デウス・エクス・マキナ (5)

 先生が部屋を出て行って小一時間。彼は助手と思われる子供たちをゾロゾロと引き連れて戻って来た。


「先ほどのナミヲとかいう小さき者の証言どおり、君たちにはお食い初めの儀をしてもらうこととなった。」


 先生がそう言うと、まるで巫女のような女の子たちが部屋に入って来て、床にゴザを広げた。

 そこへ、お膳が並べられ、次々と美しい料理が運ばれて来た。


「さあ、どうぞ。」


 すっかり用意が整うと、先生が言った。


 神田ヒロシとマヤコはお互い困惑した顔を見合わせた。お食い初めと言われても何をすればよいのかさっぱりわからない。


 その様子を見て、先生はさらに言った。


「どうぞ、ただ食べるだけでいい。」


 マヤコはハヤトの方を見た。ハヤトはじっとこちらを見ていたが、その表情から心中は計り知れなかった。


 神田ヒロシが意を決したようにゴザに座りこう言った。


「このまま、何もしないままではおそらく何もわからない。食べようか?」


 マヤコはその意見に同意し、神田ヒロシに続いてお膳の前へと座った。


 二人はいただきますと手を合わせて食べ始めた。どれも初めて見る食べ物だったが、とてもおいしかった。二人はいつしか夢中で並べられた食べ物を口へと運んだ。


 出された料理を全て食べ終わると、神田ヒロシとマヤコは明らかな変化が自分の中に起こっていることを感じた。

 世界と直接つながっていく感覚。やがて、神田ヒロシとマヤコは全て理解した。この世を滅ぼすのも生かすのも、自分たちの手にかかっていることを。


 二人はハラハラと涙を流してこの現実を受け入れた。


 先生はじりじりしながら二人の状況を見守っていたが、やがてしびれを切らして口を開いた。


「で、どうなんだ? 活性化とやらは起こっているのか?」


 神田ヒロシがゆっくりと先生の方を向きうなずいた。先生の表情がパッと晴れて、好奇心に目を輝かせた。


「そうか? 活性化したのか? ではどうしたら、あのヒト型たちを大きくできる?」


 神田ヒロシは、たった今自分たちが知ったことを語り始めた。


「我々は創造神 ハヤト No.8 によって作られたヒト型です。創造神 ハヤト No.8 に命を与えられ、ここにこうしてあなた方と話をしています。あなた方の望みは、生殖能力を持つ我々一族が、こっちの世界にやってきて、あなた方の遺伝情報を45%含む子孫をこの地上に残すことですね。」


 先生はえらく感動した表情でうなずいた。それを見て、神田ヒロシが続ける。


「私、神田ヒロシと、彼女、篠崎マヤコ、そして、未だジオラマの中にいる天音ナミヲは、こっちの世界と、あのジオラマの世界を行き来するためのゲートを作る能力を授かりました。我々以外のヒト型をこちらの世界へと呼び寄せるためには、再び、私、神田ヒロシと、彼女、篠崎マヤコがジオラマの中に戻る必要があります。」


 先生はうんうんとうなずいた。


「我々は、ジオラマの中に戻り、中のヒト型たちにこの事実を共有します。そして、この遺伝子を引き継ぐべきかどうか協議し審判します。」


「なんだって!?」


 先生を含むこちらの世界の者たちは驚愕の表情でそれぞれ顔を見合わせた。


「ちょっと待ってくれ。審判って何の話だ?」


 先生は予想外の展開に少々困惑している様子だった。神田ヒロシが説明を続ける。


「あなた方は滅亡の道を歩んでいます。それにはそれなりの理由があるのかもしれない。我々は人工的に作られた生命体です。自然の摂理に反しています。我々がこの世界に存在してもよいのかどうか…まずはその点について協議する必要があるのです。」


「き、君たちにそんなことを決める権利なんてないぞ!君たちを作ったのは我々なのだから!」


 今までのクールなイメージはどこへやら。先生は憤慨して大きな声を出した。


「いいえ、先生。我々を造ったのは、そこにいる創造神 ハヤト No.8 ですよ。」


 神田ヒロシは声色一つ変えずに応戦した。


「そのハヤトを造ったのは我々だぞ!」


「そうですね。その通りです。では、創造神を造るべきだったのか否かについてから我々は協議しないといけないですね。」


 先生は唇を噛んで怒りをあらわにした。


「こんな話、君たちで勝手に進めることなど断じて許されない!この件に関しては、我々が何百年もかけて議論してきたのだ。その結果、君たちが誕生した。なぜそれを蒸し返すようなことを言うのだ?とりあえず、議会に報告するから、それまで待っていてくれ!」


 先生は、ドンとテーブルを叩いて部屋を出て行ってしまった。残された面々はどうしたらよいのか困惑した表情でフリーズしてしまっていた。


 神田ヒロシと篠崎マヤコは冷静な顔でじっと困惑するスタッフたちを見返した。ハヤトはやれやれという顔をして頭をかいた。


 やがて、比較的体格のよい四人の少年が部屋に入って来て、神田ヒロシと篠崎マヤコについてくるように命じた。

 体格がよいと言っても子どもなので、神田ヒロシが本気を出したら容易に倒せそうだったが、彼らはおとなしく従った。


 二人は、建物の外に出され、どうやらこの世界の旅館のような施設へと連れて行かれた。

 その旅館の最上階、おそらくこの施設で一番広い部屋に、神田ヒロシと篠崎マヤコ、そしてハヤトも入るように言われ、外から鍵をかけられてしまった。


「軟禁されたね。」


 ハヤトがまるで面白いことのように言った。


「何であなたも一緒に?」


 マヤコの問いにハヤトは首を振って肩をすくめた。


「我々は予め決まっていたことを述べただけだ。なぜ先生はあんなに怒ったんだ?」


「それは、彼が予想してなかったことを君たちが言ったからだよ。」


「そうなの?これを仕込んだのも彼らなんじゃないの?」


「うん…そうだね。あ、ほら、見てよ、ここのルームサービス最高だぜ。」


 ハヤトは備え付けの冷蔵庫の中から、ビンに入った飲み物らしいものを3本持ってきた。


「先生たちが戻ってくるのに時間かかりそうだから、これでも飲んでゆっくりやろうぜ。アルコールは君たちの世界にもあるのか?」


 神田ヒロシは頷いて2人分の飲み物を受け取り、1本をマヤコに渡した。マヤコはお酒はあまり得意ではなかったが、飲みたい気分だったので、受け取った。


 こうして、渦中の三人がのんきにお酒を飲んでいる間、先生ことジョージははらわたが煮えくり返るような気持ちで、ハヤトの生みの親であるホッチ博士の資料を読み漁っていた。

 あの天才だがひと癖もふた癖もある変人が、新人類の誕生について何かを隠していることは薄々感づいていたが、まさかこんな展開になろうとは。


 ホッチ博士は独特の概念の持ち主で、新しい人類は容易には誕生してはならず、ある種の試練と儀式を経てようやくこの世に出現する必要があると考えていたようだ。

 そのせいで、機械的に人類を想像する手順は好まず、創造神なる人口生体を介してまずはヒト型を造らせ、それらに知恵と真の肉体を授ける…という七面倒な方式が採用されてしまったのだった。


 しかも、博士はその手順を文字通り墓場へ持って行ってしまい、具体的に何をすればよいのか明確な資料がどこを探しても見つからないのであった。


 ジョージは、助手を全員呼び寄せて、博士の残した山のような書類を全て、隅から隅まで、今一度目を通すように指示した。自らも血眼になって関連しそうな箇所を探した。

 しかし、先ほど神田ヒロシとかいう男の述べたことに関わりそうな記述は見つけることはできなかった。


 さて、ヒト型たちに勝手なことをさせずにスムーズに人類の遺伝子を引き継げる方法はないだろうか…。先生と助手たちは額を突き合わせて考えて考えて考えた。


 こうしてクローンの学者たちがあーでもないこーでもないと話し合っている間に、軟禁された三人はすっかりできあがっていた。

 元ヒト型の二人からすると、少し異質な雰囲気のあったハヤトも、この間にすっかり馴染んで、まるで昔からの友人のような雰囲気を作り始めていた。


「何?そのマヤコが勉強しているってゆう “人文学” って?」


「人間を研究する学問よ。私の専攻は倫理学と言って、その行いが、人として正しいのかどうか?みたいなことを考えるの。」


「へーじゃあ、俺たちがやろうとしている新人類作成計画、デウス・エクス・マキナ計画ってどうなのよ?」


「完全にアウトだわ。そもそも人間のクローン自体が私たちの世界では倫理的にNGだわよ。」


 マヤコのその回答に神田ヒロシがうんうんとうなずいた。


「で、ヒロシは何をしてたの?」


 ハヤトの興味はヒロシの仕事内容に移った。


「僕?僕は次世代のセキュリティに関わる仕事をしていた。例えば生体認証とかだね。」


 ハヤトは神田ヒロシの言っていることがほぼ理解できない様子だった。


「うーんと、簡単に言うと、例えば、君がドアの前に立つだけで、ドアが君だと判断して自動で開く、とかそういう仕組みの研究だよ。」


 それを聞いてハヤトは目を丸くして驚いた。


「えー!君たちの世界では魔法みたいのが使えるのか??」


 それを聞いてマヤコは吹きだした。自分こそ魔法みたいなことをしてるくせに何を言ってるんだこの子は。


「魔法じゃなくて科学だよ。」


 神田ヒロシも笑いながら言った。


「我々からすると、君がヒト型を作り出す方が魔法みたいに見えるけどね。」


「それこそ魔法じゃなくて科学だよ。」


 ハヤトも同じように返した。こんな調子であはは~と三人が仲良くお喋りしていると、ものすごい形相の先生が、彼らの閉じ込められている部屋へ入って来た。

 そしてこう言った。


「君たち!君たちはこれから、この世界で暮らしてもらうことになった。あの小さな街の中には戻さない。そもそも、あそこにいる全員を大きくする必要がないことに気が付いたんだよ。君たちは幸い男女だ。君たちが子孫を残してくれたらそれで解決だ。君たちが産めばいいんだよ、子どもを!さあ、さっそく子作りに取り掛かってほしい。」


 元ヒト型の二人はキョトンとした顔で先生を見返した。そして、こらえきれずに笑い始めた。

 今度は先生がキョトンとする番だった。その顔を見て、二人の笑いは加速した。


「あははは~先生、いくら何でも、いひひひひ、それは、あははは、無理ですよ、えへへっへえ~」


「なぜ無理なんだ?君たちは生殖能力を持っているんだろう?」


 それを聞いて二人はますますお腹をかかえて笑いだした。


「無理、無理、やめて…お腹いたい、いひひひひ~。」

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