24.彼女の名前

 冒険者ギルドからの特別な依頼、イースト・エンド再建を引き受けた俺たちは拠点にしている宿屋に戻った。

 ギルドから歩いているうちに日は沈んでいた。


「さて、大仕事を引き受けたわけだが、それはそれとして」


「デュラハン討伐成功のお祝いです!」


 というわけで、俺はシアと乾杯した。


 デュラハン戦の前に宿の女将さんには宴会の準備をお願いしておいたので、俺たちのテーブルには豪勢な料理が並んでいる。


 金貨百枚吹っ飛ぶほどとはいかないが、厚みのある肉に具材たっぷりのスープ、そして結構お高い酒とかなりの豪華さだった。


「あの悪口大会の時から思ってたけど、ここの料理って美味しいよな」


 俺は切り分けた肉をフォークで刺しながら言った。

 あの時は元パーティの悪口に夢中だったが、そんな状態でもここの料理の美味しさは印象に残っていた。


「でしょ? 落ち着いた雰囲気なのもいいですよね」


 ジョッキの酒に口をつけてシアが微笑む。


「もっとも、俺たちはその落ち着いた雰囲気の店で好き放題に悪口を言い合ってたわけだが……」


「それは、まあ……」


 俺同様、シアも少し後ろめたさを感じているらしかった。


「でも、ここの料理とお別れだと思うと寂しくなりますね。女将さんも口数は少ないけどいい人ですし」


 名残惜しむようにシアは酒場を見回した。


「いや、イースト・エンドに行くからってこことお別れってわけじゃないぞ」


 俺が言ってやるとシアはキョトンとした。


「なに言ってるんですか、グラッドさん。ここからイースト・エンドまではどんなに急いでも三日はかかるんですよ……って、まさか……」


 反論の途中で気づいたらしく、シアはまじまじと俺を見た。

 そう、位置替えのスキルを持った、この俺を。


「嘘でしょう! こんな長距離でも位置替えで移動できるっていうんですか!」


「王国の端と端でやったりしない限りは大丈夫だよ」


 俺は笑って答えた。


 位置替えの有効射程に関しては師匠といた頃に検証したことがある。

 その結果、俺の位置替えは五つ先の町からでも使えたのだ。


 というか、俺も師匠も面倒になったのでそれ以上の距離では試さなかった。

 印をつけた物を置いて、そこから何日も移動して、それから位置替えをして移動できるかどうか試すというのは手間がかかって嫌になるのだった。


 俺の感覚としては五つ先の街より遠くでも行けそうではあるが、限界はあると思っている。

 位置替えで国の端から端まで移動するとかは流石に無理だろう。


「はー……本当に反則みたいなスキルですね……」


 シアは感心半分、呆れ半分といった感じだった。


「長距離を位置替えで移動するとなると、移動先の安全を確認しておかないといけないからそこまで万能でもないんだけどな」


 師匠との検証の時もこの辺りが面倒だった。


 最初は街の広場に印をつけた石を置いて、それから隣の街まで移動して自分と石の位置を入れ替えてたんだが、スキルを使うと俺が突然広場に現れるものだから騒ぎになって大変だった。


「十分すぎるくらい万能だと思いますけどね……でも、ここの料理とお酒がこれからも楽しめるのは大歓迎です」


 シアが言った。


「俺もそう思うよ。女将さんに事情を話して、部屋は借りたままにさせてもらおう。位置替えの印をつけたものを部屋に置いておけば、いつでも行き来できる」


 俺は触れているものであれば自分と一緒に位置替えで移動させられるので、シアを連れての移動にも問題はない。


「いつでもここに帰って来られるなら安心ですね。イースト・エンドはかなり危険なところみたいですし」


「ギルドマスターの話だととにかくモンスターが多くてどうにもならないらしいな」


 俺は昼間聞いたコートランドの説明を思い出していた。

 イースト・エンドにも人は住んでいるのだが、あまりにも頻繁にモンスターの襲撃を受けるせいでまともな生活が成り立たないらしい。


 今までの領主も匙を投げているそうだから、よほど深刻な状況なのだろう。


「基本的にはモンスターを狩って、街や村の防備を整える手伝いをするってことでしたね」


 シアが言った。


「ああ。資材運搬の類は位置替えが使えるから、かなり役に立てると思う」


 俺はうなずいて言った。

 ギルドマスターが俺に目をつけたのもこのあたりが理由だろう。


「グラッドさんとは相性抜群の仕事ですね」


 シアがくすっと笑う。


「でも、モンスター退治の方は二人だけで大丈夫なんでしょうか。私のスキルもグラッドさんのスキルも集団戦向きではありますけど」


 シアの指摘はもっともだ。

 俺のスキルは敵が多ければその分だけ印をつけられる物が増えるわけだから、集団戦には向いているし、師匠と訓練もしている。


 シアのストック・リリースもあらかじめストックしておけば魔法を連射できるわけだから、集団戦はこなせるだろう。


 ただ、そうは言っても二人だけでイースト・エンドを荒らす大量のモンスターを退治できるのかは微妙なところだと思った。


「ギルドの方で支援してくれるんじゃないか? ギルドマスターも助っ人を用意するって言ってたし」


 俺はシアに言った。


 別れ際にコートランドはそう言っていたのだ。

 どういう形になるのかはわからないが、何か手は打ってくれているようだ。


「うーん、考えていてもよくわかりませんね」


「だなあ」


 結局のところ、現地に行ってみないことにはどうにもならなそうだ。


「となれば」


「今は宴会を楽しもうか」


「ですね! では、乾杯です!」


 というわけで、俺とシアはまたジョッキを打ち合わせた。

 その日は二人で存分にデュラハンへの勝利を祝ったのだった。




 それから三日後、俺たちは再びギルドマスターの元を訪れていた。

 デスクに座る彼の横にはいつもの受付係さんが控えている。


「さて、いよいよイースト・エンドに向かってもらうわけだが、君たちには助っ人を用意した」


 コートランドが言った。


 前に話していた件だな。

 どんな人を用意してくれたんだろう。


「紹介しよう、メルクリア君だ」


 コートランドはそう言ったのだが、部屋にいるのは俺たち四人だけだ。


「メルクリア? 誰ですか?」


「私です」


 聞き返した俺に、あの受付係さんが淡々と答えた。

 助っ人って、この人だったのか。

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