第71話 祖母と孫

 今日も正妃教育に向かう為の馬車に乗る、いつもの日常。いつもと違うのは、ガチガチに緊張しているレオンが同車していること。


「レオン、貴方大丈夫?」


 話しかけるが、レオンは強ばった表情のままひたすら無言を貫く。


「レオン?」


「ん?あぁ、なんだ、ツェリ」


 何度か呼びかけて、ようやく反応するレオン。緊張しているだけにしては、少し様子がおかしい。


「さっきから何度も呼びかけていたのよ?レオン、貴方様子がおかしいわ。大丈夫なの?」


「そう……だな。初めて会うお祖母様に緊張しているというのは確かにある。だけど、これから僕がする事を知ってなお、お祖母様が僕を許してくれるのか、不安なんだ」


「そうなのね」


 レオンがこれから何をしようとしているのかは知らない。そして、私がまだ聞いてはいけない事だと雰囲気で察する。でもレオンのことだ、いつか必要になった時には私に伝えてくれるだろう。


「ねぇ、レオン。貴方はお祖母様である王太后陛下の事を恨んでいる?」


「いいや?お祖母様の何を恨むことがある?」


「レオンも、お祖母様の後悔を聞いたのでしょう?」


「あぁ、だが愛されないからといって道を踏み外して良い理由にはならない。そもそも、お祖母様は父上の事を愛していない訳では無いだろう。それに気が付かず道を踏み外したのは、父上の心の甘さが招いたことだ。お祖母様は関係ない」


「なら、王太后陛下もそう思うのではなくって?」


「え?」


「レオンは、きっと意味のない事はしない。そりゃ、きっと間違えたり、失敗したりする事はあると思うわ。でも、貴方は人の意見を取り入れられる柔軟性を持っている。間違った事を指摘されて、受け入れる事のできる素直さを持っている。ならきっと、今からやろうとしている事も王太后陛下は認めて下さる筈よ」


「そうだな、初めての家族だから。らしくも無く緊張していたらしい」


 ふぅー、と大きく息を吐き、ようやく笑顔を見せてくれるレオン。


「あら、私の事は家族に入れてくれないの?私もうそのつもりでいたわ」


「ゲホッ……!ゴホゴホッ………!」


 レオンがいきなりむせた。飲み込もうとした唾が気管にでも入ったのか、激しいむせ方だ。


「ツ、ツェリ。急に言わないでくれ、嬉しいが、嬉しすぎて心臓が止まるかと思った」


「まぁ!そんなに?」


 ぷっ、と吹き出し、おかしくなって2人でクスクスと笑う。


「大丈夫よ、レオン。きっと大丈夫」


「そうだな、会う前から不安がっていても仕方ないな」



 そして馬車は教会に着いた。隣を歩くレオンにエスコートされ、奥に進む。そして案内された先、王太后陛下の住むお屋敷にたどり着き。


「レオナード、ツェツィーリエちゃん、どうぞいらっしゃい」


 笑顔で迎え入れてくれる王太后陛下に、レオンの肩の力が抜けたのが分かった。


「お初にお目にかかります、お祖母様」


「こんにちは、王太后陛下」


「こんにちは、ツェツィーリエちゃん。そしてレオナード、はじめまして。ようやく会えて嬉しいわ。でもそんなに畏まらなくていいのよ?私達は家族なのだから」


「はい、ありがとうございます。お祖母様」


 王太后陛下に優しく言われても、どこか緊張した面持ちで固い言葉遣いのレオンに、私と王太后陛下は顔を見合わせて苦笑する。レオンは器用なように見えて、実は不器用だ。器用に見えるのは、レオンの努力あっての事。それを王太后陛下も分かっていてくださるようで嬉しい。


「レオナード、貴方が辛い時に助けてあげられなくてごめんなさい。でも、貴方の幸せは何時でも祈っていたわ」


「いいえ、お祖母様。貴女が大変な思いをされた事は察しております。それに、ツェリの正妃教育を請け負って下さった事、有難いと思っています、本当に」


 王太后陛下もレオンも、まだ少し表情は固いが、お互いに誠実に歩み寄ろうという姿勢が見て取れた。お互いがお互いに思い合い、嫌われる事に不安を抱いている。


 これからの話し合いで揺るぎない絆を結んで欲しい。お互いがお互いを心から信頼できるように。

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