Case ■-8.What will reach her.

 東雲しののめ家での滞在時間は一時間半ほどだった。玄関先へと出ると、来たときとは違って日影になっている。けれど、むせ返るような暑さは相変わらずだった。


「いいの? もうちょっとしたらたぶんあの子も帰ってくると思うけど」

「いえ、大丈夫です。突然うかがったのに、そんなに遅くまでお邪魔するわけにはいきませんから」


 それに、これ以上俺がここにいても仕方ない。


「あの……ひとつだけ、いいですか?」

「なにかしら?」

「どうしてその……弟さんの話を、俺に?」


 いくら部長と同じ部活だと言ったところで、あかねさんとは初対面。どこの馬の骨ともわからない俺に込み入った話をする理由は見当たらない。


「そうね……」


 茜さんはあごに指を当てて、考える仕草をする。その姿は、部長によく似ていた。


「あなたが、あの子のことを大切に思ってくれているから、かしら?」

「俺が、ですか?」

「ええ」


 柔らかい笑みが向けられる。


 大切に思ってる? 俺が? 部長を?


「えっと、茜さん」

「どうしてそう言えるのかって顔ね。そんなの、あなたを見ていればわかるもの。それに、あの子のことも」


 そこまで言うと、茜さんの笑みが少しだけ変わる。少しだけ、寂しいものに。


「こんなこと言ったら母親失格かもしれないけど……あの子のこと、よろしくね」

「え?」

「きっと今、あの子に言葉が届くとしたら、あなたの言葉だと思うの。私や、他の誰でもなくて」

「俺の……」


 言葉が、届く。


「ちゃんとあの子と話せたら、またいらっしゃい。今度はちゃんとおもてなしできるようにするから」

「……がんばって、みます」


 そう答えることしかできずに、東雲家を後にした。


 気がつけば夕立が来ようとしているのか、空は灰色に染まっていて。分厚い雲が世界中を覆っているみたいだった。

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