番外 8_御大のお迎え_勇者の旅の目的(回想)


 凶悪な表情で近付いてくる御大からセイを背中に隠す位置取りで、冒険者ギルド本部の長──こちらもお爺ちゃん──が入ってきた。


「おや、誰かと思えば魔法士ギルドの隠居ジジイじゃないか。久しぶりだねぇ。とっくに隠居した茶飲みジジイが、我が冒険者ギルドに何の用がお有りなのかな?」


「隠居ジジイだとッ、失礼な!」

「会長は現役よりも現役真っ盛りだぞ!」


 気色ばむローブ姿の人たちを手で制し、御大が片眉を上げニヤリと笑った。


「いやなに、魔法士ギルドウチへ来る予定だった新人ルーキーが、間違えて冒険者ギルドなんぞに入って行っちまったって聞いたもんだからよ。迷子のお迎えくらいジジイがしてやらねぇと、若い衆に申し訳ねぇだろう?」

「おやおや、そんなウッカリした子がいたのかい? 隠居ジジイの重い腰を上げさせるような新人なら、僕も是非会ってみたかったねぇ。……どうやら行き違いになったみたいだよ。こんな所で遊んでないで早く探しに行ってあげたほうが良いんじゃないかね」

「はん? お前さんがそんな親切な事を言うとはなぁ。ファイアボールの雨が降りそうだぜ」

「おや、おかしいねぇ、それならこの街は全焼してとっくの昔に消えてるはずだけどねぇ」


 お爺ちゃん二人は笑顔だけれど、場の空気はゴリゴリ冷えていく。


 冒険者たちも全員、二人のやり取りに注目してる。この隙に僕は逃げるべきなのでは? そう思うが、アズキキナコも手と手を握り合ってお爺ちゃん対決を夢中で見てる。芝居に釘付けになっている子供チビたちにそっくりで、邪魔できない……。


「おいおい、年は取りたくねぇもんだなあ? まさかあの伝説のSS級冒険者“白刃の閃光”がこーんなに耄碌しちまうとはな。──本気で隠せると思ってんなら、お前こそさっさと引退して湖の畔で茶ァ飲んで鳥の数でも数えてな」

「君こそ年を取ったねぇ。若い頃に比べるとだいぶ毒舌の質が落ちてるよ。あんまりにも甘くて、出涸らしをごまかす為にハチミツを入れ過ぎたハニーティーのようになってるよ」


 うん? なんかこの二人、楽しそうだな……? この場に僕、要る? やはりこの隙に逃げるべきかも。

 アズキキナコは後で迎えに来よう、そう決めてセイは音を立てずに、気配を殺して後ろへ下がった。


 直後、御大の鋭い視線が本部長からセイへと移る。そして手を伸ばし、指先を向けて来た。


「“我が身より紡ぎ出す風の流れ──《ウインド・ゲージ》”」


 呟きと同時に御大の指先から、緑色の【固形神力──混ざり物有り】が吹き出たのが。それが枝分かれしてセイを包みこもうとまっしぐらに伸びてくる。動きが速く逃げる間も無い、固形神力は風の帯となってセイに巻きつき、自由を奪われた。


(は!? 何これ……あ、もしかしてこれが【魔法】?)


 数秒ゆるく拘束しただけで固形神力は解けて消えたが、不思議現象にセイは瞬きを繰り返す。


 あんなものが人の指先から出てくるとは夢にも思わず、ビックリして為すがままになってしまった。次からは避けられそうだけれど、もしも今のが攻撃だったら自分はやられていたのだ。そして、もし自分が怪我をしてしまったら、シロが何をするか……セイは身震いした。ほんと気をつけよう。

 御大の魔法は、セイを足止めしたかっただけのようで、すぐにまた冒険者ギルド本部長の方へ向き直っていた。お爺ちゃん二人が、ますます陰険な雰囲気になっている。


「──言葉遊びはしまいだ。そいつを魔法士ギルドこっちへ寄越しな。そいつはアダマンタイトかオリハルコンみてぇなもんだ。せっかくの魔剣になる伝説の素材を、お前らボケ共が下手に弄ってナマクラに変えちまったらと思うと、想像するだけで寒気が止まらねぇんだよ」

「それを言うなら、せっかくの魔剣を魔法研究の素材にされるだけと分かってて渡すのもねぇ、勿体ないとは思わないかい。剣は斬ってこそだよ」

「剣になる前に潰しちまったら元も子もねぇんだよ。師となる奴で才能が伸びるか潰れるかの分かれ道だってお前らだって身に染みて分かってるはずだぜ? 嫌ってほど見てきただろう? 魔法に関しちゃ俺たちはプロだ、素人はすっこんでろ。意地張ってねぇでさっさと寄越しやがれ」


 最初から凶悪だった御大の顔が、更に獰猛になっていく。

 ギルド本部長はため息を吐いて、実は最初から横に立っていた冒険者ギルド魔法部の長に話を振った。


「僕たちは随分と馬鹿にされてるようだよ。君はどう思う?」

冒険者ギルドウチじゃ手に負えないね!」

「……おや?」

「この子は伝説の神殺剣【失月うつき】の抜き身バージョンみたいなものだよ。鞘無しは怖いな! あっ、でもどれくらい被害出るのかちょっと興味あるね!」

「おやまぁ、そこまでかい。なるほど。──せめて鞘は必要だねぇ」


 色々な物に例えられている。アダマンなんとかは知らないけど、神殺剣【失月】はつい最近から聞いたヤツだ、とセイは記憶を探った。確か……。


・◇・


 勇者はプフエイル王国から「チュンべロスの強力な魔法に対抗する為には、最強の武器が必要。神をも殺せるという伝説の剣【失月】を手に入れるべし」と指示されたそうだ。どうやって入手するかと言うと。


 王家が秘匿している遺跡で試練に打ち勝つと、次に行く遺跡の情報と宝珠が手に入る。次の遺跡でも試練を受け、そして次。そうやって大陸中に点在している遺跡の試練に挑み、最後までクリアすると【失月】が隠し置かれている【天空に浮かぶ伝説の島】へと案内してくれる飛空船が手に入るのだそうだ。


 それを聞いたセイたちは閃いた──「それって、魔界との門がある天空の島と同じ島じゃね?」と。


 後で幼女女神に確認したところ、同じ島で間違いない、ということだった。その時に、なんとセイたちにその飛行船を探してもらうつもりだった、と言い出した。


 女神は直接空間移動しているため、島がこの大空のどこにあるのか知らない。そして、空間移動に他の生き物を連れて行くこともできないから、と。


「勇者さんが飛空船を見つけてくれるなら、ちょうど良かったですー」


 笑顔で言う女神を見るキナコとコテンの目が、氷点下の山頂の空気よりも冷たかった。


 日を改めて勇者も交えて相談し、「チュンべロスを魔界へ返そう計画」は“勇者が試練を受ける旅をする傍らでセイたちはチュンべロスを探し出し、最終的になんとか一緒に島へ行けるよう頑張ろう”に決まったのだった。

 ……まあまあ穴だらけだが、大元の女神が無計画だったのだから仕方がない。

 みんなで力を合わせて臨機応変でがんばろー、ファイトーおー! 張り切って腕を振り上げてたのは、女神だけだった。


(まあキナコくんたちが不機嫌になる気持ちもわからなくはないけど、女神だけじゃなくてこの国の王族だって、「とりあえず異界から勇者召喚してあとは全部お任せ」ってやり方は一緒なわけだしね)


 それに、飛行船のことだっていざとなれば……と意識と飛ばしていたら、冒険者ギルドの本部長がニコニコと人の好さそうな笑顔でセイを見ていた。


「確かに、魔法の基本はちゃんと習得したほうが良いね。“直進の獣道より、整った回り道”と言うからね。そこにいる意地悪そうな頑固ジジイは、ああ見えて若い時は“漆黒の風刃”と呼ばれた伝説の魔法士なんだ。魔法の才能と引き換えに人の心を捨てて生きているチンピラだけど、技術だけはかろうじてあるよ。魔法士として強くなる為に利用してはどうかな?」


(さっきから、“伝説”が多いな)


 反応の薄いセイに、漆黒の御大が手を差し伸べる。


「来いよ、新人ルーキー。俺がお前に教えてやる、力の使い方ってやつを……本物の魔法ってやつをよ……!」


(いや、要らんし)


 そもそも魔法に興味の無いセイは、周りの熱量にずっと付いていけてなかった。

 この世界で魔法とかいう謎の力を習得したところで、元の世界へ戻ったらどうせ使えなくなるのだ。無駄になる能力に時間を使うより、山へ行って野生の魔獣を探したい。


 しかし、そう考えたのはセイだけだったらしい。


「本部長の爺さんの言う通り、“急がば回れ”やな。ちょっと時間かかっても魔法を習得してしもた方が、色んなことが楽になる、それは間違いないわ」

「勇者も“急がば回れ”状態ですからね。“備えあれば憂いなし”とも言いますし。大丈夫です、もしセイくんの能力に欲が出てギルドに拘束されるような事態になったとしても、ぼくたちならすぐ脱出できますよ。もっと気軽にいきましょう!」

「魔法……ねぇ。使えれば便利なのは間違いないと思うよ。でもボクとしては、魔力だっけ……セイがすごく強い力を持ってるのに、使い方を知らないっていうのが気になるんだよねー。制御できない大きな力は危険だからね」


 セイが乗り気じゃ無いのを察して、アズキ、キナコ、コテンの順番で説得してきた。

 魔力が強いだか多いだかは確かに言われたが、自覚が無いので危機感は薄い。

 でもみんなが言うなら、習ったほうが良いのかなぁ……と心が揺れ始める。


 魔法そのものについては、ちゃんと習うつもりだった。先程、束の間とはいえ御大の魔法に拘束されたのはやっぱりショックだったし、従魔やテイムという言葉を知らなかったり、魔獣と会話してしまった失敗などもあって、魔法の一般常識を学ぶ必要性は感じていた。


 ただ、習得する事に意欲が湧かないだけで……。


「魔法はめっちゃ便利で、不可能を可能にする力のはずや。もしかしたらこの先、魔法が使えたらあの魔獣を助けられたかもしれへんのにっていう状況が、絶対に無いとは言えんで」


 ……あるかも。

 確かにさっきの風の固形神力が自分にも使えれば、高い所から落ちそうになってる魔獣を発見してもすぐに助けられる、と。

 アズキの一言で、一気に魔法習得へと心の針が振り切っていった。


 しかし、御大の手を取る前に確認しておかなければならない、大事なことがある。


「あの、授業料というか、魔法を教えてもらうのって幾らくらいお金いりま……、必要で……? 僕、お金、あまり持ってない」


 応接室での雑談で冒険者ギルド本部長から「敬語を使うと金持ちの子だと思われて、ならず者に狙われるよ。平民はそんな丁寧な喋り方をしないからね」とアドバイスされたセイは、なんとか敬語を使わないよう努力して、結果カタコトになった。


「……はん? そうだなァ、金じゃなく働いて払ってもらおうか」

「おや、そういうことなら冒険者ギルドが代わりに魔法士の指導料を払うよ。なんと言ってもこの子は冒険者ギルドの期待の新人だからね」

「何寝言ほざいてやがる。そいつは魔法士ギルドがもらっていくんだよ」

「寝惚けてるのは君だよ。魔法士は掛け持ちのサブで、あくまでもこの子のメインギルドは冒険者だよ。──そうだよね?」


 否定を許さない圧があった。圧をかけられなくても、セイは否定するつもりなんて無かったのだが。元の世界でやっていた冒険者の方が馴染みがある。

 頷いたセイを見て、御大は大きく舌打ちをした。


「今のところはそれでも構いやしねぇよ。数日後にはどうなってっか分からねぇけどなぁ?」

「何日も預けるわけないだろう。しばらくしてもこの子が帰って来なかったら、ウチの精鋭部隊で迎えに行くよ」

「ハッ、ウチの選抜部隊が丁重におもてなししてやるよ」


 やっぱり楽しそうだな? 僕を理由に単に口喧嘩を楽しんでるように見えるなーと、セイは半目になった。

 御大が「付いて来い」と顎をしゃくるので、本部長に軽く挨拶をして早足で移動する。注目されるのは苦手だ。


 召喚された時はあんなにハズレ扱いされたのに、ここではどうしてこんなことに……。振り幅がでか過ぎる。


(……というか、こんなに大騒ぎしておいて実際に魔法を使ってみたら「なんだよこんなショボいのかよ」ってガッカリされる気がするんだけどなぁ)


 想像で既にしょんぼりしているセイは、かけらも考えていなかった。


 この後、魔法士ギルドの練習場で初めて発動した魔法を暴走させ、セイは“絶対に壊れないはずの的”を跡形も無く破壊してしまうことを。


 そして前代未聞の早さで、二つ名を付けられてしまうなんて、そんな未来は、全く──。



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