第4章ㅤ「最低評価」
いくら強くても力は≪評価(ランク)≫に繋がらない。
相手の力に敵わず、剣を交えながら後ずさる男子生徒の顔は苦渋に満ちている。一方攻めている男子は洗練された動きで少しの難渋さも見せない。
怯んでいるところに一撃をかまされると男子生徒は尻餅をつく。
ーーそれからが彼にとっての本番だった。
無抵抗な相手を必要以上に攻撃する。演習室の特殊な機能で身体は守られているが、男子生徒の心胸はどうか。
男子生徒の相棒である女子生徒はいくらかのライフポイントを残したまま遠くで見ている。青い顔をして、どうすればいいかわからず固まってしまっているようだ。
これ以上は見ていられないとリキは間に割り込む。
「もうこれ以上やる必要はないと思います」
「だったら変わりにアンタが相手になる?」
満悦な表情とは裏腹に淡いパープル色の瞳が揺らめいている。敵意剥き出しというわけではなく、新しい獲物を発見したかのような。
授業の一環でもある戦闘演習。ライフポイントがなくなった者はすぐさま退場か、その場に待機となっている。彼はそのルールを守れていない。
座り込んでいる男子生徒のライフゲージを見る限りすでにライフポイントは残っていない。だから男子生徒は彼の斬り込みに防御する他なかった、攻撃してしまえばルール違反となるから。
(……フウコにやめておいたほうがいいと言われたのが今わかった)
冷や汗をかきそうにながらリキは思った。この演習が始まる前、彼とだけは組まない方がいいとフウコが言っていたのだ。演習試験で騒動を起こしたとかでそれがクラスに広まって危険人物と思いなされている。
そういった噂ごとが嫌で見定めようという思いも込めて組んだのだがーー演習相手が少々複雑そうな顔をしていたのを思い出された。
「俺はただストレス発散してるだけだから。弱い奴らが悪いと思わない? 苛つかせる存在でしかない」
肯定できるわけもなく、ただ見つめるしかない。すると彼は瞳孔を細める。
「あんたも弱そう」
肯定だけではなく否定もできなかった。
「そういえば回復しかできなかったんだっけ? それって余程の役立つだよね。自分の身も守れなかったらただの屑(くず)」
「……あなたは協力性の評価Eと聞きました」
「ーー? それが?」
「恥ずかしくないんですか?」
ただ一人のE。演習試験で事件を起こしたのが悪いのか力評価と共に協力性もEという評価をつけられた。ライハルトの付言では彼の力はSに近しいらしい。一度手合わせしたがあまり相手にならなかったと。
ーー『弱い奴らが悪いと思わない?』
先ほど彼がした発言がどんな自信からきているものなのかわかった。
「君こそさ、評価ごときにこだわって恥ずかしくない? ランク付けなんて脳のない大人が適当にしてるだけ。そんなの俺にとってはどうでもいい」
君は気にしているみたいだけど……せいぜいいってもランクCくらい?ーーと見事に的中である。しかし彼と同様リキは評価なんてものは気にしていなかった。相手の嫌味な言葉に対抗しようととっさに口に出たのが評価の話題だ。
どうすれば彼のひねくれた性格を直せるだろうか。自分が絶対的だと信じている他人の声に耳をかそうとしなさそうな男子。自分の考えが少し偏ったものだということに気づいてほしくて思慮をめぐらす。
「本物の戦闘に多く出られるのは評価のいい生徒たちだと聞きました。ストレス発散するのなら自分と同じ〈人〉ではなく、〈魔物〉だと良いとは思いませんか? とっても暴れられると思います」
*
自分は思わないけど、と心内で付け加える。ただ、人とよりは魔物とのほうが心痛まずに戦えそうだからーー魔物が減れば戦う機会も減りどちらにしても望ましい結果だ。
ロキの教えが役に立った。戦闘に多く出たいという彼は高いランクを狙っているのだそうだ。Aランクのままでは満足いかないらしい。
「いいねえ。それいいよ」
重たい沈黙後、全然考えつかなかった、と彼は口角をあげて笑う。自分を映した目が好奇なものへと変わっていたのをリキは気がついた。
「そこまで言うなら次の試験、一緒に出てよ。足手まといにならない程度に……いや、やっぱあんたが足手まといでもいいや。足を引っ張られても君の評価が低くなるだけだから」
じゃあ飽きたからそこの女やっつけといて、と言い置いていく彼。戦闘演習は終わっていないというのにどこまでも自由な人だ。
「必殺技使えねー」
いつになったら使えんの? と不満そうに聞くロキに、ラピも同じような態度で返す。
「私がついているだけでありがたく思うぴょん」
「ありがたくって言っても、ありがたさわかんねーんだよな」
日頃から実践室で剣を何度も振るうも必殺技とやらは使えなかった。その腹いせか、お前うるせえし、と余計な一言まで口にする。
「静かな召喚獣とかいたらな………」
「それならいるよ。前にスイリュウっていう竜が出てきたんだけどーー静かでおとなしくて、ある人に懐いててその人に名付けてもらったんだ」
思わず漏らした願望にリキが応じる。
今まで力をかしていたラピはロキの肩にいる。彼の期待の眼差しに召喚魔法を口にすると現れた竜ーースイリュウはリキの言っていた通り落ち着きのある召喚獣である。
どこかとっつきにくさを感じつつも語りかける。が、ロキの言葉にスイリュウは一切無視。それどころか少しの反応も見せない。何かの間違いだろうともう一度おとなしめに話しかけるが断固として応答しようとしない。
どうやらスイリュウは彼に対して微塵の興味もないらしい。あるとしたらやはりーー名付け親にだけ。
会話を促すようにするもリキ相手にも反応を示さない。唯一良いのは目を合わせているところ。ロキには目を向けようともしていなかった。
もしかしたら喋れないのかもしれないと頭をよぎったリキがラピに聞くと案の定、喋れない召喚獣もいるとのこと。というよりも喋る召喚獣のほうが希少らしい。喋らない召喚獣が普通のようだ。
解説していたラピが力強く、それとーーと言い添える。
「いくらご主人様と仲が良かろうと私たち召喚獣が相手の善し悪しを決めるので、誰にでも力をかしてもらえると思っていたら大間違いぴょん」
図星を突かれたロキはぎくっとする。スイリュウにも力をかしてもらおうとしていたのだ。ラピよりも落ち着いていて自分にとって良い存在だと思ったから。しかし、召喚獣も人を選ぶようではそれは叶わぬ願い。
リキからしてみれば赤い炎の方がロキには合っていて、水属性は似合わない。スイリュウの清い水は彼に似つかわしいと水を纏った剣を扱うファウンズのことを思い出す。ドラゴンに臆することなく立ち向かっていた。
リキは溜め息を零す。ついさっきのことを思い出してしまったからだ。戦闘演習時に約束してしまったもの。
そんなリキに気づいて顔を覗く。
「どーした。もしかしてやっぱりなんかあったか」
*
演習室から出るとロキが傍に来て一緒に実践室へ向かうことになった。そんな時に聞かれたのだ、あいつまた騒動起こしたのかと。演習試験の噂が余程広まっているのだろう。どうして彼と組んだことを知っているのかと不思議に思ったが、その時はフウコなどに聞いたのだろうと想定した。
「うわ、なんだよそれ。ずいぶん横暴な奴だな」
先刻の戦闘演習について、試験で相棒となるよう強制的に約束されたことだけを打ち明けるとロキは呆れたような声を出した。
確かに不安ではある。前の試験では事件を起こしたというし、今日の演習中も正常ではない事態が起こっていた。
「俺が組んでやろうか? 試験事には組んだもん勝ちだし」
悩みどころでもあるが。
「約束を破ったことになるのは嫌だから、とりあえず組んでみる」
ほんとお人好しだなとリキを見つめる目は珍奇なもの。
ロキは必殺技を使いたいがためにラピの炎を剣に纏い何度も力を使っている。そうすればいつか必殺技を使える時がくると信じているから。だが中々使える時は訪れない。「行こーぜ」だけで言いたいことが伝わるほど日頃の日課になりつつあった。
「試験までに練習として組もうよ」
と、来たのは昨日の少年、ルーファース。
「その代わり、ちゃんとルールを守って下さい」
「守るよ、たぶんね」
はいはい、とどうも信用ならない返事をしたルーファースはリキの疑いのある眼差しに気づくと冗談めかしい態度を取った。
「ごめん、手滑った」
戦闘早々後ろに振り動かしたルーファースの刃物はちょうどリキの首あたりで止まっていた。計算されていたかのようにダメージを受ける寸前で止められている。意図的なのではないかと思う行為に恐怖を覚えながらもリキは戦闘に集中した。
一度だけの行為ならまだよかったものの彼の突飛な行動は続いた。相手との交戦中になぜか近くまで来たり、油断している時に刃物を飛ばしてきたり。途中、ラピが怒り出してしまったがリキはあえてほうっておいた。
「少し、おかしな行動とりすぎませんか」
「そう? 君も一応戦ってるんだから警戒心張り巡らしたら」
戦闘が終わり演習室を出るとリキは今までにないほど疲れた顔をし、壁に寄りかかった。
ファウンズと組んだ際はあまり体を動かすことなく回復だけをしているだけですんだのだが、ルーファースと組み体力を二倍使うどころか精神的にもだいぶ消費したのである。彼の奇行ーー相棒に攻撃してきたり、武器を飛ばしてきたりーーがこれからも続くのだと考えると耐え難い気持ちになった。
「でもこれくらいでめげてちゃいられないよね」
魔物と戦うとなったら待ったなし。勝つか負けるか生きるか死ぬか。そんな状況下で疲れたから休むは通用しない。前に目にしたドラゴンは自分よりとても大きく脅威的で到底相手にもならないと思った。今、ファウンズのように立ち向かえるかといったら皆無だ。
独り言のように呟いたリキだが肩に乗っているラピはちゃんと聞いている。
「大丈夫か?」
伏せがちにしていた視線を上げるとそこにはロキがいて、リキが返事をする前に明後日の方向を見た。
「ーーあいつ不気味な笑みしてたぞ」
先ほどルーファースと通り過ぎた際、彼の顔をふと見て気づいたのだ。何もないのに笑っている、その一瞬ロキには不気味に見えた。
*
憤懣(ふんまん)やる方なく実践室へ行くまでの通路でラピは不満を吐き出した。ルーファースの壊滅的な戦いを聞いたロキは意に介するも、リキは大丈夫だと笑った。刃が当たったところで傷を負うものでもないし相棒の奇矯な行動は自分のためになる……かもしれないと。警戒心を張り巡らす鍛錬になりえるかもしれないが、それがなんの役に立つというのか。相棒相手に警戒するようになっても意味がない。
なるがままにという心持ちのリキを心配するロキだった。
時々、村を襲う魔物から村を守るため出撃命令を下される。ファウンズがそうだった。ただ単に魔物を駆除するため、前のように険しい箇所を探索しどこにどのような魔物がいるのか、土地などを調査するために指名されるのが大半。あとは生徒の実践を兼ねての魔物駆除。
ロキによればランクーー演習試験時の力と協力性の評価が高い者ほど選ばれやすいというのだが、今回はその予想と異なった。生徒の中からサラビエル講師が指名したのはルーファースとリキと他、複数の生徒。
ルーファースといえば最低評価の持ち主として噂が定着されている。力は別として、協力性が話にならないほどのものでとある事件を起こした。編入生であるリキは入りたてというわけではないが実践熟練度は未熟。
そういった瑕疵(かし)があってか魔物相手に苦戦していた。
「なんでこの俺が……」
自室のベッドに座るルーファースは屈辱の色を顔に浮かべている。
「油断してたからあんな傷を負ったんだと思います。一人で突っ込んでいくのは危険、そんなこと、考えずともわかることです」
「後方にいたお前がわかったような口聞くんじゃねえよ」
「援護役なので後ろにいました」
ルーファースの前に立っているリキは浮かない顔をしていた。回復魔法しか使えないと思われていたからなのかサラビエル講師には「後方で傷ついた者を回復しろ」と指示を与えられ、言われた通りにしていたがおきた光景に大人しくしていられなかった。
戦闘開始早々突出したルーファースは改善命令を下すサラビエル講師の声にさえ耳を貸さず一人で前へ突き進んだ。その罰が当たったのか飛鳥(ひちょう)の降下攻撃をくらったルーファースは一時的に麻痺で動けなくなり他の魔物の攻撃まで受けそうにーー。
きっと戦うことに夢中になっていたのだろう。だから盲目的になって痛手を負った。
「心配しました」
危険だとわかっていても傍に駆け寄って行った。サラビエル講師に止められはしたが、迷っている暇があれば多くの痛みを受ける前に救った方がいいと思ったから。
傍に寄った時にはルーファースは何度か攻撃を受けていて複数の傷があり痛々しく、取り巻いていた魔物たちをラピの力をかりて炎の魔法で葬り去ってから回復を試みた。痛かったに違いない。血を流す傷を治すのは二度目、リキは一瞬動揺してしまった。
「別にお前に助けられなくても死にはしなかった」
「でも痛かったでしょうーー?」
「……馬鹿じゃねえの」
身体的な痛さなんてどうでもいい。それよりもルーファースは助けられたという屈辱が身に沁みている。
魔物の中に突っ込んでくるような真似をして駆け寄ってきた彼女は自分の身のことを考えていたのか。痛みを心配してくる限り頭の片隅にもなかっただろう。戦闘で攻撃をくらうのは当たり前のことだ。
「まじウザ。お前みたいなの初めてだわ」
*
皮肉な言い草に心情を知ろうとルーファースのことを見つめる。俯いていて表情はわからないが少し怒っているような感じがし、部屋を後にしたほうがいいかと思ったが、ルーファースに手を引っ張られベッドに押し倒された。リキは驚きの色を示す。
「一緒にいるだけで虫唾が走る。調子乗ってんじゃねえぞ」
掴まれている手首がぐっと握られる。相手の手も震えるほど力強く。
「俺に近づこうとするな」
狂気に満ちたパープル色の瞳がリキの心奥を凍らせた。
……昨日までうまくいっていた、一体何がいけなかったんだろう、嫌味な発言をしてしまったのだろうか。
リキはルーファースの部屋の前で微かに痛さを感じる左手を目の前にやる、袖に隠れそうになる手首には赤々としたもの。強く握られすぎてうっすら赤くなってしまったのだ。きっと時間が経てばもっと色が濃くなる。
ルーファースとはあの日以来、戦闘演習で組み続けていて距離も縮まっているものだと思っていた。しかしそれはリキの勘違い。戦闘中の突飛な行動に耐え、少しでも団結力を良くしようとしていたのだが無意味なものになったのだろうか。これで演習試験を共に受けることは自然と破棄となるのかもしれない。
望んでいない約束だった、それで良いはずなのに。
なんだか、逃げている……そんな気持ちになる。
ルーファースの狂気に満ちた目がちらつく。なぜあんなに態度が一変したのかわからない。わからないことだらけで自分が嫌になった。
手首を押さえ扉の前にいるリキの元へひとつの姿。気配に気づき視線を上げてみればそこにいたのはファウンズ・キルーーどうかしたのかという目をしている。リキは情けない作り笑いを浮かべた。
「どうやら嫌われてしまったようです。何がいけなかったのかわからないんですが、ファウンズさんもそんな時ってありますか?」
ファウンズは研ぎ澄まされた目で熟視する。答えはノー、あまり深く考えたことはないと。「そうですか……」と言承(ことう)けするリキは少々落ち込んでいるよう。
「あまり深く考える必要はーー」
「あまり深く考える必要はないぴょん!」
ファウンズの言葉がラピの二倍の声量によって被覆(ひふく)される。
「ご主人様は何も悪いことはしていないぴょん、気負いすることないぴょん。演習中に武器を投げてきたり相棒であるご主人様にわざと攻撃をしかけてきたりする危険人物をリキは戦場で助けたぴょん。自分の身を案じることなく……だから、嫌われたなんて単なる思い違いぴょん」
ーーあの危険人物がいけないんだぴょん。
胸臆で消える声。リキが落ち込んだような時には励まそうとした、されどリキは「あっちが悪い」「こっちは悪くない」など区別をつけると複雑そうな顔をする。悟るようになったラピは言葉を選ぶようになったのだが中々難しく、自然と良いと思ったファウンズの台詞を復唱してしまったのだ。言ったことは全てラピの本心に違いない。
「ありがとう、ラピ」
初めて想いが伝わった。リキの少し晴れた顔を見てラピは思う。
「ファウンズさんも」
あの声は聞こえていた。ラピが復唱したことで存在がうっすら消えたと思われたもの。元気づけようとして口にした言葉ではないかもしれないが、それでも嬉しかった。それだから、なのかもしれない。
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