【短編】ジュブナイル・シンドローム
阿部藍樹
【1】
僕は、死んだら墓に入りたくないって思っている。両親にもそう言っているし、そういう遺書も――高校生がネットで調べて、見様見真似で書いた遺書に、法的な拘束力があるのか、あるいは、親心という心情に対する心理的な拘束力があるのか、僕には分からないけど――でも、そういう遺書も、僕の部屋の、机の一番上の引き出しの中に、ちゃんと入っている。
書いたのは去年の夏で、その日は、僕が、自分は「病気」なんだって知ったちょうど2年後に当たる。
「あはは。そういうのって、よくないと思うよ」
病室のベッドで笑いながら君は言う。僕はその日も、君の好きなチーズタルトを買ってきた。君と同じ店だ。君が来るときは、僕の好きなバターソルトのラスクを買ってくる、あの店。
「どうしてだよ?」
「どうしても」
そう君は言う。
直接言ったら、君は確実に否定すると思うけど。「なんでも」とか「どうしても」とか、そういう言葉を同年代の女子に使われれば、男子高校生は屈服するしかないんだと、君は多分、心の奥の方で理解している。
結構、理不尽だよな。男子。
最後には、まあやっぱりだけど、屈服してやらないといけないし。
こういうのも、男女差別だよな、とか僕は思う。
「だって死んだあとにどうするかって、遺された人の為のものでしょ?」
大人ぶってそんな正論を言う君に、僕は口をとがらせる。
「僕の体は僕のものだろ。死んだら遺された人のものって、遺産相続じゃないんだからさ」
そう言うと君はまた、おかしそうに笑う。それなりに真面目に言ったつもりだったのに。
「やっぱさ、ずれてるよね、君」
そう付け加えて、こらえきれないという風に、笑う。
すねたように、僕は君から視線を逸らした。
ベッドサイドに置かれた花瓶の向こう側。窓の外の空を僕は仰いだ。
青い。果てしなく、どこまでも青い。その先に宇宙があるとか、宇宙の先に果てがあるとか信じられないくらいに青かった。
飛行機雲がまっすぐに引いて、かすれて、消えていく。まるで、届かない手紙みたいに。
僕は空を見たまま、君に訊く。
「なあ」
「ん?」
「僕ら、死んだらどこに行くのかな」
「お墓の中」
「あのさあ……」
思わず、少しいらっとして振り向いたその先に、深く、澄んだ色をした君の瞳と微笑みがある。
窓の外の空みたいに。
「じゃあ、死んだらさ」
君が、ベッドに突いた僕の手の、その指先にかすかに触れる。
「私たち、一緒のお墓に入ろうよ」
僕ら、もうすぐ死ぬ。今年の夏だ。
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