武器と約束とおはよう

犬丸寛太

第1話武器と約束とおはよう

 僕はとある博物館で学芸員として勤めている。

 当博物館は老若男女、おはようからおやすみ、揺り籠から棺桶まであらゆるニーズに合わせた展示物を取り揃えている。

 まるでデパートのキャッチコピーのようだが、当博物館を建てた一人の資産家曰く、お金が無かった時代、学校にも碌に通えなかった自分に世界の色んな事を教えてくれたのは博物館だった。だから、自分も未来の人々の為に幅広い学びの場を提供したいとの思いで博物館を建てたとの事。らしい。

 自分はそんな大層な思いは無いが、確かに自分も人生に行き詰った時この博物館に救われた記憶がある。それに、この博物館を訪れる、少し失礼だが展示品よりも興味深い入場客を見るのはとても楽しい。

 当博物館では毎週何かしらのイベントを行っている。今回のイベントは奇妙なエピソードを持つ「何か」をコンセプトとした展示だ。

 僕は普段、日本、とりわけ江戸時代をメインとして研究しているため、そこから展示物を選出することとなった。

 江戸時代というのは日本史において、様々な文化が発展した時代だ。江戸時代ほど奇妙なエピソードにあふれた時代は世界でもそうは無いだろう。

 しかし、今回は連休中のイベントとの事なので王道の展示物を用意することにした。個人的にはこの江戸時代に発行された旅行ガイドブックである「八隅芦庵」がおすすめなのだが次にしまっておこう。

 閑話休題、展示の王道は人それぞれだが、やはり自分は刀剣であると思う。

 その居姿もさることながら必ずと言って良いほど刀剣にはエピソードがついてくる。

 鬼退治や、妖刀伝説、偉人の愛刀等々枚挙に暇がない。

 そんな中、今回僕が選んだ刀剣はこの二振りだ。

 この二振りの脇差には銘も無く、目を見張るような美しさも無い。ただ、少し奇妙なエピソードがついている。

 その昔、とある武士と町娘が恋に落ちた。毎夜毎夜、人目を忍んで逢瀬を繰り返したが、

様々な事情でもって、その恋路は叶わなかった。やがて二人はやはり真夜中の暗闇の中、お互いの胸を刺し心中した。その心中に使用されたのがこの質素な造りの脇差だ。

 少しロマンチックに言うと、この二振りのか細い脇差はお互いの恋を認めない世間へ向けた最後の武器だったのだ。

 武士であるにもかかわらず何故この脇差を使用したのかは分からないが、ここまではありふれた話だ。といっては当人達に失礼だが。

 奇妙なのはここからだ。心中に使用されたとあっては廃棄されるのが当然だと思うのだが何故かこの二振りは現場から回収され付近の町人によって密かに奉られていたらしい。

 町娘との心中など武士の身分にしてみれば恥ずべき事のはずなのに付近の町人はお咎めを食う事も無く、戦前に至るまで縁結びのご利益があるとして丁重に奉られ、一時はGHQに回収されたにも関わらず再び二振りで日本に戻り、今日まで、二振りのままその姿を保っている。

 心中に使われた刀を縁結びのご神体として奉ったのもどうなのかと思うが、歴史のどのタイミングでも簡単に失逸してしまいそうなこの二振りがそのまま今日まで保存されているというところが非常に奇妙だ。

 何か魔力というのか神聖な力というのかがあるのかとじっと見つめていた時もあったが自分には何も感じられなかった。

 展示を開始して二日ほど経ったがやはりというかなんというか入場客はエピソードの方は良く読んでくれたようだが肝心の脇差には一瞥をくれたあとすぐに次の展示物へ移動してしまう。

 ここにきて、はて何故僕はこの二振りを展示したのか謎だった。確かに奇妙なエピソードを持っているが、そんなものは他にも山ほどある。

 不思議ではあったが、まぁ、何事も無いようなので大丈夫だろう。でも、なんとなくこの二振りを展示することはもう無いだろうという気がした。

 やがて、イベントも最終日となり閉館間近の博物館は人もまばらだった。

 僕は、展示物の片付けの為にイベントエリアへと向かった。

 イベントエリアには人影はなく、きっと最後の展示になるであろう二振りの脇差を見るために僕は自分の展示スペースへと足を向ける。

 そこには少年と少女が二人。じっと脇差を見つめていた。他に二人の年頃が興味を持つような展示物が他にもあるだろうに。しかし、この二振りを見る入場客はきっと二人が最後だろう。

 閉館が近いが、少し詳しい説明をしようと近づいた時、向こうから話しかけられた。

 二人曰く、


「何か待ってるみたい。」

 「でももうそろそろだね。」


 僕が返答に困っていると二人の両親が迎えに来たようだ。二人はお互いの両親に連れられて、博物館を後にした。

 一体何の事を言っていたんだろうか。両親の到着だろうか、閉館の時間だろうか。しかし、何かを待っているみたいとは他人事のような言い回しだ。

 考えに耽っていると閉館を告げる音楽が流れる。とりあえず片づけをしよう。明日からまた新しいイベントが始まる。

 僕は展示室の裏に回り二振りの脇差を回収する。相変わらず何の変哲もない只の脇差だ。

 しかし、何の変哲も無いとはいえ、れっきとした江戸時代の脇差に変わりはない。

 僕は脇差を元あった場所にしまう為、博物館の倉庫へ向かった。

 脇差の保管場所は棚の少し高い場所にある。

僕は脚立を使って、脇差の入った保管ケー

スをしまおうとした時、足を滑らせてケースを落としてしまった。

 やってしまったと思い、すぐさま脇差に目を向ける。ケースの蓋が外れ脇差が放り出されてしまっている。

 幸い刃に欠損は見当たらなかったが念のため研究室で確認しなくては。

 研究室に持ち込み改めて確認してみると二振りの内一本の脇差の柄巻の部分がほつれてしまっていた。

 これはまずい事になったと思ったのも束の間、ほつれた柄巻の隙間から紙のようなものが見えた。

 研究員の性なのか脇差の力か、僕は慎重に柄巻を外し、紙を取り出してみる。

 まさしく江戸時代に書かれたもののようだが、破れているのか全容がわからない。

 僕は、もしやと思ってもう一方の脇差の柄巻をほどいてみる。

 やはりあった。

 僕は急かされるように二枚の紙を合わせ解読する。

 ごく短いメモのような文章だったが経年劣化の為か解読に時間がかかってしまった。

 要約すると、私たち二人は今生では悲しい終りを迎えてしまったけれど、必ずいつか、来世でまた巡り合う事を約束します。そして巡り合えたなら・・・と言い合いましょう。

 一部かすれて読めなかったがこんな事が書かれていた。

 ありがちなお話だ。この二振りの脇差は奇妙でもなんでもなくただ悲しい物語の最後の部品だったのだ。

 僕は、改めて二振りの脇差を丁寧にケースに入れ今度こそきちんと棚にしまった。

 解読に時間がかかったため外は明るくなっていた。

 少し背伸びをしようと裏口から外へ出る。

 雲一つない快晴の青空が徹夜明けの目に染みるようだ。

 背伸びをしていると子供の声が遠くに聞こえた。昨日のあの二人だ。

 博物館の裏口の近くが二人の通学の集合場所らしかった。

 男の子がおはようと元気に朝の挨拶をする。

 女の子も負けじと元気におはようと声を張っていた。

 なるほど、あのかすれた部分は。


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