妙子の青春‐大東亜戦争戦勝国・日本

阿月礼

第1話 帝国海軍大勝

 昭和17年6月、日本海軍はミッドウエー海戦にて、米海軍機動部隊を破り、大勝した。米海軍機動部隊に属する多くの空母が撃沈、又は大破し、当面、太平洋方面での対日作戦行動の実施は不可能な状況となった。米軍は、その主力を欧州戦線に振り向ける形となり、太平洋の覇権は日本が握る格好となったのである。

 このことは日本のマスコミにても、大きく取り上げられた。新聞には、

 「帝国海軍、ミッドウエーでの大勝利」

 といったものや、同年4月の東京初空襲を受け止めての作戦だったため、

 「東京空襲への仇、撃つ!」

 等の見出しが躍っていた。

 勤労動員ということで、軍需工場にて働く若き主婦・藤倉静江は、勤め先の工場にて、新聞報道を目にした。

 工場の班長が、静江をはじめとして、動員されている女性たちに訓示した。

 「この度は、誠にうれしいことに、太平洋で鬼畜米英の勢力を、我が帝国海軍が撃滅し・・・・・」

 話を聞いていた女性達の間からは、喜びの笑みがこぼれ、集会は明るい雰囲気となった。

 その日、静江は動員先の工場から引き揚げるために、いつもの如く、市電通りに向かって歩いた。日華事変が始まって以来、国内経済の統制は厳しくなり、街のビアホール等は、閉店しているところも少なくはなかったものの、今日は、特別のようである。ビアホールの中等からは、明るい笑声が聞こえて来た。ビアホール等で酒を楽しんでいる人々の中には、静江と同じく、勤労動員等で普段は、しんどい思いをしている人々も少なくはないのであろう。そうした人々にとっては、普段のしんどさが報われた瞬間であったに違いない。

 デパート等の建物にも、

 「皇軍大勝」

 「祝・米海軍機動部隊壊滅」

 等の垂れ幕が下がっていた。

 そんな市中を通り抜けて、静江は市電に乗り、家路を急いだ。

 彼女には、4歳になる娘・妙子と1歳の息子・雄一の2人がいる。早く帰って、母として、顔を見せてあげなくてはならなかった。

 静江は、ミッドウエー海戦での勝利を、心中で喜びながらも、何かしら、一抹の不安を抱えていた。海軍に召集されていた夫・峯雄が、空母・飛龍の乗組員だった。新聞報道によれば、日本海軍は米海軍機動部隊を壊滅させたものの、敵も反撃に出、日本側機動部隊の4隻の空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍のうち、飛龍が大破させられていたことを報じていた。

 静江は心中、

 「主人が、とんでもない目に遭っていなければ良いのだけど」

 と思いつつ、帰宅した。

 「ただいま」

 静江が玄関をくぐった。

 「お帰り」

 妙子が迎えに出て来た。静江が問うた。

 「おりこうさんしていた?」

 妙子が答えた。

 「うん、何か郵便受けに来ていたよ。ちゃぶ台に置いといた」

 静江は居間に入り、ちゃぶ台の上の封書を手に取った。海軍からである。

 妙子はただならぬものを感じ、封を開いた。

 「何か、悪い知らせでなければ良いのだけど」

 そう思いつつ、開いた中身は、まさに最悪の報せだった。

 飛龍乗組員たる夫・峯雄の戦死通告であった。一抹の不安は的中した。何と言ってよいかわからず、暫く、茫然自失となった。 

 それを見た妙子が、小さな子供なりに不安に思ったのか、

 「どうしたの?お母さん」

 と問うた。

 「ううん、大丈夫。何でもないの」

 4歳の女児に事情が分かるわけもなかった。しかし、静江の結婚生活は、わずかな期間で終わってしまった。何と言ったらよいのか、分からない。妙子と雄一の前では、涙をこらえていた静江ではあったものの、2人を寝かしつけた後では大泣きした。

 その後、1か月ほどして、東京隣県のある田舎の家に嫁いで、姓が中岡になっていた姉・春江が訪ねて来た。夫・峯雄の仏壇等を準備するためである。居間の一角に仏壇が飾られ、その中に峯雄の遺影が飾られた。

 その姿を見て、妙子が問うた。

 「お父さん、どうしちゃったの?」

 静江が涙ぐみながら言った。

 「お父さんは、お星さまの世界に行ったのよ。お父さんはきっと、お母さんや妙

 ちゃんのこと、お星さまの世界から守ってくれているから」

 事情の分からぬ妙子には、

 「お星さまの世界って、どんな世界だろう」

 ということくらいしか、思い浮かばなかった。その後、妙子と雄一が寝た後、静江と春江は居間で話し合った。

 「今回のことは大変だったわね。峯雄さんという良い人と巡り合ったのに」

 「こんな世の中だし、仕方ないわ」

 無力な一市民である静江には

 「仕方ない」

 としか言えなかった。やり場のない怒りをどこにぶつけるというのか。この台詞によって、静江は、自分自身を説得し、納得させようとしているのかもしれなかった。

 春江は続けた。

 「妙ちゃんと雄ちゃんを抱えて、これから大変でしょう」

 静江にとってはこのことが一番の不安であり、懸念材料であった。

 「ここに来る前、実家に寄って来たんだけど、少しなら生活の援助ができるかもしれないって言ってた。とにかく、2人の子供達のためにも気を確かに持って。私も、できるだけ助けになりたいと思うから」

 既に経済が統制され、誰もが生活の苦しいご時世である。「援助」は、どこまで期待し得るかは分からない。しかしそれでも、

 「気を確かに」

 せねばならないことだけは厳然たる現実であった。

 翌日、春江は、静江と妙子、雄一に見送られ、玄関を出、田舎の中岡家に帰って行った。

 翌昭和18年には、米海軍という敵のいなくなった太平洋にて、日本による「大東亜共栄圏」構想がほぼ、実現したかのような状況となった。しかし、太平洋の覇権を握り続けるため、半ば、戦時体制が続き、何事も太平洋をはじめとする各方面での軍の都合が優先されるという状況は続いたのであった。

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