シンドリア国王
シンドリア国王エドモンド五世は寝室につながる自身の書斎で大いに頭を悩ませていた。今年は雨が少なく作物の収穫が思うようにいかなかった。シンドリア国に住む農民たちに大きな納税をかすのは酷だろう。ならば減った税収のほてんをどこからするかだ。
エドモンドは城の宝物庫にある財宝を貴族たちに買ってもらって、そのほてんに当てようとした。だが大臣たちの猛反発にあった。シンドリア国の財宝をむやみに流出させるとは何事かと。エドモンドは自分が国王に向いていないと常々思っていた。
それはエドモンドが愚鈍な人間というわけではない。エドモンドは善良な人間だ。例えば寒さに震えている小さな子供がいたら、エドモンドはためらいなく自身の上着をその子供にかけてやるだろう。エドモンドがただの平民ならばそれでいい、その子供に親がいなければエドモンドの養子にしてもいい。
だが寒さに震える子供が何百人もいたらエドモンドはためらってしまうのだ。国王とは時には慈悲のない決断をしなければいけないけないのだ。エドモンドは王族として育てられたわけではなかった。
エドモンドの母親は平民で、エドモンドの父アルバート三世が彼女を見初めたのだ。その間に生まれたエドモンドの王位継承権はとても低かった。アルバート三世は正妃との間に長男のフレデリックがいて、その他にも三人の貴族の側室との間にも五人の子供がいて、その中の三人は男児だった。
したがってアルバート三世が崩御した場合、エドモンドは五番目に王位継承に近い存在だった。エドモンドの母は地位が低いため王族たちに執拗にいじめられていた。小さなエドモンドの記憶にある母はいつも泣いていた。
そのためアルバート三世が崩御して、長男がフレデリック四世としてシンドリア国王に即位すると、エドモンドと母はすぐさま城から追い出されてしまった。エドモンドの母は、エドモンドが兄たちに殺されるのではと思い、城から遠く離れた小さな農村まで逃げたのだ。
その村はわけありげな母子をあわれに思い、暖かく受け入れてくれた。だがエドモンドの母はそれでも不安だったようで、村長に頼みエストラード国への亡命を願った。村の村長は母の願いを聞き入れ、エドモンドと母はエストラード国に渡った。
エストラード国で、エドモンドの母は必至に働いた。エドモンドに教育をほどこすためだ。エドモンドの記憶の母はいつも働いている姿だった。母のおかげでエドモンドはエストラード国の召喚士養成学校に入学できた。
エドモンドは母の期待に応えるため猛勉強し、見事学校を卒業し、風の霊獣と契約する事ができた。エドモンドは自身のため身を粉にして働いてくれた母のために、風の霊獣と共に必死に働いた。エドモンドはエストラード国の女と結婚した、生活は貧しかったが母と妻と慎ましやかに暮らしていた。母はエドモンドが良き伴侶を得た事を喜び亡くなった。母の晩年は穏やかなものだった。
転機が訪れたのは妻が子供を身ごもってまもなくの頃だった。シンドリア国の使者がエドモンドのあばら家にやって来たのだ。エドモンドはエストラード国に住んでいたので、自身の母国シンドリアの情勢をまるで知らなかったのだが、フレデリック四世が何者かに暗殺され、次の王位継承者たちが争い、フレデリック四世の後の王位継承者が皆死んでしまったのだ。
そのためエドモンドに順番が回ってきたのだ。エドモンドは王位を継ぐ事を拒否した。エドモンドが幼い頃の王室の暮らしは苦痛と恐怖でしかなかった。するとシンドリア国の使者はとんでもない事を言ってきた。ならば妻に宿る子供をよこせと言うのだ、王の血筋を受け継ぐ者として。
子供をたてに取られてエドモンドはしぶしぶシンドリア国王になる事を承諾した。シンドリア国王になるとエドモンドには重責がのしかかってきた。エドモンドはシンドリア国民の一人一人の幸せを守る義務があるのだ。そのため妻が娘を生み、一人で悩んでいる事に気づけなかった。
城のしきたりでは王族の子息は母親から離して育てるのが慣例だった。妻はエドモンドも側にいなく、産んだ娘とも引き離されて次第に心を病んでいった。エドモンドが気づいた時には妻は病の床に伏していた。エドモンドは妻のいまわのきわに、娘を必ず幸せにすると誓った。
エドモンドは妻の事をひどく後悔していた。自分の妻子も幸せにできない男がシンドリアの国民を幸せにできるのだろうか、エドモンドは常に自問自答していた。シンドリア国の税金問題にくわえ、エドモンド自身の暗殺未遂が起きた。
召喚士養成学校のマリアンナからも報告書が上がっていた。マリアンナの生徒が刺客の獣人にさらわれたため、仕方なく許可なくギガルド国に侵入したとの事。報告書には無断で他国に侵入した事に対する謝罪と、どんな処罰でも受けますと言う事がしたためられていた。
マリアンナはギガルド国に使者としておもむいたトーマスを無事に連れて帰ってくれたのだ、感謝こそすれ処罰なんてするわけがない。マリアンナは他にも興味深い事を記述していた。ギガルド国の王がすげ変わっていたのだ。新しい少年王は褐色の肌の少年で、顔と身体に独特の入れ墨がしてあった。マリアンナはあまり上手とはいえない絵を描いてくれていた。
エドモンドはその入れ墨に心当たりがあった。エドモンドは記憶力が良く、一度見たもの、一度聞いたことは全て覚えているのだ。この入れ墨を持つ人々は荒野に住む少数民族で、高い金属の加工技術を持っていた。
それをギガルド国の王は欲したのだ、少数民族から武器を奪い、そして他の国に武器と技術が行き渡らないようその少数民族は根絶やしにされたのだ。エドモンドはその少数民族がギガルド国に狙われている報告を受けていたのに、彼らを助けに行くことをしなかった。
エドモンドは誰にも死んでほしくない、助けを求める人がいれば助けに行きたい。だがエドモンドはシンドリア国の王なのだ。軽はずみな行動はできない。エドモンドの両手からスルスルと命がこぼれ落ちていく。きっとその少年王は一族の仇を討ったのだ。
エドモンドがうんうん唸っていると、自室に続く廊下のドアからドンッと音がした。どうやらエドモンドを守る兵士が出した音のようだ。エドモンドは未だに暗殺者に狙われている。そのため兵士たちは夜を徹してエドモンドを警護すると言いはってきかないのだ。エドモンドとしては兵士たちにキチンと睡眠をとってもらいたい。そのため警護の兵士は三時間ごとに交代してもらっている。
今の時間はケインの番なはずだ。ケインは身体が大きいいかつい外見の若者だが、気持ちが優しく少し抜けた所がある。きっとうたた寝をしてドアにぶつかったのだろう、エドモンドはクスリと笑い、ケインをからかいに行くため廊下に続くドアを開けた。だがケインの姿がない。どうしたのかと思い下の床を見ると、大柄なケインが倒れていた。
エドモンドは慌ててケインを抱き起す、すると手にべっとりと何かが付着した。何かと思い自身の手のひらを見ると、真っ赤な血だった。ケインは脇腹に大怪我をしていた。エドモンドほケインの鎧を脱がせ、自身の着ていたガウンを折りたたんで、ケインの傷に当て、自身が巻いていたガウンのひもで強く結んで止血した。止血の痛みでケインが意識を取り戻した。
「王よ、刺客です。お逃げください」
「ああ、ケインも一緒だ。逃げよう」
「っ、私の事はいいのです、さぁ早く」
「余がそなたを置いていけるわけがない。さぁ、余の肩につかまるのだ」
エドモンドは大柄なケインの腕を肩にまわし、歩き出した。ケインはとても重くエドモンドはゆっくりと歩いた。そこでエドモンドは廊下の陰に誰かがいる事に気づいた。
少女だ。エドモンドの娘くらいの少女が廊下にぼぉっと立っていた。エドモンドはいぶかしんだ。エドモンドは城に働く者、一人一人を記憶しているのだ。メイドの子供にいたるまで。だが廊下に立っている少女は全く見たことがなかった。だが少女をこのままにしておくわけにはいかない。エドモンドは少女に手を伸ばした。
「娘、ここは危ない。余たちと一緒に逃げるのだ」
するとケインがエドモンドのシャツを掴んだ。
「王よ、お逃げください。あの娘が刺客です」
ケインの言葉に、エドモンドは信じられないものを見るように少女を見た。少女がスッと右手をエドモンドに向ける、すると少女の手から炎の魔法があふれ出した。炎魔法はエドモンドの右肩に当たり、エドモンドは吹っ飛んだ。エドモンドの右肩からは焼け焦げた傷と共にぼうだと血が流れた。
エドモンドは再び立ち上がると何事もなかったようにケインを担ぎ上げると歩き出した。ケインは再三自分を置いて逃げろと言うがエドモンドは聞かなかった。エドモンドはとても弱いが一つの風魔法が使えた。
その魔法は、小さな風を起こして対象相手に当て、その風が自身に返ってくると、相手の心が読めるのだ。つまり読心術だ。他人の心が読めるなど、気味悪がられるのでエドモンドは誰にもこの事は言っていないが、生き馬の目を抜くような王宮ではこの
この風魔法を使えばエドモンドを暗殺しようと考える者の心が分かってしまうのだ。エドモンドは刺客の少女にも
だが身体の自由がきかず、強靭な精神力でエドモンドたちを攻撃しないよう溢れ出しそうの魔力を抑えているのだ。エドモンドはすぐさまあわれな少女を助けたかったが、エドモンドではどうする事もできない。エドモンドが今少女にしてやれる事は、少女の標的であるエドモンドが目の前からいなくなる事だ。
傷ついた右肩がズキズキと痛む、エドモンドはケインを抱えひたすら歩いた。長い廊下の角を曲がれば何とか身を隠す事ができる。だが背後の少女の様子をチラリとみやると、少女が自身を抑えきれなくなったらしく、少女のまわりにはたくさんの炎魔法と氷魔法が出現していて、今にもエドモンドたちに襲いかかってきそうだ。
エドモンドは観念して、ケインの頭と胴体を抱き込んだ。何としてもケインの命だけは助けたかった。頭に死んだ妻と幼い娘の顔が浮かぶ、天国に行ったら妻に謝らなければ、娘の幸せを見届けると約束したのに。
エドモンドはかたく目をつむるが魔法攻撃による痛みはおとずれなかった。おそるおそる目を開けると、そこには召喚詠唱もしていないのに召喚霊獣の
「ごめんよ、シルフィ。すぐに君を呼ばなくて」
「ああ、俺はシルフィよりも、ケインよりもずっと弱いよ。でも俺は、俺のせいで誰にも怪我してほしくないんだ」
エドモンドにそう言われると
エドモンドの契約霊獣、
「頼むシルフィ、ケインを乗せて安全な場所まで連れて行ってくれないか。俺はシルフィの作ってくれたシールドがあるから大丈夫だ」
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