第79話 本音と約束
玄関の扉を開けた途端、力強い腕に抱き締められる。筋肉質で固いこの腕は、レオンのものだ。息ができない程に強くなった力に、私はレオンの腕をペシペシと叩く。
「ツェリ、ツェリ……」
ただひたすらに私の名前を呼びながら、ボロボロと涙を流すレオン。その向こうに肩越しに見えるお義父さまも、号泣と言っていい程泣きに泣いている。
「ツェツィ、無事で良かった。上の部屋で、レオナード殿下と話しておいで」
お義父さまは、レオンに抱き締められたままの私の頭を撫でて優しく声をかける。
「分かりましたわ」
「レオナード殿下、ツェツィをよろしくお願いします」
コクリと頷くレオン。泣き過ぎて嗚咽が止まらないようだ。
部屋に着くと、レオンは私の頬をじっと見て。
「痛かっただろう、すぐに駆け付けることができなくてすまない、ツェリ」
そう、苦しそうな顔を見せて謝った。私はそんなレオンを安心させようと笑顔を浮かべる。さっき騎士さん達に微笑んだ時もそうだったが、やはり唇の端が少し痛む。でも我慢、レオンを安心させる為だもの。
それなのに、レオンは益々苦しそうな顔をする。なんで?どうして?
「ツェリ。今から【大丈夫】と【気にしない】その2つの言葉を禁止にする」
「え?」
「ツェリ、いきなり拐われて、見知らぬ場所に連れて来られて怖かっただろう?僕が不甲斐ないばかりに、ツェリに恐怖を与えた」
「だいじょ……」
大丈夫、気にしないで、そう言いかけた私だが、両方とも禁止されたばかりの言葉だと気が付き、途中で言葉を止めた。
「ツェリ、君はどう感じた?」
「え?」
「不安だっただろう?怖かったろう?何も隠さなくていい、ツェリの気持ちを聞かせてくれ」
「私はだい……」
また大丈夫と言いかけて、最後まで言えない。どうしよう、どうしたらレオンを安心させられる?考えがまとまらない。そんな時、ふとカサンドラさんとした約束を思い出す【我慢をせずに、思ったままを言葉にする】という約束を。
それでも尚グズグズとしている私に、レオンは追い打ちをかけるように言う。
「君の本当の気持ちを知ったとして、僕が嫌いになると思うか?安心しろ、僕の愛をナメるな、ツェリ」
私は、重く感じる口を開く。
「こ、怖かった……。意識はしっかりしてるのに、身体全然動かなくて、自分がどこにいるのかも分からなくて。殴られた時も、本当は泣きわめきたかった。殴られると思ってなかったの。私を担いで運んだ男の人も怖くて、でも第二王子は何とも感じてなくて、何でって。馬車にいるって分かっても、身体の感覚は無いし、どうなってるのか、怖くて怖くて、頑張らなきゃ、頭がおかしくなりそうだった……」
順を追って説明できる程の余裕もなく、ただひたすらに思っていた事を吐き出していく。涙は次から次へと頬を伝い、ポタポタと下に落ちていく。
そして次第に涙は勢いを増していき、いつしか私はレオンの腕の中で、大声を上げてワンワンと泣きわめいていた。
その間レオンは何も言わず、ずっと私の背を優しく撫でてくれていた。
散々泣きわめき、今はレオンの隣にピッタリと、隙間なく寄り添うようにして座っている。指と指をしっかりと絡め、お互いの存在を感じながら。
「ツェリ」
「なに?レオン」
大泣きした影響で、声はガサガサに枯れているし鼻は詰まっているし、瞼も重いからきっと腫れている。その上少し頭も痛いけど、それでも気分は先程よりも随分スッキリしていた。
「今回の事でツェリも感じたと思うが。僕はツェリがどんな危険な目にあっていようとも、その場に駆け付けることが立場上出来ない。ツェリをこの手で助けることも、助けたツェリを1番に抱きしめる事もできない」
「レオン……」
「僕は、何が起こるか分からない場所には、行けないんだ。君を拐った男、ギンの元に交渉しに行くにも、情報を集め入念に下調べをし、僕自身が行かなくてはいけない理由を示してようやく動けた。僕はきっと、本に書かれているような、お姫様を自分の手で救い出すような、そんな王子様にはなれない」
レオンは苦しそうな顔をして。
「それでも、僕は僕のやり方でツェリを守るから。助けに行けないのなら、そもそも助けに行くような状況を作らないように、その芽を潰す。だからツェリ、君は君のままでいい」
「え?」
「今回の事を気にして、自分の行動を制限する事なんて無い。君は僕の妻になるから、きっと色々と制限される事はあるだろう。だが何かしたい事があるのなら、言ってくれ。希望に添えるように努める」
全部叶えよう、と言わない所が真面目で責任感の強いレオンらしい。私は、涙で濡れた後に渇き、少し引き攣る頬を動かし微笑みを浮かべると。
「ねぇレオン。私ね、今回レオンが沢山の努力をして、私を助けてくれた事、知ってるわ。カサンドラを派遣してくれたのも、私を思っての事でしょう?女性同士、話しやすいように、男性ばかりで不安にならないように」
「僕にはそれしか出来ないからな」
そんな事を言うレオンの頬っぺたを、ギュッと引っ張って伸ばす。イケメンとは言え、ここまで引っ張ると面白い顔になっている。
「いいです事?私はレオンのその気遣いに、心に今回何度救われたことか。だから、いくらレオン本人とはいえ、軽んじる事は許しませんわ」
引っ張っていた頬っぺたを離し、そっと手の平で撫でる。
「私は、今回レオンに救われてばかりでした。でも、私もレオンを助けたいのです。守られてばかりなんてごめんですわ。だからこれからは、私にもレオンを守らせて下さい。レオンが私の事を守りたいと思うのと同じくらい、私もレオンの事を守りたいと思っているのです」
「ツェリ……」
「だから約束をしましょう、レオン」
「約束?」
「えぇ。隠し事をしたって構わない、嘘を付いたっていい。でも本当に辛い時、傍にいて欲しい時には、それを隠さない事、嘘を付いて誤魔化さない事。それを約束しましょう?」
「さっき僕が君にしたように、か?」
「えぇ、破ったらしばらく口をきいてあげないんだから」
「それは怖いな」
私達は、お互いに泣き腫らした酷い顔で、これから先の約束をした。そしてこの約束は、何度か私達の間に訪れる危機を救う事になる。
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