第13話 形勢逆転

 こちらから誘っての帰り道、武井さんの様子は昨日とは少し違っていた。

 近づいてきてはあたふたして、やたらちらちらと見られている気がする。


「今日はちゃんと家まで送っていくからな」

「な、なっ、なんで急にそんな積極的になるんですか?」

「いや、積極的というか……武井さんの家知らないから。小さいころも家には遊びに行ったことないだろ」

「なるほど……ほんとに近所なのか、怪しんでいるんですね?」

「好奇心だよ」


 怒っているようで、笑顔というなんとも面白い反応を彼女は見せてくれる。


 昨日と同じ路地へと入るが、今日は俺が車道側を歩くようにした。

 ちょっとした気遣いのつもりだった、また電柱に頭をぶつけないとも限らない――

 大したことでもないはずなのに、武井さんはわなわなした感じで、震えだす。


「い、いったい何をしてるんです?」

「なにって……当たり前のことを……実はうちの家訓には、自分に厳しく他人に優しくっていうのもあるんだ」

「翔太君、さっきから、ひ、卑怯よ」

「口調が……」

「お、おほん。私の立ち位置を奪わないでください」


 武井さん、もしかして優しくされるのが苦手か――

 いや、だけどクラスのみんなには優しくされてるじゃないか。

 避けられていると思った時と、積極性という意味では似通っているけど、気分的には全く違う。


 この関係性は幼いころをなんとなく思い出す。


「そういえば小さいころもこんな感じだったような。ケイに、いや武井さんに俺よく……あっ、鞄も持つよ」

「卑怯な、卑怯なり、翔太君」


 申し訳なさそうに鞄を俺に渡すと、武井さんは顔を赤くして先行しだす。

 ぶつぶつと独りごとを呟いていたが、やはりその顔は楽しそうで、俺も同じくらいこの状況を楽しんでいた。


 そのヘーゼル色の瞳と目が合うだけで、今は昔を思い出して嬉しさがこみ上げてくる。

 だが、何を閃いたのか、先行していたはずなのに彼女はすぐに距離を縮めてきた。

 その顔はふっと笑みを浮かべていて――


「翔太君、手を繋いでみませんか?」


 小首を傾げ、お昼までのからかい上手な表情になっていた。


「はあっ! な、なっ、なにを、手なんて繋がねえよ」

「あらあら、優しくするのが家訓だと仰っていたのは誰でしたっけ?」

「……て、手をつなぐのと優しくするのは違う」

「もしかして……思春期を迎えて異性の手を握ったことがないんですか?」


 形勢逆転を確信した武井さんは体が触れるほどに近づいてくる。

 いけない、これじゃあ謝る前と一緒になってしまう。


「う、うるさいな」

「またしても顔が真っ赤ですね」

「い、家はどっちなの?」


 幼いころよく遊んだ公園はもうすぐそこだった。


「こっちです……今、私は両親から離れて暮らしています」

「えっ、そうなの?」

「翔太君と一緒の学校に通うことを優先したがためです」

「……それはどうも」


 卑怯だ。武井さんこそ卑怯だ。


「ここです、私が住んでいるのは……」


 連れてこられたのは、俺の家からも10数分の距離にある高層マンションの前だった。

 確かに近所だ――

 そうか、マンションか。

 見つからないはずだ。一軒家だと思って探していたからな。

 

「って、こんな高級そうなところに独り暮らしかよ」


 武井さんを見ると、不自然なくらいに警戒し、辺りに目を配っている。


「どうしたんだよ?」

「い、いえ……」

「なんでもないならいいが。それじゃあ、俺はこれで。また明日」

「はあっ?! 何言ってんの! ここまで来たんだから、普通上がって行くでしょ」

「いや、さすがに部屋までは……口調」

「おほん、お茶くらいお出ししますから。さあ、行きますよ」


 手首をつかまれると、ぐいぐいと引っ張られ1つ目の自動ドアを通る。

 どうやら、俺に拒否権というのはないらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る