番外 6_冒険者ギルド本部長


 奥のドアから、のそり……とした動きでやって来た冒険者ギルドのギルドマスターは、頭から頬にかけて傷跡のある筋骨たくましい大男だった。

 見るからに強そう。“力こそ全てタイプ”かな。……きっと「こんな弱そうな子供が?」と嘲笑われるんだろうな、とセイは精神的に身構えた。


 しかしギルマスは笑顔でセイを歓迎し、丁寧な口調で建物の中へと促し、応接室らしき部屋まで案内すると「茶を用意してくる、座って待っててくれ」と言って去る、という好意的な対応をしたのだった。


 ……逆に落ち着かない。ソファに座ってもぞもぞするセイの隣で、アズキとキナコがブルブルと身悶えていた。


「念願の……夢のっ、登録初日にギルマス案件! ここから“宮廷魔術師を無能と追放されたセイ、実は潜在魔力はレベル9999でした、SSSトリプルS級冒険者になってから戻って来いと言われてももう遅い”が始まるんやな!」

「始まらないよ。まず僕は宮廷魔術師じゃなくて閉じ込められてただけだし、追放じゃなくて脱走だし、レベルなんて出てない。9999ってどこから出てきた数字なんだよ」


 捏造にも程がある……アズキの妄言を丁寧に訂正した。


「冒険者登録で魔力測定器をメーター振り切る数値出してぶっ壊したセイくん、これから練習場で前代未聞の大魔法ぶっ放ブッパして壊れないはずの的を粉砕、それか王都の結界を破壊して見学者全員の顎を落とすんですね。そして頭を掻きながら“え、僕、なにかやっちゃいました?”とキョトンとする展開間違いなしです……胸熱ですぅ!」

「壊してないし、壊さないし、壊したら謝るよ。そんな展開にはならない。僕、どういう人間だと思われてんの?」


 捏造にも程がある二号キナコの妄言を、少しめんどくさくなってきたセイは雑に訂正した。

 アズキとキナコはちっちゃい手を伸ばして足にすがりついてくる。


「なんでや、やってや! 絶対楽しいって!! さすがに【学園編】までやってとは言わんから!」

「そうですよ、せめて【闘技大会編】までは頑張りましょう! 最下位予想だったのに前代未聞驚天動地の大魔法ブチかましてセイくん優勝、紙吹雪のように舞う大量のハズレ券、しかし会場中が一体となってセイくんコール。せめてここまでは、どうか、どうか……!」

「ごめん、ほんっと意味わかんない」


 大抵の事はスルーするセイも、今回ばかりはやんわり拒否の姿勢である。

 やってやってと騒ぐアズキたちを、セイの膝の上に座っているコテンが氷より冷たい目で見下ろした。


「あのさぁ、君たち実は結構いい年齢トシだよねぇ? 子供を困らせて恥ずかしくないのー?」

「何言うてんねや、言動で大事なのは年齢やない。──見た目や!!」


 確かにそれはある。セイが勢いに押されてつい納得してしまったほどの、堂々とした恥じらいの無さだった。


「見た目がおっさんでも、ぼくは時と場合と相手を選べばオッケーだと思います。何歳いくつになっても趣味で輝く心は持ち続けていたい。それに、内容だってちゃんと自重してます、まだセーフです」

「アウトだよ」


 キナコの言葉を、コテンがばっさり切り捨てた。


「あのねぇ、君たち二人がどれだけドス黒くドブ色に輝こうとドウゾご勝手にって感じだけどさぁ、セイを巻き込むのは違うでしょー? なに、まさか普段からでこんな風にセイ相手に駄々こねて困らせてるーなんて言わないよねぇえ?」

「阿呆抜かせ。こんなんロウサンの前で出来るわけないやろ。死ぬわ」

「言葉が通じてない分、雰囲気だけでエグい威圧ぶつけてきますからね……」

「えぇー、君たちの言う相手を選んでるって、そういう意味なわけー?」


 コテンくん、ロウサンはそんな事しないでしょとは言わないんだな……。セイは雑談に参加しかけたが、今はそれより大事なことがある。


「死ぬって大げさな。ロウサンくんは騒がしいのがちょっと苦手なだけだよ。それよりさ、【魔法】って魔術士じゃないと使えないのかと思ってたんだけど……もしかして誰にでも使えるのかな?」


 チュンべロスの【時戻しの魔法】という言葉を聞いた時に、アズキキナコから魔法とは何か、という説明は一応受けていた。

 自分たちの世界での【法力】──スキルを使った特殊な力みたいなものだ。そうカワウソたちは言った。


 だったら、魔法は【魔法スキル】がなければ使えないんだなと、スキルが全ての世界から来たセイは判断した。

 召喚されてすぐに魔術士塔に監禁され、この世界でちゃんと会話したのは魔術士のみ。その彼らが「我、選ばれし者」という態度だったというのもあり、【魔法スキル】は錬金術や神子並みに特殊な職業なのだろうとも思っていた。


「誰でもとまでは言わんでも、元の世界での【スキル】よりは使える人間が多そうな感じやったな。……そうか、魔術士じゃなくても魔法使えるか……」

「ということは……もしかしてぼくたちも……?」


 アズキが「クックック」キナコ「フフ……フフフ」と不気味な含み笑いを始めてしまった。

 魔法と一口に言っても世界によって内容や威力も変わり、この世界ではどうなのか、非常に、大変に興味深かった。しかし監禁中に迂闊なことは出来ないと、試したいのを擦り切れそうな理性で必死に我慢していたのだと、カワウソたちが早口で言ってきた。


 ──そうか、解き放たれちゃったか。


 冒険者ギルドを無事に出られても、その後に待ち構えている困難が簡単に想像できてしまった。アズキストッパーキナコがまさかの煽り屋と化した今、僕にできるのは流れに身を任せることだけ……目を閉じて心を静めていると、廊下から人の気配が。


 騒いでいても外への警戒はちゃんとしていた幻獣たちは、ピタリと黙り、スッと姿を消した。なのでノックしてすぐ、返事をする前にギルドマスターと他に三人の男性が入ってきても、慌てることは無い。


 冒険者ギルドの本部、本部にある魔法部、ダンジョン部のそれぞれトップだと、このギルドの所長ギルマスが紹介してくれた。おっさん四人は向かいに座り、ニコニコと笑顔でセイにお茶とクッキーを勧めてくる。一挙手一投足をニコニコと見守られている……。「二歳児孫を見守るおじいちゃんか」とはアズキの例えである。


「それじゃちょっとこの板に手を置いてもらえるかな? 緊張しなくていいからねー」


 僕は一体何歳だと思われてるんだ……? 複雑な気持ちになっているセイの前に差し出されたのは、受付でやったものとは違う【魔法適正診断板】だった。項目が増えている。火、水、風、土に加え、聖、闇、氷、雷、木、無の文字。


(【無】ってなんだろ? それって出たらマズイやつなんじゃ……)


 字面が不吉だ、避けたい。しかし触れば光る気がした。あと今更だが、これ以上大事おおごとにしたくない。セイは控えめにお断りしてみることにした。


「あの、僕今あまりお金持ってないので、遠慮したい、です……」

「金はいい、受付で調べた分も返す。この窪みに手を当ててくれ」

「……はい」


 ギルマスの返事は、絶対に折れる気のない言い方だった……無駄なあがきはやめておこう。何かあれば逃げればいいや。


 セイは、そっ……と静かに手を置いた。直後、ガガッと一面光る文字。これがMAXですと言わんばかりに強く眩しく光る文字。当然光る【無】の文字。あああ。


「こいつはすごいな」

「おやまあ、圧巻だねぇ。長生きするものだね」

「【無属性】キタァ──ッ!!」

「ちょっ、急いで本部に戻るよ! この診断板は記念に貰ってく、俺の家宝にする!」


 セイが手を離してもまだ光り続けている診断板を、ぎゅっと抱きしめて部屋を出ようとしている魔法部部長を、ギルマスが「待て」と止めている隙をついて、キタァーッと叫んでいたダンジョン部部長が部屋を飛び出した。


「夢の【無属性】持ちぃいいい! こうしちゃおれん、本部に帰ってどのダンジョンから依頼するか緊急会議じゃい、今夜はみんな寝かせんぞー! イヤッホォオオオオオオイ!!」


 元気なおっさんだった。アズキくんと気が合いそう。魔法部長も後に続こうと走り出し、また止められた。


「待てって。魔法士のお前が帰ったら話が進まんだろうが」

「ダンジョンの扉開ける以外の使い道なんて無い、以上! ではさらば!」

「待て、ちゃんと説明しろ。結論だけ言うなといつも言ってるだろう」

「結論以外何を語れって……あーもー、全属性オールS評価なんて、どれを鍛えても最上級魔法に到達する、でもどれを選ぶんだっつーのよ、その子の取り合いで血で血を洗う戦い見たい? あ、ちょっと見たいね!」


 ギルド長と魔法部部長の言い合いに、おっさんというよりおじいちゃんのギルド本部長がやんわりと口を挟んだ。


「大体分かったよ。ダンジョン部の長も同じ結論に達したから飛び出したんだろうしねぇ。──ほぼ全てが開くと思っていいのかい?」

「見てよこの診断板、ちょっとしか触ってないのにまだ光ってんだよ? どんな魔力量してんだろうね。その子で開かなきゃ元から開かない造りか、ぶっ壊れてるかだね」

「了解したよ。……アドバイスだけどね、家宝にするならあらかじめ固定魔法を掛けた診断板を用意することをお勧めするよ」

「……本部長、あんた天才か。よっし、すぐ持ってくるから待ってろよォオオオ!!」


 全速力で駆けていった。ここのおっさん、みんな元気だな……セイは遠い目になった。

 【無】が光っても不吉扱いはされないようだ。それどころか何かものすごく期待されている。しかし、それはそれで困るのだ。


「あのっ、すみません、えーと、僕はあまり魔法の、使い方……? に慣れてなくてですね」

「だろうな。山奥のド田舎から出てきたばっかりって顔してる」

「…………」


 そりゃ間違いなくは山奥にあるけども。今は顔は関係なくないか? ギルド長のあんまりな言いように眉を下げるセイに、本部長が「僕が説明しよう」と笑いながら話しかけてきた。


「たまにいるんだよ。山の奥の奥にある村で、出入りは行商人だけ、村人の殆どが村から一歩も出ずに一生を終える、そういう閉鎖された田舎の村は信仰が独特なことが多い。村独自の神様から加護を貰うだけ貰って使い方をよく知らないまま大きくなった、そういう子供が町に出てくることが、たまに。……稀にね」

「ここまで全部をビッカビカに光らせた奴は初めて見たがな」

「本当にねぇ。特に無属性を持ってる子はとても少ない。皆無と言ってもいい。だからね、君にはとても期待しているんだよ」


 期待されても……と腰が引けているセイに、おじいちゃん本部長は人の良さそうな笑顔で続ける。


「なに、難しい事を頼もうというんじゃないんだよ。この国にあるダンジョンには、魔力を通す事で扉が開く、そんな部屋が多いんだ。特に聖属性、無属性の適正を持っている冒険者が少ないんだよ。そのせいで攻略出来ないというダンジョンが、まぁまぁあってねぇ」

「だからって、お前さんにダンジョンを攻略しろとは言わない。極端に言えば、お前さんはただ付いてきて鍵の役割さえしてくれりゃいい。攻略自体は高ランクパーティーがやる」

「どの道、仲間は必要だろう? 一人では危険なばかりで稼ぎも上がらない。本部ウチが責任持って信用出来るパーティーを紹介するよ。パーティーに入りたくないなら、護衛として雇うのも有りだね。勿論費用はこちらが持つ。どうだい、協力してもらえるかな?」


 待遇良すぎて、怖い。

 そこまでされるのは負担だ。セイにとって、この世界での冒険者登録は一時的な金稼ぎでしかないのだから。深入りはしない方がいい。


 ……いいね? アズキくん、キナコくん。ダンジョンのある場所の情報は欲しい……行く気満々だ、このカワウソたち。興奮で膨らんだ尻尾をブンブン振り回してる。セイは軽く「うーん」と唸った。


 ダンジョンとやらが何かは知らないが、冒険者ギルドにとって価値があるものなんだろうな、というのはとても伝わってきた。ここできっぱり断ってしまうと、ムキになって強引な行動に出てくるかもしれない……尾行がついたりだとか。

 それに、強気な態度で断固と断らないといけない場合もあるが、これから冒険者活動を始めましょう、という段階で本部を怒らせるのも、さすがにマズイ。他の稼ぎ方をセイたちは知らないのだから。

 ……一旦曖昧な態度で距離を取って様子見しよう。情報だけ色々仕入れて、無理強いされそうになったら逃げよう。そう決めて、セイは困り顔を本部長たちへと向けた。


「えーと、すみません、保留でお願いします。冒険者のパーティーは無いんですが、仲間はいるので……相談してからにします」

「仲間? そいつは……」

「そうだね、急に言われても君も困るだろうね。今度はその仲間の人も連れておいで。僕たちがちゃんと説明するからね。ささ、クッキーお食べ。お茶も新しく煎れ直そうね」


 何か言いかけたギルド長を手で制して、本部長はにこやかにセイの要望を受け入れてお茶を勧めてくる。

 それから、遠回しに探りを入れられながら少し雑談をして、セイの冒険者登録は終わった。



 そして受付に戻ったところで、待ち構えていた大量の冒険者たちにセイは囲まれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る