第19話

 日が完全に落ち、神がいつ現れてもおかしくない時間となった。

 トビーたちは戦闘の態勢に入るため、立ち位置を決めた通りに変える。前衛をティーアと紗利奈、後衛にベルチェ。トビーは遊撃に入れるように中衛となり、龍蛇は全員を守れる位置として最前線に構えた。


『我が壁になるとは……まぁ、我に比べれば神の尖兵など有象無象だがな』

「龍蛇、頼むゴフ。もし大量に敵が出たら暴れてくれゴフ」

『フンッ、言われなくとも分かっておる。神をも食らってやろうではないか』

 言葉には棘がありつつも、実は龍蛇は魔王城での生活を気に入っていた。出される食事は魔族領から集められた山ほど果実であり、思う存分に食べられたのだ。

 神を倒した暁には自身の住む洞窟へ定期的に果実を届けるよう、魔王には宣言してある。龍蛇としてもメリットのある戦いなのだ。


 意外にも頼もしく思える龍蛇をトビーが見ていると、ふと背後から魔王が近づいてきた。何か話があるのだろうかとトビーが聞こうとすると、魔王はこう言う。

「紗利奈よ、少しよいか」

「私? 何か用?」

「うむ。我輩が思っているだけだが、この戦い、特に皆の戦いは紗利奈が鍵だと思うのだ。それを伝えようと思ってな」


 そんな事を言われ、紗利奈は目を丸くした。トビーも思わず聞きに入る。

「紗利奈、お前の持つ聖剣はただの剣ではない。神の作りし神器とも、魔力を込められただけの魔剣とも違う。人間達の思いが集い作られた、真の意味での聖剣だ」

「人間たちの思いって、特殊な剣ってこと?」

「そうだ。かつて人間が我輩を倒そうと意思を結集させ、精霊の力を借りて作り出された剣よ。込められた思いが力になる、祈りの力だな」


「それは知ってるけど……それが重要ってどういう?」

「神は神器では殺せん。従ってその兵にも効かぬだろう。だがその剣なら、人々の作りし思いの塊ならば刃が通るかもしれぬ。雑兵ならば関係は無いだろうが、もし面倒な敵がいたのならばその剣に頼る、いや、違うな――」


 魔王は言葉を区切り、言い直した。

「自身の思いに任せるとよい。その剣は、心の在り様を力にするのだ」

「似たような事オルドンにも言われた、でも意味が分かんないんだけど」

「ふっ、それは自身で考える事だ。思いを一つにすると考えれば、聖剣も力を貸してくれよう。それが例え、一人でなくともな」


 言い終えると魔王は玉座へと戻って行く。残された紗利奈とトビーは、顔を見合わせて口を開いた。

「……結局、どういう意味なんだろ」

「分からんゴフ。魔王様もオルドンも難しいこと言うゴフな」


 考えてもしょうがないので、二人は立ち位置へと行くことにした。魔王を守るように、その前方に展開する。

 何時来るのだろうか。トビーは高鳴る心臓を感じた。普段ならば一瞬の時間が、薄く引き延ばされて永遠にも思えるようだった。


 嵐帝の剣の握りが汗で滑るようだ。トビーが胴着の裾で汗を拭こうとすると、魔王が唐突に声を発した。

「来るぞ」

 その一言で、全員が意味を理解する。

 それからすぐに、トビーたちは全身が泡立つような感覚を総身に浴びた。


「やあやあ、お出迎えかい? 蛇にゴブリン、巨人に半魔、人間と勢揃いじゃないか。ここは種族の展覧会か何かかな」

 瞬きはしていない。それなのに、トビーたちの前方には白が居た。

 肩に掛かるほどの髪、肌は陶磁器のようで美貌は絵画でも表せぬほど。一枚の布を身体に巻きつけただけのような服を着て、その全てが純白。瞳だけが青に煌いているのが、異様に浮いて見える。


 神ナレアスが、そこに存在していた。


「ドアを叩きもせずに現れるとは、神とは我輩が思った以上に品が無いのだな」

 魔王は椅子に座ったままに声を掛ける。すると、ナレアスは面白そうに笑った。

「あははっ、この世界はボクの物だ。全てはボクの箱庭なんだから、ノックは必要ないよね? 魔王城なんて言っても、所詮はハリボテさ」

 口角を吊り上げ、ナレアスは笑う。優しさの欠片もない、不気味な笑みだ。嘲笑うよりも性質の悪い表情で、ナレアスは続ける。


「さあ、東雲紗利奈。それとトビーだっけ? 言った通りにゲームをしようか。ボクが魔王を殺したら勝ち、守れたら君達の勝ちだ」

 ニタニタと、顔を変えずにナレアスは言う。

「とは言っても、君達はただの人間とゴブリン。ボクとじゃ釣り合いが取れない。そこで、とても優しいボクは面白い道具を用意してあげたよ」


 ナレアスが両手を広げる。瞬間、猛烈な気配が全身を叩く。

 神から溢れる神気ではない。もっと獰猛な、殺意の塊の様であった。

「召還の魔法!? いや、違う。神の力で何か呼び寄せてるみたいよ!」

 ベルチェが展開された力を読み取り、全員に聞こえるように声を発する。

 それを聞いていたナレアスは微笑んで言う。


「鋭いね。そう、ボクも仲間を用意したんだ。君達ばかり仲間がいては、不公平だろう? 集めるのにも苦労したんだ、楽しく遊んでほしいな」

 閃光が謁見の間を光に包む。思わずトビーたちは目を瞑り、腕で顔を隠す。

 光は一瞬の事で、すぐに目を開けられる。だが、目の前には白が広がっていた。


 姿形は様々なれど、同一の白で塗り潰されたような鎧が幾十も現れていたのだ。人より小さいもの、大きいもの、太い細いと多種多様。別々の鎧に色を塗っただけにしか見えない。

 鎧は無手ではない。これまた様々な武器を両手と言わず背や腰にも可能な限り装備しており、色以外は全く統一感のない集まりだった。

 一番目を惹くのは、集団の置くに佇む巨大な鎧。巨人族かと思うほど、見上げるような体躯をしていて、その手には柱の如き剣が握られている。


 全て、明らかに上位種と感じる。存在の格が、幾つも違う。

 トビーは瞬間的にそう思い、頭を横に振った。

「勝つゴフ。全部ぶっ倒すゴフな!」

 弱気になるなと自分を叱責。戦闘への気持ちを昂ぶらせ、嵐帝の剣を構える、


「はは、精々足掻いてみせてよ。これ全部を倒したら、ボクが相手をしてあげよう。魔王も協力していいよ、ボクと戦う前に力を消耗するだろうけどね」

 言いながら、ナレアスは宙に浮かんでいく。足の先から透明になり、徐々に身体が宙に溶けるかのようだ。

「さあ、ゲームの開始だよ。よーい、スタート! はははっ!」

 笑い声を反響させながらナレアスが宙に消え去る。

 白の鎧は、主が消えたと同時に動き出した。


 数は、ざっと見て五〇近く。正面から戦えば数に押し流される、かと言って徐々に減らそうにも囲まれるのが早いだろう。

 トビーは知恵の実の効力を活かして高速で思考して、活路を探し、

 最初の一手、それを見つけた。

「龍蛇、奥のでかいやつ止めてくれゴフ! アレに暴れられたら危ないゴフな!」

『ふんっ、子鬼に指図されるのは癪だが、いいだろう。あれは相当に面倒に見える。我が相手するのに相応しいな』

「ベルは龍蛇の通る道を作ってくれゴフ! 思いっきり頼むゴフ!」

「分かったわ。全力全開で行ってやるんだから!」


 動き出す龍蛇と、懐から出した魔石に魔力を呼応させるベルチェ。それを見て、トビーはティーアと紗利奈に声を掛けた。

「龍蛇が突っ込んだら、ベルを守りながら戦うゴフな。数が多いから魔法で一気に減らしてもらうゴフ」

「了解。トビーって意外と策謀タイプだね」

「わかりましたです。ベルさんもトビーさんも守るですっ」


 剣を構えながらに二人は答え、トビーはそれを聞きながら白の鎧を見る。

 足並み揃えて歩み寄って来る鎧。一つの塊の如く整然としたそれらは、各個の感情など介在せずに剣や槍を携えて前進し続ける。

 生半可な攻撃では崩壊させられない。そう思わざるを得ない光景だが、それを打ち破る綺麗な響きを持った声が戦場を駆けた。


「最初っから本気よ!! 原初の灯火オリゴー・イオーアスッ!」

 元気な声と共に、赤い火球がトビーの背後から飛翔する。ベルチェの心が鏡に映ったように煌々と輝くそれは、魔石を核として顕現した最強の火魔法。

 決して速くはないそれは、白鎧のど真ん中へ落ちるように飛ぶ。内包する火力を最大限に発揮する為、最も密度の高い場所へと。


「いくわよ、爆裂してエルプティオッ!」

 ベルチェが追加の魔法を発動。原初の灯火が急激に拳大だった大きさを膨張させ、内に秘めた鉄すら溶かす熱量を増大させていく。

 中天に昇る太陽の如く丸々となった灯火は、臨界点へと突入。

 瞬間、爆音を城を揺るがす振動と共に解放した。


 視界を朝焼けよりも赤く染め上げ、熱線は辺りを蹂躙する。

 灼熱の炎が存在したのは刹那の事。しかし軽く火に舐められただけの鎧たちは、その身を飴細工よりも柔らかく地面にへばり付けさせられた。

 ざっと見ても一〇体は形を人で無くし、周囲の数体も半身を消失させていた。


「……とんでもないゴフな」

「ふふんっ、どんなもんよ!」

 ふんすっと偉そうに胸を張るベルチェ。神の尖兵が相手だとしても、彼女の高飛車な態度はいつもの通りであった。


 元気そうな様子をしているものの、トビーは気づいている。最強魔法をアレンジして使用したベルチェは、魔石を介しての発動とはいえ気力を消耗させていると。

 多少の休憩をしなければ次の発動は行えないだろう。その間、仲間の中で最大火力を持つ彼女を守らなければならない。


「ベル、ちょっと休んでからまた頼むゴフ。オレたちで守るゴフな」

「分かったわ。少し疲れただけだから、すぐに準備するわね」

『我は行くぞ。奴らめ仲間が炎に包まれようと意に介さぬ』

 しゅるりと龍蛇は身をくねらせ、森で草花を蹴散らすかの如く鎧を跳ね飛ばして猛進した。一〇メールルを越える巨体を止められる存在は居なく、予定通りに大型の白鎧に接敵。身体を巻きつけて動きを止めた。


『む、こやつ力が強い。我が抑えている内に雑魚を散らせ! そう長くは動きを止めていられぬぞ!』

 ギリギリと鎧を締め付ける龍蛇だが、彼の巨体を以ってしても大型の白鎧は身を拉げる事無く現存している。

 敵が接近してきたことにより、周囲の鎧たちは龍蛇へと攻撃を仕掛け始める。尋常ではない生命力を持つ龍蛇はすぐさま死ぬ事はないが、時間の問題だ。


「急いで他のを倒すゴフ! 無理はしないで着実にやるゴフな」

「よし、勇者の力ってのを見せてあげますか!」

「わたしも、巨人の力を証明するです!」


 ベルチェを守るように前衛として立つティーアと紗利奈が同時に剣を構える。

 ティーアは宙割りの剣へと巨人の雷を流し、轟く雷鳴を響かせた。長大な刀身は電流を弾けさせながら光り輝き、一度触れれば全身を焼き尽くすであろう。

 紗利奈は覇道の宣誓によって身体を強化。祈りの聖鎧の補助効果も乗せて岩壁の如き耐久度を得る。聖剣も僅かに発光しており、その力を発揮しているようだった。


「はぁあああッ!」

「オルド流【戦舞】五月雨ですっ!」

 紗利奈は繰り返しの中で手に入れた我流の剣術で、ティーアはオルド流の連続切りで白鎧を迎撃する。

 紗利奈が的確に鎧の隙間を縫うように切り裂くのに対し、ティーアは一振りで一刀両断。方向性は違うものの、神の兵を相手にしても一歩も退かぬ戦い振りだ。


 トビーはその光景を横目で見ながらも、その場を離れて囲むように接近してくる鎧へと突撃する。数は依然として敵の方が多い為、袋のように囲まれてしまえば窮地に陥るからだ。


 白鎧の攻撃は、硬く速く重かった。量産品の剣ならば打ち合っただけでズルリと切り落とせる嵐帝の剣であっても、しっかりと受け止められる程に。

 隊列を組んで歩く姿は俊敏には見えなかったが、その実どう考えてもトビーと同じ程度には素早い。トビーは履いている風雷蹴りの効果で風魔法を強化してすばしっこく移動するが、それに追いついてくるのだ。


 だが、所詮は戦いの経験の無い人の形をしただけの物。戦闘経験ではトビーが上回っており、安直に繰り出される切り払いは容易く山茶花で打ち返した。

 風を纏わせた嵐帝の剣は、その切れ味を爆発的に高める。音も無く鎧は切断され、寸胴を叩いた様な音を鳴らしながら地面に崩れた。


 一体倒せばすぐ次の目標へ。トビーは遊撃としてのポジションを活かして続々と攻め入ってくる白鎧を切り飛ばす。

 破格の性能を持つ武器があるこその行動だが、トビーは冷静に自分に出来る事を行った。調子に乗らず、ただのゴブリンらしく出来る限りを尽くす。


 ティーアと紗利奈は呼吸が合っているかのように互いに互いを守りながら、ベルチェへと道を開けないように戦う。

 ティーアが合わせているというよりも、紗利奈がティーアに動きを同調させているのだ。それは、トビーの記憶を共有しているからこそ可能な芸当。繰り返しの記憶の中で見たティーアの癖や動きは、頭の中にしっかりと刻まれている。


 理論的な事は難しくて分からないが、感覚的な表現ならば随一の才覚を持つ。紗利奈はその能力によって繰り返しを旅し、力を磨いてきたのだ。

 呪具を使用しなくとも、ただ武器を振るだけなら経験で行える。力が圧倒的に落ちてしまっているのは事実だが、それを補える経験は溢れるほどにあった。


 ティーアは紗利奈が合わせているのに気づいており、しかし紗利奈の動きの癖が分からないために安定した動きを行った。無理な挙動は控えて確実に受け流し、着実に一撃で鎧を断裂させる。


 雷の投槍トニトゥ・クリスは使用できる回数が限られている上に、明確な隙が出来る技なので使わない。巨人らしくその膂力を活かしての力技で迫り来る敵をなぎ倒す。

 その内にベルチェも戦線へと復帰し、今度は変化を加えずに原初の灯火を撃ち放った。炸裂させなくとも火力は十二分であり、一度に数体を巻き込んで消滅せしめる。


 これならば勝てる。確実に減っていく鎧を見たトビーはそう考え、

『ぬぐぅ、がああああああッ! もう持たぬ、悪いが解き放つぞ!』

 龍蛇の絶叫によって、それは早合点だと思わされた。

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