白虎神

白虎神バイフーシェンは世間では少々名の知れた霊獣だった。よわい数百年、霊獣魔法力もそこいらの霊獣には負けない自負があった。そんな時、精霊の王に呼び出された。白虎神バイフーシェンは嫌な予感がした。呼び出しの要件に大体の見当がついていたからだ。


白虎神バイフーシェンよ、そなたも霊力を磨き、世に名の通る霊獣となった。そろそろ後進の育成に着手する時ではないだろうか?」


そら来た。白虎神バイフーシェンは内心舌打ちをした。霊獣のくらいが上がると、霊獣の幼体を育成する守護者に選抜される事がある。霊獣の中でも、霊獣の幼体の愛らしさを好んで、自ら率先して幼体の守護者になりたがる霊獣も勿論いる。だが白虎神バイフーシェンは、断固拒否派だ。はっきりいって面倒くさい。霊獣の幼体は小さくてちょこまかしてせわしない、白虎神バイフーシェンは穏やかな暮らしを好むのだ。


だが白虎神バイフーシェンの思いもそっちのけに、精霊の王は小さな幼体をよこした。それは小さな黒猫で、背中にはカラスのような翼が生えていた。可愛くないとは言わない。だがとてつもなく面倒くさそうだ。白虎神バイフーシェンの予想は当たった。幼体、名前を小黒シャオヘイ(仮)は、白虎神バイフーシェンの言うことを全く聞かず、ちょこまかとどこへでも行ってしまうのだ。白虎神バイフーシェンはその度に小黒シャオヘイの尻尾をくわえて自身の側へ引き寄せていた。


言い訳かもしれないが白虎神バイフーシェンは育児に疲れていたのだ。昼寝にちょうどいい雲を見つけ、雲の上で仮眠をとるつもりが熟睡してしまった。そして、あろうことか寝返りをうったひょうしに、背中に乗っかって寝ていた小黒シャオヘイを下界に落としてしまったのだ。白虎神バイフーシェン小黒シャオヘイを落とした事に気づいたのは大分時が経ってからだ。


慌てて元の場所に戻ると白虎神バイフーシェンは激怒した。探していた小黒シャオヘイは確かにそこにいた。だが人間の少年たちに石を投げつけられて傷つけられているではないか。人間という種族は何と傲慢で残酷な生き物なのだろうか。自身より弱い者には力でねじ伏せようとする。白虎神バイフーシェンは怒りのあまり人間の少年たちを一掃しようとしたが、自然のことわりに重きを置く白虎神バイフーシェンは、自身がことわりを違えてしまう事をよしとしなかった。


どうやって小黒シャオヘイを助けようかと思案していると、そこに人間の少女が現れた。少女は少年たちから小黒シャオヘイをかばってくれたのだ。自らを盾として。少女は少年たちに蹴られても、石を投げられても、決してその場を動こうとはしなかった。白虎神バイフーシェンはこの時まで、人間という生き物をうとましく思っていた。人間とは弱い者を押し付けて、強い者だけが偉そうにする下等な生き物だと認識していた。


だが少女の行動を目の当たりにして、人間に対する認識が変わった。白虎神バイフーシェンはしばらく様子を見る事にした。しばらくすると少年たちは飽きたのか、少女と小黒シャオヘイを置いて行ってしまった。少女は小黒シャオヘイ治癒魔法ヒーリングを施してくれた。小黒シャオヘイは元気になり、どうやら少女を気に入ったようだった。白虎神バイフーシェンはしばらく様子を見る事にした。決して面倒だったわけではない。


小黒シャオヘイを見守る白虎神バイフーシェンの生活は大変穏やかなものだった。少女は町を出て学校に入学した。勿論、小黒シャオヘイもくっついていった。少女は小黒シャオヘイにドロシーという名前を付けた。ドロシーとは女の名前ではないのか、白虎神バイフーシェンは不満だったが小黒シャオヘイは気に入っているようだ。


少女の生活は平穏そのものだった。そんなある日変化が起きた、少女が獣人にさらわれたのだ。勿論、小黒シャオヘイも一緒だ。白虎神バイフーシェンは慌てて後を追う。外国の城に入った小黒シャオヘイたちは魔法使いたちに攻撃されていた。白虎神バイフーシェンが助けに入ろうとすると、なんと小黒シャオヘイが魔法を使ったのだ。通常、霊獣の幼体は魔法を使えない。長ずるに従って段々と使えるようになるのだ。だが小黒シャオヘイは少女を助けるために魔法を使ったのだ。白虎神バイフーシェンは驚きと共に小黒シャオヘイの成長を喜んだ。


育てるという事は、守り可愛がるだけではないのだ。あえて危険な場所に置く事で成長する事もあるのだ。そういって白虎神バイフーシェンは、小黒シャオヘイを雲から落とした事を正当化しようとした。少女の行動を見ていると、どうやら少女をさらった獣人の仲間を救出しようとしているようだ。小黒シャオヘイを助けた時といい、あの少女はどこまでお人好しなのだろう。少女の先生という女をも巻き込んで霊獣同士の争いに発展してしまった。しかも少女の敵側には会いたくもない昔馴染みまでいるではないか。


白虎神バイフーシェンはため息をついた。なんだか面倒な事になってきた。そうこうしているうちに小黒シャオヘイの魔力がきれてしまい、防御球シールドが消えてしまった。小黒シャオヘイと少女が爆風で、壁に打ち付けられた。これはまずい、白虎神バイフーシェンが助けに入ろうとした途端、少女の前に女が突然現れた。女は少女をかばい、敵の霊獣の攻撃を受けた。白虎神バイフーシェンは驚いた、見たところ女と少女は親子というわけではなさそうだ。


少女も逃げもせず女の治療を開始した、小さいながらも少女の治癒魔法ヒーリングは的確だった。だが女の出血量が多すぎる、少女は女の死期をさとり泣き出した。子供の泣き顔は可哀想で見ていられない。白虎神バイフーシェンはたまらず少女に声をかけた。少女の名はアイシャといった。白虎神バイフーシェンの故郷の言葉はアイシャには発音が難しかったのだろう。あろう事か神の名を持つ白虎神バイフーシェンをシロちゃんと呼んだ。まぁいい、小黒シャオヘイを助けてくれた礼だ。寛大な白虎神バイフーシェンはそのあだ名で呼ぶことを許可してやった。


アイシャの治癒魔法ヒーリングと、白虎神バイフーシェンの魔法で、女は危機を脱した。その事をアイシャに告げると、アイシャは喜んで白虎神バイフーシェンの首に抱きついた。白虎神バイフーシェンは人間の子供とじかに触れ合ったのはこれが初めてだった。小さな身体ですがりついてくる様はぞんがい可愛らしかった。アイシャは小黒シャオヘイ白虎神バイフーシェンに返さなければいけないかと聞いてきた。小黒シャオヘイはアイシャにくっついて離れない。


小黒シャオヘイが望むならば仕方がない、白虎神バイフーシェンは断腸の思いでアイシャに小黒シャオヘイを託す事にした。決して渡りに船だなどと思ってはいない。アイシャは召喚士になったら、小黒シャオヘイと契約したいといった。


だが人間の召喚士と契約できる霊獣は少なくとも百年は生きていないと難しい。だが喜んでいるアイシャと小黒シャオヘイに事実を伝える事はできず、アイシャのためにこんなに早く魔法が使えた小黒シャオヘイだから、もしかしたら契約もできるのではないかと無責任な事を考える。その件は後で考えるとして、まずはこの戦いを何とか収めなければならない。白虎神バイフーシェンは時を止める魔法を解除した。

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