第19話 心配

「さ、早苗! あ、あなたの仕業ね」

「お嬢様口調が……」

「う、うるさい。なんで、ここに翔太君がいるの? どういうことなのか、説明なさい」

「その役は翔太様が担ってくれるはずです」


 鎧塚さんに笑顔で話を振られ、武井さんには見つめられ困惑してしまう。

 彼女は制服姿でなく、黄色のワンピースに水色のカーディガンを羽織っていた。

 私服を見たのはこれが初めてだったので、思わずドキッとしてしまう。


「ずるいな……その……武井さんに会いたかったのと……心配で……」


 途切れ途切れではあるけど、言いたいことを整理し言葉を紡ぐ。


「……卑怯よ」

「ご、ごめん……」

「……」

「……」


 先制攻撃できたことは嬉しいが、その代償に俺は耳まで赤くなってしまった。


「うわっ、初々しくて可愛い!」

「あなただって、口調!」

「おほん! 買い物には、翔太様が付き合ってくれると思います。では、ごゆっくり」

「早苗、職場放棄よ」

「……お嬢様、心配なさらなくてもきっと大丈夫です。もっと早くに気が付くべきでした。専属の支援担当者なのに、すいません」

「あなたねえ……」

「翔太様、お嬢様のことよろしくお願いします」


 鎧塚さんはなんだかからかうような笑みを浮かべながらカフェから出ていく。


「……翔太君、こんな遠いところまで来てくれたんですね」

「……なんかごめん」

「……謝ることなんて、ありがとうございます」

「……買い物、付き合うよ」



☆☆☆



 俺と武井さんは、病院近くの薬局へ買い物に出かけた。

 今日の武井さん、いつもの明るさがなく、時折塞ぎこむ。

 家訓であるはずの笑顔も見せてはくれない。


 店内では、病院にいることになった経緯を説明してくれた。


「父が息苦しいと病院を受診したのが、三日前。翔太君が私のマンションに来てくれた日ですね」

「そうだったのか……」

「翌日には、念のため検査をしてみましょうと言われて、疾患が見つかったのが、一昨日です。父はせっかちな性格なので、早く処置しようということになって、知り合いがいる大学病院に移動したのが昨日で、今現在、手術をしています」

「その……悪い病気なの?」

「いえ、そこまで重くはないようです。心臓の血管が詰まったり、狭くなることで起こる疾患だと聞いています」

「カテーテル手術か……」

「よくご存じですね」

「おじさんが医者なんだよ。だから、親せきが集まると、俺、色々聞いたりしてるんだ……」

「そうですか……母は病室で待っていてくれています。私も一緒にいたのですが買い物を頼まれたという次第です」

「……な、なるほど」


 なんだか少し気まずい空気が流れる。

 油断はできないが、そこまで危険を伴う手術でもないと思うけど――

 俺が武井さんの立場なら、やっぱり不安で仕方がないだろう――


「翔太君には……ほんとになんてお礼を言っていいか……」

「いや、俺、何にも役に立てなそうだ……」

「そ、そんなこと、少なくとも私は……翔太君が来てくれて……」


 薬局の店内でそんな話をしつつ、日用品などを買って病院へと戻る帰り道――

 武井さんはすぐに戻るつもりがないのか、病院近くの公園へ入っていく。


「……なつかしいな」

「……ええ。場所は違っても、こうやって2人でいるといい思い出が浮かんできます」

「……」

「……」


 ブランコに座って顔を伏せたまま彼女は黙ってしまった。

 病室にいたら、不安でどうにかなってしまいそうなのかもしれない。


「俺にはありきたりなことしか言えないけど……大丈夫だよ。こんなに心配してる武井さんがいる

んだ。武井さんのお父さんは何かあったら悲しませる、そうしちゃいけないと思って強い意志で手術に臨んでると思うよ。お母さんや鎧塚さんだって想ってるし、願ってる」

「でも……もしかしたらって、考えてしまって……」

「それって自然なことだよ。こんなの励ましにもならないけどさ、想いが届くことを俺は身をもって知ってる」

「どういう意味、ですか?」

「ずっと再会したいって想ってたし、願ってた。あの日のことを毎日のように思い出して、俺は後悔してた」

「い、いま、そんなこと言うなんて、やっぱり卑怯……」


 武井さんは悔しそうに口を尖らしたと思ったら、そっぽを向かれた。


「卑怯だな。自覚してる。じゃあ、無事に手術が終わったら、俺……話したいことがある」

「……だから、そういうのが卑怯なの。ポジション、奪わないで」

「口調」

「うるさい、翔太君」


 武井さんはほんの少しだけ口元を緩めてくれた。

 その顔を見せてくれるだけで、来た意味がある。


「私もお話が……」


 武井さんが言いかけた時、電話が鳴った。

 彼女はスマホの画面をじっと見つめたまま僅かに震えだす。


「出てくれませんか?」

「わかった……」


 聞こえてきのは鎧塚さんの声で――


「お嬢様、今、旦那様が病室にお戻りになりました。無事に終わったそうです」

「武井さんにそう伝えますね」

「翔太様、お願いします……ありがとうございました」

「いや、俺、何にも出来てませんよ」

「またまたそんな……では、病室でお待ちしていると」


 話の内容は聞こえたようで、スマホを彼女に返すと、武井さんの目からは涙があふれていた。


「無事に終わったって」

「はい! 見ないでください。これは泣いてませんからね」

「そういうことにしておく」


 彼女は俺の肩に身を寄せて体を震わせる。

 肩を抱くことも出来たが、鼓動の高鳴りがすごくて金縛りにあったみたいに身動きが出来なくなってしまった。

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