異聞奇探偵譚

@tom0415

序章

 商店街のアーケードをくぐって、三本目の路地裏に入る。並ぶ室外機の上で、今日も野良猫のハルがのんきに丸くなっていた。

 薄暗い路地に光は差さない。春にしては暑い日中に寝るには、恰好の場所なのだろう。それにしても、年がら年中いるような気もするが。

 ハルに挨拶を済ませて、植木鉢を飛び越える。どけてもどけてもいつも同じ場所にある植木鉢には、何か憑いているのではないだろうか。先生に相談してみようかと思うけれど、事務所に着く頃にはきれいさっぱり忘れているのである。

 要は、いつもと同じ日常で、変わり映えのしない日々を繰り返しているのに過ぎない。それが退屈ではなく、むしろ幸せだと思えるようになったのも、あの一件からであった。


 障害物を越えた先を右に曲がり、蜘蛛の巣をくぐって、さらに左に曲がる。大事なのは、曲がった先で止まること。そうしないと、落ちて怪我をする。これは経験談だから間違いない。先生もどうしてこんなところに事務所を建てたのか。客も来にくいだろうし、助手の僕らも、買い物に行くたび苦労する。

 曲がり角のすぐ下に広がる階段を慎重に下りる。これがまた、急なのである。引っ越せばいいのに。

 いつか言ってやろうと密かに決意しながら、白い扉に掛かっているプレートを表に返す。

 これまた白いプレートに書かれているのは、「異聞奇探偵事務所」の文字。

 先生の事務所であり、僕らと先生が暮らす家でもあった。

 白いプレートは、埃が目立つ。ふわふわとした埃を払いながら、最初に来たときのことを思い出す。

 あの日と同じように、僕らはドアノブに手をかけた。


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