ラフカディアのブラインドコンプレックス――夢の続きでも彼女はまた現れる
無駄職人間
序 後日談からの幕開け
ラフカディアが僕の前から消えて、もう一週間ほどが経過した。
世間では年越し前で、僕は仕事納め最終日を終えたところだ。時刻は七時を過ぎた。
「来年は、勝手にサボるんじゃねえぞ。もう大学生じゃ無いんだから」
上司が僕にキツくも無く、かといって怒ってもいるような重みのある口調で言った。
同僚達も賛同するように、各々の考えを僕に言った。
でも、上司も含めて皆は最後に口を揃えて言った。
「辛いなら、俺たち仲間に弱音を吐いても良いんだからな。それだけは、大学生だろうが社会人であっても、無くなる訳じゃないんだからなあ」
「そうよ、義山くん。特に私にはいつでも頼って良いんだから」
パートの女性がサムズアップをしながら言った。
「それは本来、上司が言うべきセリフなのに――先に言われちゃいましたね」
同僚の社員が茶化すように言う。
すると上司は鬼の形相で睨み、要らんことを言うな、と無言の圧力が発生した。
それから程なくして、来年も宜しくお願いします、と定型文を互いに延べ合うと、解散した。
僕も駐輪場に向い、自身の自転車に跨がった。
夜空にはいくつもの星が綺麗に輝いていた。
地元では見られない田舎ならではの美しさだ。
そんな今年のこの夜空を見納めすると、実家に帰るために普段利用しない駅に向って、ペダルを踏んだ。
地元の最寄り駅から出るとそこは今朝、降ったであろう雪がアスファルトの地面に溶けて、陥没した箇所で水たまりになり、また夜の寒さで凍っていた。
一週間前に来たときは、雪なんて降らなんて思いもしなかった。
僕は雪の死骸を踏みしめ、足元からパキパキと氷を割る音を立てた。
少し歩いた先に馴染みの色をしたバスが止まっていた。僕の実家であるマンションまで行く、乗り慣れたバスだ。
バス車体の中心に乗り口があり、車内に入った。
車外と違って、暖房が効いていた。まだ、運転手以外には乗客は居らず、発車まで十分ぐらいの時間があった。
僕は一番、後ろの座席に座った。
濃い緑色でフカフカして柔らかく、他の座席と比べると長めの大きさをしていた。
幼い頃、日曜日に父とよくおじいちゃんの家から帰る時に決まって、この座席に座っていた。理由は分らない。むしろ、子供なら運転席に近い最前列で一人用の座席を選ぶだろう。
でも、僕は一番最後列の座席を選んだ。
僕は座席に腰を下ろし、どっと疲れが取れた。
横目でバス側面に展開する窓ガラスを見た。
夜なのに暗闇が存在しないかのように明かりで満ちあふれていた。そこには人々が笑顔で往来する姿が目に映る。
また、ガラスに薄ら映る少し疲れた顔の僕自身が視界に捉えた。
以前の僕なら悲しい顔をしていたが、今の僕は口角を上げて笑った。
僕は黒の皮ジャケットのポケットからスマートフォンを取りだした。
電源を入れて、他者からの通知が来ているのを見る。
前までなら、電源を付けても誰からも応答はなく、ゲームの通知しかなかった。
「江頭ドルフィンさんからだ。また、小説を読んでくれている。可愛いねえ~」
つい嬉しさで感想が口からあふれ出した。
もし、他の乗客がいたら、恥ずかしい思いをしただろう。
僕の書いた小説は他の人からあまり読まれていない。現に大体の閲覧数は、1話切りで止まっている。
最悪、1話でも最後まで読まれず、序文で撤退されているかもしれない――というよりも薄々、気づいている。
自分なりには頑張っていると思っているが、しかし、自分ですらどこか作品に対して納得していない所もある。
それが読まれていない理由なのかもしれない。(それを言い訳にしている)
でもまあ、小説を書くことは、そんな一日二日で実るものではないと知っている。
小説だけじゃ無い。他のことでも一年や二年――いや、十年、三十年も経っても芽すら出ないことだってある。
だからこそ、頑張らないといけない。絶対に咲かない死んだ種と知っていても、毎日、花を咲かせるために水をやるのだ。
その行為を馬鹿だとか無駄と他者から否定される事もあるけれど、それでも僕は辞めない。
それが僕がこの世界での“存在”であり、またラフカディアとの“約束”なのだから。
スマートフォンの右上に表示された時刻を見て、バスの出発までの時間はまだ先であった。
江頭ドルフィンさんが書いた小説の続きを読もうと思ったが、どうも仕事の疲れが来てしまった。いや、恐らく一週間前の出来事の疲れがまだ取れていないのだろう。
僕はスマートフォンの自動消灯と共に眠りについた。
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