境林のマレビトさん

篠原 鈴音

第1話 シュテリーゼ王国の貴賓

「あら……どこかしら、ここは」


 ルチーアの視界に入ったのは、辺り一面を覆う緑色。その場で振り返れば赤く塗った木を組み合わせた謎の構造物と、木で出来ているらしい平屋の建物が一棟たたずんでいる。ルチーアと護衛騎士のフィオルスは、母国シュテリーゼ王国を遠く離れた「惑いの森」にいたはずだが……。

 どうにもおかしい。惑いの森は魔物たちの魔力のせいで紫色の木々がうっそうと茂り、空を覆い隠してしまって昼間でも暗い場所だ。けれどこの森は生き生きと鮮やかな緑色で、木々の隙間から差し込むこもれびが辺りを明るく照らしている。


 ルチーアはこの気持ちの良い場所にすっかり肩の力を抜いていたが、フィオルスはむしろ警戒心を高めていた。

 だって、どういう理由かルチーアの護衛が自分以外周囲に見当たらない。自分以外に護衛がいないのなら、ルチーアは自分が守り切らねば。


 その時、木の葉を踏み分けてこちらに近寄ってくる足音がひとつ。フィオルスがすぐに剣に手をかける。


「姫様、お下がり下さい!」


 警戒し殺気を放つフィオルスにも構わず、足音はどんどんとルチーア達の方へ近づいてくる。やがて姿を現したのは、ひとりの少年だった。


「……ん?」


 彼は用心する様子もなく、ふたりを見て首を傾げる。少年はすね丈の紺色のズボンを履き、前合わせの上着を身に着けていた。どうにも見たことのない雰囲気の服装だ。

 ……獲物も持たず、そこまで腕が立ちそうな少年ではない。フィオルスは問いかける。


「貴様、ここが惑いの森と知ってのことか」


「は?」


「ここは魔物も多く住まう土地。貴様のような丸腰の子どもがこんな場所にいては命を失うぞ」


「いや、違うし」


「……何だと?」


「ここはあんたらの知る“惑いのなんたら”じゃなくて、“境林”って場所。なるほど、今回のマレビトはあんたらだな? とりあえずここに魔物とかいうのはいねーから。

 こっち着いて来い。説明と、一週間の宿を案内してやるよ」


 少年は手をひらひらと振ると、くるりと背を向けて山を下り出した。


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