ゆしかと真心

ヴァゴー

夏は恋

夏・第1話 円満な別れ話①表へ出ろ

 ゆしかは宣言した。


「わたしは君たちに、円満な別れ話をしてもらうために来た」


 休日の昼下がり、ランチの客もひと段落して空席も多いファミリーレストランのボックス席に、四人の男女が座っている。

 ゆしかは女で身体は小柄だが、肩に付くか付かないかの髪は無造作に跳ね、青いボーダーTシャツに七分丈ジーンズ、スニーカーという服装もあって少年と見まごう。


「このひとがゆしか先輩。あたしが高一のときの高三で」


 隣のまなが掌で差して説明する。白い半袖ワイシャツに混のプリーツスカート、ひと目で女子高生と解る格好だ。透けるのを気にしてか、サマーベストを重ねている。

 身長はゆしかより十センチは高く、髪はライトブラウンに染め、左側でひとつに括っている。化粧で目鼻立ちを強調しており、身体つきもゆしかより明らかに女性だ。


「えっと……後輩の間違いじゃねーの?」


 真香の正面に座るしようが訊いた。真香に似たような茶髪で、額を出して左右に分けた髪は外側へ跳ねている。顔立ちはそこそこ整い、耳には複数のピアス穴が空いていた。服はロング裾のグレータンクトップに柄リネンシャツを合わせており、下は腰履きのハーフパンツだ。


「歴とした成人だけど、なにか?」


 ゆしかは毅然とした態度で言った。現在真香は高三であり、二年先輩のゆしかは大学二年生だ。翔二は真香と同じ学年である。


「や……むしろ中学生つか」

「ゆしか、落ち着けっ!」


 立ち上がらんばかりの勢いで手を掲げたのは、翔二の隣に座る男、ごころだ。


「はあ? むしろお前が落ち着けし」


 ゆしかがつまらなさそうに一瞥する。が、握るドリンクバーのプラスチックカップは小刻みに震えていた。


「別に、なんとも、思ってない、し?」

「あの……この目つきの悪いおっさんは誰?」


 翔二が隣の真心を親指で示して訊いた。答えを求め、真香もゆしかを見るが、


「どうぞ」


 ゆしかは真心自身に発言を促す。溜息をつきながら真心は居ずまいを正した。


「……俺はいわしげ。ゆしかの友人だ」

「なんでここに? あとダチの割に、結構歳いってそうだけど?」


 無遠慮な視線と物言いに少々カチンと来る。


(いやいかん。俺がキレてどうする)


 確かに真心はアラサーであり、目つきが悪いのも自覚している。


「実は、俺が聞きたい」真心は余裕ぶって掌を裏返す。「何故俺はここにいるんだ」

「その歳で記憶障害かぁ、真心」ゆしかが愉快そうに手を叩いて笑う。

「お前が呼んだんだろうが!」大人の余裕演出、終了。

「なんだ、解ってんじゃん」

「わけも解らずとにかく来いって言われて、来てみたら知らない若者の隣に座らされ、『円満な別れ話』だ? 帰っていいですか!?」

「駄目」


 そんな選択肢は存在しない、という断定口調で言われ、真心は言葉に詰まる。


「あのね、真心。今はお前が主役じゃないの。解る? このふたりのことを解決せにゃーならん時間なのだよ。とりあえず黙って聞けないかな?」


 子どもに言い聞かせるような物言いに、「理不尽過ぎるだろ!」と言い返したくもなったが、真心は震えながら耐える。「はい」とうなだれ気味に頷くしかなかった。

 このふたりはどういう関係なんだろ? という目で真香が真心とゆしかを交互に見るが、「よそ見してないで、あんたはあんたの敵を見る」と頭を掴んで固定された。


「さて本題に入ろう。わたしは真香に相談されてここにいる。翔二君。君、真香と二ヶ月前から付き合ってて、最近別れたいって言われたんだよね」

「……ああ」ふて腐れたような顔で、翔二は唇を歪ませる。

「で、ごにゃごにゃ理屈を付けて別れない、と。真香、まずはあんたの言い分を聞こうか」


 ゆしかはストローでコーラをすすり、真香に手で促す。


「えっ。えっとぉ……なんか違うっていうか……付き合う前は優しいひとだと思ってたけど、翔二君デートとかしても面倒臭そうだし、あたしが話しててもつまんなさそうだし」

「ああ、まあ、こいつなに言いてーんだろうと思ってるよ。結論ねーし」

「結論を出すために話してるんじゃないもん。お話ししたいんだよ」

「つっても昨日なに食ったとか自撮りのコツとかメイク道具の可愛さとか力説されても興味ねーし。ネットでラジオ聞いてるほうが遥かにエンタメだし」

「酷い!」

「酷くねーよ。プロのベシャリのほうがいいに決まってっし」

「ちょっと待って」


 ヒートアップしかかるふたりに、ゆしかが冷静な声を投じる。


「真香の話がつまんないのは、まあ解った。ちょっと同感」

「ゆしか先輩!?」

「でさ、翔二君。なんでその真香と別れたくないの? 一緒にいて楽しくないんでしょ?」

「……まあ、でも」


 僅かに口ごもるが、数秒溜めた後、鼻の穴を膨らませて言い放つ。


「もーすぐ、夏休みだし」

「は?」

「直前にぼっちになるとかマジあり得なくね? みんなもう予定埋めまくってんのによ」

「君、受験生じゃないの?」

「そうだけど! だからこそ息抜き要るだろ? 同じ大学目指して一緒に頑張ろうとかよ」

「真香、志望校このひとと一緒なの?」

「あ、いえ」


 真香が口にしたのは都心の最難関のひとつに数えられる私立だ。対して、翔二の志望校は地元の底辺クラスとのこと。


「……なんだ、全然釣り合ってないんじゃん」

「う、うっせーな!」

「遊び相手が欲しいだけなら、他を当たんなさい。友達くらいいるでしょ」

「そりゃ、いっけど……カノジョとはちげーし。それに俺、まだ、真香と……」


 声が段々小さくなっていき、聞き取れなくなった。ゆしかが「なに?」と眉根を寄せる。


「……なんでも、ねーよ」

「言え」


 ゆしかが不快をあらわにする。


「気にしてほしいくせに勿体ぶるのめんどくさい」

「真香とまだヤってねーもん!」


 じゃあ言ってやるよ、的に叫んだ声は、聞いた三人を同じ顔にさせた。


「……うわぁ」


 すなわちドン引きである。


「そういう理由で、別れるの嫌がってたんだ……だから、あたしといるのつまんないくせに、やたら触ってきてたんだ……」


 真香はショックで声が詰まって、鼻声になりかけている。

 真心は思った。


(思ってたとしても、言っちゃ駄目だろ少年)


「うーん。でも本音がそれなら……よし、しょうがないな真香」


 ゆしかが冷静な目に戻り、真香の肩を叩く。


「はい?」

「一発ヤらせてやれば」

「やですよ!?」


 跳び上がるほど驚いて真香が叫ぶ。


「マジか!」翔二が身を乗り出す。

「いやいやいやいや! あり得ないし!」

「やあ、でもさ真香。円満に別れるには歩み寄りが必要だよ?」


 諭すようなゆしかへ、さすがに真香が哀れに思えて真心は口を出す。


「ゆしか。それはあまりに無茶だと」

「お前は黙って聞いてろって言ったろ!」


 ドスの利いた声で凄まれ、真心は沈黙する。


(だからなんで俺ここにいなきゃいけないの?)


「なら、Bまでならどうかな?」

「あ、それなら既に」

「ばか!」


(……なんの話だこれ)


 カオスな領域に突入した若人らの会話にいたたまれなくなり、真心は「トイレ行ってくる」と中座した。それを他の三人は誰も気にしない。ゆしかが続ける。


「ふむ。真香がヤらせたくない以上は、翔二君に諦めてもらわないと駄目だね」

「……俺、別れねーし」

「でもなあ。目標が真香とヤることだとして、まさか無理矢理ってわけにもいかないだろ?」

「そうならねーほうがいいだろうな、お互いに」


 含みを持たせて翔二が笑う。そうなる前に応じろと言わんばかりだ。


「ふうん。それ、犯罪って解ってるよね?」

「知らねーの? ばれなきゃ罪にならねーし。泣き寝入りさせる方法って、意外と簡単だぜ?」


 真香の顔がこわばる。それに気付いているのだろう、翔二は満足げに口の端を上げる。


「先輩。せっかく来てくれて悪りーんだけど、これ俺たちふたりだけの問題だからさ、帰ってくれる? 大体、先輩恋愛とかしたことあんの? やっぱ中学生にしか見えねーんだけど?」


 テーブルに肘をつき、威嚇するような目で翔二はゆしかを睨む。


「なるほど。君の考えはよく解ったよ」


 ゆしかは盛大にスベった芸人を見るような目を向け、揺るぎない口調で言う。


「表へ出ろ」

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