキーをかけた呼び名である。

 不良っぽいところが受けつけず嫌味に呼んでみたものだが、今となってはしっくりときていてたまに呼んだりしていた。

 狼、は今の現状からするとファウンズのことだろう。


「おい、行く前にこつ教えろ」

 演習室の待合室から出て行こうとファウンズを引き止めると、その足が止まる。そして背中を向けながら。

「一方的な思いは通じない」

 なんだよそれ、と呟くロキには解明不可能だった。

 その後も、ロキが必殺技を使えることはなかった。

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