第56話 紅茶 side レオナード

 候補の2文字が取れたからと言って、僕たちの関係が変わる事はなかった。変わらない事で、安心する部分がある事も認める。だが、正直に言わせてもらおう。

 こいつらは少し変わるべきだ!!!


「レオ殿下〜、紅茶まだー?」


「すみませんレオ殿下、私の分まで」


 紅茶が飲みたい、でも紅茶を淹れられないと巫山戯た事を言うクローヴ。

 リーフは紅茶は淹れられるが、何故か苦い上に渋くなってしまうのだと言う。それは淹れられるとは言わない。


「うるさいぞ、お前たち。黙って座っていろ」


「「はーい!」」


 コンコン


「すみません、遅くなりました。ルードルフです」


「入れ」


 入室を許可すると、丁寧な言葉が板に付いてきたルードが入ってくる。

 リーフに紅茶を注いでいると視線を感じ、そちらを向くと驚いた様子のルードと目が合う。


「おま、お前ら…大将に茶淹れさせてんのか…!?」


 2人を指差して叫ぶルードルフ。そうだよな、やっぱりおかしいよな、この状況。


「ルード、ぼくたちが強制したんじゃないんだよ?レオ殿下がやってくれるって言うから」


「そうですよ、私たちは善意を有り難く受け取っているだけですから」


「いや、やってくれるって言われても断れよ」


 真顔で切り捨てるルードルフ。以前の2人ならここで大人しく従っていたのだが。


「えー、ルードそんなに真面目な事ばっかり言ってると、いつか悪い人に利用されちゃうよ?」


「そうですよ、ルード。私たちは適度に狡さも覚えなくては」


 やはりな。初めから中々にひねくれていた2人の性格だが、リュグナー宰相とレイヤード侯爵の養子になり、それはもう見事なまでに歪み切った。先程みたいに堂々と、屁理屈をさも正論を述べているかのように語る口調は、憎々しいことこの上ない。

 唯一の良心であるルードがいなかったらと思うとゾッとする。


「ルード、あいつらの事は気にするな。私も紅茶を淹れるくらいで不敬などと言ったりはせん。マトモに取り合うとこちらが馬鹿をみる」


「大将も何だかんだ言って甘いんだから……」


 ルードのジト目に肩をすくめて応える。あぁ、そういえば。


「お前たち3人とも。3日後は空けておくように」


「何かありましたか?」


「特に何も無かったような気がするけど……」


「俺も心当たりはないな」


 キョトンとした顔を見せる3人。今の僕の顔は見るに堪えないくらいニヤニヤしているに違いない。ルードはとばっちりになるが……許せ。


「ツェリの学園で出来た友人が、お前たち3人に会いたがっているらしい。しっかりとめかし込んでくるんだな」


「えぇー!そんなの聞いてないよ!?」


「今言った」


「屁理屈、屁理屈ですよレオ殿下!」


「そーだ、そーだ!」


「その台詞言えた立場かお前ら…」


 ぎゃいぎゃいと喚く2人と、それを呆れた目で見るルード。僕は少し溜飲が下がる。


 コンコン


「レオナード殿下、おくつろぎの所申し訳ありません。エミールです、ミリアとリリアもおります。入室してもよろしいでしょうか?」


「入れ」


 入室してきたのは、3年ほど前から離宮で子ども達に礼儀作法を教えてくれている、シュタイン公爵家の屋敷で働いているエミール。


『未来ある子ども達の為に』と言って、子ども達に礼儀作法を教える許可をもらいに来た時は、正直驚いた。今でも彼女が、賃金も払われない中、何故礼儀作法を教えに来てくれているのは分からない。

 子ども達の為に……と本人は言うが、裏があるような気がしてならない。だが、そういう裏を読むのに長けているバルウィンや、その彼の元で最近あちらこちらに情報収集に行かされているクローヴが何も言わないのだから、きっと悪い事ではないのだろう。


 入室してきたエミールはガラガラと給仕ワゴンを運び、そしてテーブルに置いてある紅茶を見て困ったような顔をした。その表情を見上げるミリアとリリアも困惑顔だ。


「どうした、エミール」


「実は、ミリアとリリアに教えた紅茶の作法が、レオナード殿下相手でも問題ない程完璧になりましたので、お持ちしたのですが……」


 なるほど、それなのに既に紅茶を飲んでいたので困った、ということか。


「構わない淹れてくれ。ミリア、リリア頼んだ」


「「はいっ!」」


 メイドがするには少し元気すぎる返事のような気もするが、これくらいはご愛嬌だろう。ただ、返事を聞いて少し寄せられたエミールの眉根から察するに、2人は後で指導を受けるかもしれない。


 以前から、ミリアとリリアが紅茶を淹れる練習をしているのは知っていた。側近たち3人がその練習台になっているのも。

 ミリアとリリアは随分と練習熱心だったらしく、その多くの被害にあっていたのはルードだった。『茶の飲みすぎで腹がタプタプだ』と困ったような笑顔で言ったルードは、それでもミリアとリリアが元気に過ごしていることの喜びに溢れていた。


『まだレオナード殿下の前に出せるほどの腕ではありませんが、上達はしております』ミリアとリリアの様子を聞いた時、エミールはそう言った。『私も練習台になるぞ?』と期待混じりの冗談を言ってみたが、即座に『王族の方相手にそんな無礼な真似はできません!』と却下された。内心、そうだよな……と納得しつつも、嬉しそうにミリアとリリアのことをボヤく3人が羨ましかった。

 そんな、ミリアとリリアの紅茶。


「あぁ……、美味いな」


 素直に賞賛の言葉が出た。自分でも驚く程に。

 沢山の練習を重ねたそれは、紅茶の奥深い香りが鼻に抜け、また、砂糖を入れずとも仄かな甘さを感じられるものだった。この紅茶を淹れるに至ったその努力を思うと、中々に感慨深い。


「頑張ったな、ミリア、リリア。これからもよく励め」


 ミリアとリリアはお互いに顔を見合わせた後、ぱぁーっと顔を輝かせて。


「「はいっ!」」


 やはりメイドがするには些か元気過ぎる返事をするのだった。

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