落ちこぼれ召喚士のモフモフ日記

城間盛平

モフモフとの出会い

アイシャは町からの帰り道を急いでいた。小脇に抱えたバスケットには焼きたてのパンがぎっしり入っていた。パン屋のおばさんがおまけをしてくれたのだ。焼きたてのパンの香ばしい香りがアイシャの食欲をくすぐる。早く弟たちに持って帰ってあげなければ。


アイシャの家は町の外れの高台にある教会だった。アイシャは赤ん坊の時にこの教会のドアの前に捨てられていた、大きなバスケットに入って。教会の神父はアイシャを憐れに思い、大切に育ててくれた。教会には稀に捨て子があり、アイシャには可愛い弟と妹がいる。アイシャは弟たちの笑顔が目に浮かぶようで、足を早めた。


アイシャは何かの声にふと足を止める、林の方から数人の子供の声が聞こえる。気になって近づいてみると、町の子供たちが何かに石を投げつけていた。


「死ね、化け物!」

「俺たちが退治してやる」


アイシャが近づいて、石を投げつけられている何かを見やると、それは猫だった。真っ黒な猫で、可哀想に小さくなっている。アイシャは堪らず大声を出す。


「やめてよ!可哀想じゃない」


アイシャの声に三人の少年が振り向く。


「何だ、誰かと思えば親なし子じゃねぇか」


アイシャはグッと息を飲み込む。この三人の町の少年たちは、アイシャたち孤児を『親なし子』と言ってイジメるのだ。アイシャの弟が泣かされて帰ってきた事が何度もある。アイシャはバスケットを置き、ツカツカと少年たちの前に行くと、グッタリとした猫を抱き上げようとした。


「てめぇ、何勝手な事したんだよ」


少年の一人がアイシャの背中を勢いよく蹴った。アイシャは前につんのめったが、小さな猫をしっかり抱きしめた。


「そいつは背中に羽が生えてる。化け物なんだよ。俺たちが始末してやるからさっさと渡せ」


もう一人の少年もアイシャを蹴る。最後の少年は、猫にした仕打ちと同じくアイシャに石を投げつけてきた。アイシャは四つん這いになり腹の下に猫を庇うと、奥歯にグッと力を入れた。アイシャは絶対にこの場を動く気はなかった、少年たちがこのバカげた行為に飽きるまで。


少年たちはアイシャが泣きもせず動かないでいる事に段々と興味を無くし、アイシャの持っていたバスケットを蹴り倒して行ってしまった。アイシャはゆっくりと身体を起こし、腹の下に庇った猫を見た。確かに変わった猫だった。その猫は、真っ黒で、背中にはカラスのような翼が生えていた。全身傷だらけで力なくグッタリとしていた。


アイシャは黒猫を優しく芝生に横たえると、両手を黒猫の上にかざした。アイシャの手が光りだす、すると黒猫の傷がみるみる治っていった。アイシャが唯一使える魔法、治癒魔法ヒーリングだ。黒猫は今まで感じていた痛みが嘘のように無くなってびっくりしたようだった。目の前のアイシャが助けてくれた事に気付いたのか、ニャアと鳴いて礼を言っているようだった。


「ごめんね、ひどい事して」


アイシャは途端に悲しくなった。こんな小さな動物に乱暴するなんて、人間はなんて残酷な生き物なのだろう。自分もその一人だと思うとやりきれない気持ちになり、アイシャの瞳からはボロボロと涙が溢れてきた。黒猫は急に泣き出したアイシャを不思議そうに見つめてから擦り寄ると、アイシャの頬の涙をペロペロ舐めた。アイシャは泣きながら黒猫を抱きしめた。




町にある唯一の教会の神父、ロナルドは非常に頭を悩ませていた。教会の養い子であるアイシャがもうすぐ十三歳になる。このシンドリア国では親の援助が受けられない子供は、国が子供を支援して、学校に入学させてくれるのだ。学校を卒業し、国の試験を受け、合格すれば国のお墨付きを得られるのだ。そこで、アイシャをどの学校に入学させるかだ。アイシャには魔力があるが、魔法学校に入学できるほどではない。アイシャが唯一使える魔法は治癒魔法ヒーリングのみ、アイシャの治癒魔法ヒーリングは中々のもので、町に怪我人が出ると医者よりも先にこの教会に運ばれるのだ。治癒魔法ヒーリングを含む医療学校も考えたが、アイシャは勉強の方はどうにも向いてないようだ。残るは召喚士を育成する、召喚士養成学校だ。召喚士は魔力が弱くても、精霊や霊獣と契約して、その霊力を借りて使う事ができるのだ。ロナルドがうんうん考えこんでいると、養い子のシンがロナルドの服の裾を引っぱった。


「神父さま、アイシャ姉遅いね」


ロナルドはそこではたと気がつく、町のパン屋にお使いに行かせたアイシャの帰りが遅いのだ。心配になって玄関に向かおうとした途端、居間のドアが開き、アイシャが入って来た。服は泥だらけで頭からは血が出ていた。アイシャの足元には黒猫がいた。


「どうしたんだアイシャ、そんな怪我をして」

「ごめんなさい神父さま、バスケットを蹴られてパンを落としちゃった」


アイシャは黒い瞳からボロボロと涙をこぼし、泣き出した。ロナルドは泣きじゃくるアイシャを抱きしめながら、ゆっくり話をするよう促した。アイシャはグズグズ鼻をすすりながら、町の少年たちが黒猫をイジメていた事。少年にバスケットを蹴られて、焼きたてのパンを落としてしまった事。


「アイシャ偉かったなぁ、お前は小さな命を守ったんだ」


ロナルドはアイシャの怪我した頭に手をかざすと、治癒魔法ヒーリングを使った。アイシャほどではないがロナルドも治癒魔法ヒーリングを使えるのだ。養い子たちの怪我が絶えないので、練習したのだ。アイシャはよっぽどの怪我ではない限り、自分に治癒魔法ヒーリングを使わない。以前にロナルドが何故かと尋ねると、アイシャははにかんで言った。


「あたしの魔法は自分の為じゃなく誰かの為に使いたいの」


ロナルドはアイシャに高潔な魂を見た。アイシャは他の人間とは違う、そんな気持ちにさせる少女だった。やっとアイシャが落ち着くと、ロナルドは足元の黒猫に目を向けた。これは、ロナルドは驚いた。この黒猫は霊獣の幼体だ。霊獣は自然界の中で生み出される。数百年年月を経た霊獣は膨大な霊力を持つが、生まれたばかりの霊獣の幼体は無力な存在だ。本来ならば、生まれ落ちた霊獣の幼体は、霊力の強い霊獣が守護するはずなのだが、この霊獣の幼体はどうやら守護者がいないようだ。黒猫のような霊獣は、しきりにアイシャの足にまとわりついている。どうやらアイシャはこの霊獣に懐かれてしまったようだ。ロナルドは確信した、アイシャは召喚士養成学校に入学させる。


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