第44話 プロポーズ

 デビュタントを3日後に控えたその日。私は1ヶ月ぶりにレオンの住む離宮へ訪れていた。


「ツェリ、疲れてるのに呼びつけてすまない。だが会いたかったんだ……」


「いいえ、私も会いたかったですから。嬉しいですわ」


 久しぶりに部屋に2人きりだからか、レオンは会った瞬間から甘えた全開フルスロットルで、大変愛らしい。

 最近私の膝枕がお気に入りらしいレオンは、今日も私の膝に頭を乗せて、満足そうにしている。サラサラと指通りのいい長い銀髪を撫でながら、私も高貴な猫が懐いてくれたかのような満足感に浸っていた。


「最近、僕も3人も忙しくてな。中々4人で集まれていない」


「そうなのですね……。そういえば、リーフェルトはリュグナー宰相と、クローヴィアはレイヤード侯爵と養子縁組をしたとお聞きしました。それも関係が?」


「あぁ、何か色々と叩き込まれてるみたいだな、あの2人。会う度にリュグナー宰相とレイヤード侯爵の罵詈雑言を聞かされている」


「あらあら。でも、本当に嫌ならあの2人のことです、さっさと逃げ出すでしょうから、文句を言いながらも仲がよろしいのですね」


 リュグナー宰相からはきっと仕事柄、教わることに機密が多いと思うし、レイヤード侯爵に至っては、当主がどこの誰かすら分からない、謎に包まれた一族だ。唯一全てを話せるレオンに愚痴を吐き出しているのだろう。


「そうかも知れないが、それを聞かされるこちらの身にもなって欲しい」


 ふくれっ面をするレオンが可愛すぎて死ぬ。


「ルードもようやく剣の師匠を得て、毎日ボロボロになりながら訓練しているが、『少しずつだが、強くなっているのを感じる、守れる力を得ることは嬉しい』と、どこか満足気なんだ」


「相変わらず忠義の方ですわね」


「そうだな……。アイツらも頑張っているんだ、僕も頑張らなくてはな」


 真剣な顔になったレオンは、音もなくスっと起き上がると、依然としてソファーに座る私の前に跪いた。

 陽の光が、銀糸のような髪に反射し、キラキラと輝く。影ができる程の長い睫毛を伏せ、光を纏うレオンがあまりに神々しくて、私は声も出ずただ見惚れる。




「ツェツィーリエ嬢、貴女はこの上なく美しい」



 いつの間にか取られていた右手の指先に唇を落とされるーー賞賛のキス。



「貴女の心は、私を救い、これから先も、多くの人を救うだろう」



 右手の甲に唇が触れるーー敬愛のキス。



「そんな貴女に乞い願う。ツェツィーリエ・フォン・シュタイン公爵令嬢。この私、レオナード・フォン・ギースベルトと、どうか結婚してはいただけないでしょうか?」



 手のひらに触れる唇ーー懇願のキス。



 私は、ボロボロと溢れる涙を止められないまま、コクコクと激しく頷いた。


「はい、はいっ、喜んで、お受けいたします」


 しゃくり上げながら何とか言葉にすると、レオンは本当に嬉しそうな笑顔を見せて立ち上がると。



「私は貴女だけを愛すると誓う。だから叶うなら、ツェリ、貴女も私だけを愛して欲しい」



 首筋を唇で軽く食まれるーー執着のキス。



「もちろんです!レオンだけ、レオンだけを愛してます!」


 私はギュウッとしがみつくように、レオンに抱き着く。レオンは私が落ち着くまでずっと、宥めるように私の背中を撫でてくれた。



「嬉しかったです、嬉しかったんですけど、事前に告知してくれてもいいと思いますわ。」


「『いまからしますよ』と事前告知するプロポーズなど聞いたことがないが……」


「だって、レオンの格好良い姿、もっと目に焼き付けておきたかったです……」


 プロポーズ後、私たちはイチャイチャしながら、レオンに対して幸せな文句を言っていた。


「ん“ん“っ……。僕のことを格好良いと言うのはツェリくらいだ」


「レオンの格好良さを分かるのが私だけなら、取られる心配がなくて安心ですわ」


「……ツェリはズルいな」


「あら、私も格好良すぎるレオンのこと、ズルいと思ってますわよ?」


「悪いことを言うのはこの口だな」


 唇を、掠め取られた。


 ………顔、近かった。睫毛も銀色で、高い鼻が一瞬ぶつかりそうで、金の瞳が悪戯っぽく煌めいて、それで、それで……?


 ぼんっ!


 そう音がしそうな位、頭はキャパオーバーだし、顔は火照ってるし、動悸は激しいし、もう、もうっ……!!!


「ズ、ズルいですわ!レオン!」


 そっぽを向いているレオンの顔を、無理矢理こちらに向け……あれ?

 てっきりそっぽを向いて笑っているのかと思っていたレオンは、私と同じくらい真っ赤な顔をしていた。


「レオン、貴方……」


「皆まで言うな、ツェリ。…あー、くそ。最後まで格好良く余裕で決める予定だったのだが、ツェリは可愛すぎるし、口付けできたのが嬉しすぎるしでだな……」


 赤い顔でモゴモゴと言い訳をするレオン。


「耳まで真っ赤ですわ、レオン」


「うるさいぞ。君こそ真っ赤ではないか、ツェリ」


「ふふ、きっとそうね。さてレオン、私は再度の口付けを要求するわ」


「えっ!」


「未来の奥様の言うことよ?当然聞いてくれるわね?」


「ふふっ、そうだな。では、僕の未来の奥さん、目を閉じて」


 芝居がかった口調でレオンは言い、そして、私たちは2度目のキスをした。

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