第75話 ギン side レオナード

 フィリップスの話を聞き、僕はすぐに、とある男の元に向かう準備を進めた。最低限の護衛を連れて向かった先は、貧民街。

 袋いっぱいに詰め込んだ金貨を見て、ヴィダは不思議そうにしていたが、貧民街で生まれ育ったルードは、ある程度察したようだった。


「レオ殿下、本当にあの男、ギンに会うつもりですか?」


「あぁ、お前が以前言っていた事を思い出してな。金と条件次第では、どんな仕事でもするという男なのだろう?ギンは。可能性がある以上、全て潰さなくてはならない」


「ですが、レオナード殿下。そのギンという男が犯人だと決まった訳ではないのですし、ここは私どもに任せて殿下は城でお待ちいただいた方が良いのではないでしょうか?」


「いや、そのギンという男とやら。話に聞く限り随分と癖のある人物のようだ。勘に過ぎないが、私が行かなくては話すら聞いてもらえない気がしてな」


「レオ殿下の言うことは正しいと思います。あの男、ギンは人を煙に巻くのが上手いんです。それでいて、決して口だけではない威圧感のような、強者の自信みたいなものも感じられて……」


 ルードが小さく身震いをした。それは、過去のギンを思い出した恐ろしさからなのか、武者震いなのかは分からないが。


 ルードの案内で、次々に違法に増築された建物の間を縫うようにして歩く。ルードがいなくては、迷っていたに違いないと確信が持てる程、入り組んだ道の奥の奥。そこにギンはいた。


「こんばんは、レオナード第一王子殿下ではありませんか。そろそろ来ると思ってましたよ」


 ニコニコと、まるで世間話をするかのように柔和な笑みを浮かべるその男を見た途端、僕は全身の毛が逆立ったような感覚を覚えた。両隣のヴィダとルードは腰の剣に手をかけ、僕の命令があればすぐにでも切り掛かれるような体勢だ。他にいる護衛は、完全に萎縮してしまっている。

 この男は、異常だ。一目見ただけで僕も飲み込まれそうになった。だが、僕は怖気付いている暇などない。ツェリを助けるために。


「お初にお目にかかる、ギン殿で間違いないか?」


「これはこれは、ご丁寧なこって。王子様にそんな挨拶されるなんざ、思ってもみなかったなぁ。まぁこんな所で立ち話もなんです、入ったらどうです?」


 挨拶をした途端、先程の柔和な印象とはガラリと違う、粗野な雰囲気を出してくるギンに進められ、家の中へ入る。貧民街の中にあるにしては整えられた家の中。しかしなんだ、この男は。ぐにゃぐにゃと姿形を変える軟体動物を相手にしているような、得体の知れない不安。この男の本質がちっとも掴めない。


「訊ねたいことがある、ギン殿。ツェツィーリエ・フォン・シュタインという、公爵令嬢に心当たりは?」


「ありやすよぉ、あっしが拐って第二王子殿下に渡してきやしたからねぇ」


 今度は小物感溢れる下っ端のような姿に。その変化を気味悪く思っていた僕は、一瞬反応が遅れた。そして気が付いた次の瞬間、大声で叫ぶ。


「ヴィダ止まれ!」


 今にも剣を抜こうとしていたヴィダがピタッと止まり、そして僕の事を信じられないという目をして見てくる。


「な、何故止めるのです、レオナード殿下!こいつ、こいつがツェツィを!!」


「分かっている、ツェリの事は必ず助け出す。だからすまないヴィダ、今は堪えてくれ」


 下唇を切れそうなくらい強く噛み締めて、下がってくれるヴィダ。


「アルバートの元にツェリを届けたと言ったな、ギン」


「そんな事言いましたっけ?」


 邪気のない笑顔を浮かべるギンの目の前にあったテーブルにドンっと金貨の入った袋を置く。そこで初めてギンは表情を変えた。変えたといっても、微かに片方の眉を動かしたくらいの些細な変化だが。


「これは、お前がツェリを拐った分の金だ。つまり、ツェリを拐った後の権利は私にある。だから、お前は今から私にツェリの居場所を伝えなくてはならない。当然だな、今から依頼主は私になるのだから」


 これはひとつの賭けだった。もし、アルバートがギンに金を支払っていたのなら、この勝負は僕の負け。ギンという男は、金にがめついものの、一度した契約は守り抜くという男だと聞いた。もしアルバートとギンの間で契約が成立していればツェリの捜索は遅れることになるだろう。


 緊張の一瞬。ギンの目が三日月を描くように細く歪められたのを見て、僕は勝負に勝ったのだと悟る。


「ふふふふふふ。いいですね、面白い。シュタイン公爵令嬢は、王家所有の3番目の別荘におりますよ」


「ズッカー、カール、ルーゴン!急いで城に戻ってリュグナー宰相とバルウィン、シェルム騎士団長にこの事を伝えろ!頼んだぞ!」


 はっ!と声を揃えた返事をした後、素早くその場を去る3人。そして僕は、ギンに向き直る。


「ギン、お前別荘の見取り図を持っているな?」


「はい?何のことでしょう」


「とぼけなくていい。その事でお前を罰したりはしないから安心しろ。」


 食えない笑みを浮かべ、こちらを観察するように黙ったままでいるギンに、僕はさらに続ける。


「別荘は王家の物ではあるが、その管理は父である国王がしている。つまり、私は別荘に正面から入れないという事だ。だから見取り図を元に侵入する。この事は不問にするから、見取り図を貸してくれ、頼む」


「いいのか?第一王子殿下ともあろうもんが、俺みたいな下賎の輩に頼み事なんてしちまって」


「構わない。ツェリを助けるため、形振り構ってられないからな」


 ギンは無言で立ち上がると、近くにある戸棚をゴソゴソと漁り始めた。そして、1枚の紙を手渡してくる、それは、確かに王家所有の別荘の見取り図。


「恩に着る!そしてギン、この件が片付いたらお前に頼みたい事がある、また来る!」


「お待ちしております」


 見送るギンを背に、僕達は焦燥を抱えたままギンの家を後にした。

 早く、早くツェリの元へ……!必ず助けるからな、ツェリ!!!

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