第77話 救出

 第二王子殿下が部屋から出ていき、姿が完全に見えなくなったのを確認してすぐ、クローヴィアは部屋の鍵を締め、慌ててこちらに駆け寄ってくる。


「ツェツィーリエ様!?なんであんな無茶を!あぁ、どれだけ強く殴られたんですか、口の端が切れて血が……。」


 クローヴィアは、自分が殴られたかのような辛そうな顔をして、私の口元をハンカチでそっと押さえる。ピリッとした痛みに思わず顔をしかめると『これはぼくとの約束を破った罰です。しっかりと血が止まるまで押さえていて下さいね』と怒ったような口調で言うが、その顔は今にも泣き出しそうに見え、心配をかけたのだと分かり、申し訳なかった。


「クローヴィア、約束を破ってごめんなさい 」


「本当ですよ。ぼく、ツェツィーリエ様が第二王子殿下に頭突きした瞬間、レオ殿下に殺される、終わった……って本気で逃げようと思ったんですからね!?」


 少し茶化すような口調のクローヴィアが、本当に心配してくれていたのは、さっきハンカチを当てた手が小刻みに震えていたことから感じていた。


「心配かけてごめんなさい、クローヴィアがいてくれて良か「ストップ。それは、今ツェツィーリエ様の為に必死で動いているレオ殿下に1番に伝えてあげてください」


 クローヴィアに告げようとした言葉は、彼自身に遮られた。


「レオ殿下ってば、ツェツィーリエ様の事になると凄く心狭いんだよ」


「そうなの?全然知らなかったわ」


「そりゃ、レオ殿下はツェツィーリエ様には悟られないようにしてるからね。だから、ぼくが言ったって事も内緒にしてね?」


「ふふ、分かったわ」


 クローヴィアのおかげで、少しずつ感情が落ち着いてきた。落ち着いてきたら、今まで気にならなかった頬の痛みが鮮明になってきた。

 痛みをこらえる為、キュッと唇を噛み締めようとして、唇の端が強く痛んだ。



 ガンガンガンッッ!!!


 部屋の扉が、壊れるのではないかと思うくらいに強く叩かれる。


「ツェツィーリエ!!ここを開けるんだ!早く!!!」


 余りの大声に思わず耳を塞ぐ。隣を見ると、顔をしかめてクローヴィアも同じ格好をしていた。


「相変わらずうるさいなぁ、第二王子殿下。あ、ツェツィーリエ様、当然ですが開けなくていいですよ。焦ってるって事は騎士達がもうこの屋敷に着いたってことだと思うから〜」


 クローヴィアはそう言うと、ゴソゴソと何かの支度をし始めた。


「クローヴィア?何をしているの?」


「あぁ、ツェツィーリエ様。ぼく、万が一にでも騎士達に見つかったら厄介な事になるから、ちょっと身を隠す準備しようかと。ツェツィーリエ様に初めて気付かれて、そういう人もいるんだって気が付いたからさ〜。気を引き締めていかないとね!」


「ツェツィーリエェェ!!!」


 のんびりと話すクローヴィアと、扉を激しく叩きながら私の名を大声で叫ぶ第二王子殿下。なんという混沌。


 そして、その時は唐突に訪れた。


「やめろぉおお!僕を誰だと思っているんだ!不敬だぞ!!離せっ!!僕は王族だぞ!!ふざけるなぁあー!!!」


 カチャカチャという金属同士が擦れて鳴るような音が近付き、次には第二王子殿下の叫び声が響き渡る。そして、その第二王子殿下の声は、何かを引きずるようなズルズルという音と共に、段々と遠ざかっていった。



 コンコン



「ツェツィーリエ様、いらっしゃいますか?私は、レオナード殿下直属の騎士、カサンドラと申します。扉の隙間からレオナード殿下の手紙を差し入れますので、確認後扉を開けていただけますか?」


 女性騎士さんが名乗った後に、クローヴィアを振り返ると、静かに頷いたので、私は扉にゆっくりと近付くと、差し出された手紙を受け取った。



 ツェリ


 すまないが、時間が無いので本題に入らせてもらう。

 今、僕からの手紙を渡したカサンドラという女性騎士は、僕の信頼している部下の1人だ。

 女性同士、話しやすい事もあるだろう。

 彼女の口の固さは僕が保証する。

 何かあれば、頼って大丈夫だ。

 君の帰りを、心から待っている。


 レオン



 私は、レオンからの手紙をキュッと胸元に抱き締め、ゆっくりと扉に近付いていった。クローヴィアの姿はいつの間にか見えなくなっていたから、きっともう大丈夫という事なのだろう。


 ガチャ


 1度大きく深呼吸をしてから、鍵を開ける。すぐ開かれた扉。私のすぐ目の前には背の高い女性が1人立っており、私の顔ーー目線から察するに頬ーーを見て目を見開く。


「ズッカー、カール、ルーゴン!急いでツェツィーリエ様を馬車に乗せましょう!馬車の中に衛生用品あったよね?」


「なっ!ツェツィーリエ様、頬が!」


「まさか、殴られたんですか!?」


「あんの、第二王子クソ野郎!」


 私は、怒りに震える騎士さん達に急かすように連れられて、馬車へと乗り込んだ。

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