第33話 クローヴィア side レオナード
2人目の側近候補のクローヴィア。
それなりに整った顔立ちだが、白い髪色というのには驚いた。僕よりも色の薄い髪を持つ人に初めて会った。
僕より4つ年上の彼は、非常に癖のある人物だった。
入室をして頭を垂れ、挨拶をするなり『自分には特技が2つある。今からそれを確認して欲しい』という旨を告げてきた。
許可をすると、1冊の本を渡してくる。
【美人妻リーゼロッテの秘め事~愛と肉欲の日々~】
「おい、これはなんだ」
「本です」
「そんな事は分かっている。何故このような本を私に渡したのだ」
「本がそれしか手に入らなかったので」
それが何か?とばかりにキョトンとした顔を見せるクローヴィアに、大きなため息をつく。
「まぁいい。それで?この本を使って私に見せたい特技とはなんだ」
「はい。私はその本を一言一句全て記憶しております。ページと行数を仰っていただければ、私は内容を諳んじることができます」
「なるほど、それは面白い。では、84ページ7行目」
「『リーゼロッテ、君はなんて美しいんだ。君のこの姿を見れる僕は幸運な男だね』耳元で囁く男は、リーゼロッテのたわわに実った白い果実を手で弄び、その頂きの薄紅色……「止めろ。今すぐにその口を閉じるんだ」
初めの二言くらいしか確認していなかった僕は、その先に続いた言葉にギョッとした。
思わず厳しい言葉で止めてしまったのだが、クローヴィアは気にした風もなく、涼しい顔で口を閉ざしそこにいる。何てやつだ……頭が痛くなるのを感じながら、僕は訊ねる。
「お前の1つ目の特技は充分に分かった。それで?記憶するのにはどれくらいかかる」
「1度見たり聞いたりすれば、覚えることが可能です」
「なに?」
もしそれが本当だとするなら、とんでもない事だ。それと同時に疑問を抱く。
「何故、そこまでの能力を持ちながら、私の元へきた。言っておくが、私は王子とはいえ、国王陛下のような権力もないし、第二王子に比べると使える金額も少ない。なのに何故」
「それは私の2つ目の特技に関係します。私は、この髪の色を隠して気配を消せば、非常に目立たない存在となるのです」
「何を言っているのだ、お前は」
「事実です。現に、昨日王城に侵入した際レオナード殿下は『ツェリ、愛してる』と言いながら、黒い豚のぬいぐるみを……「分かった、言っていることを信じよう!」
良かった、部屋に2人きりで本当に良かった。まさか昨日のアレを見られていたとは…いや、待てよ、その前に。
「クローヴィア、お前今、王城に侵入と言わなかったか?」
「はい、言いました。以前にも数回侵入したのですが、その際に見かける第二王子殿下より、レオナード殿下の方が相性が良さそうだったので、側近候補に手を挙げさせていただきました。私の能力は、それなりに使えると自負しております」
「よく今まで捕まらなかったな……」
アッサリと初犯ではないことまで告白したクローヴィアに、僕は疲れた声を出す。
「私の趣味は、知らない家の家族団らんに紛れ込んで、いただいたご飯の記録を付けることですので」
「そんな趣味はやめろ、今すぐに」
「かしこまりました。レオナード殿下ならば、私に新たな趣味を見つけて下さることと思いますので、この趣味はやめましょう」
「そうしてくれ」
「この特技に気付くことに至った経緯を説明したいので、私自身の事をお話することをお許しください、レオナード殿下」
「……許そう」
「私は、とある国の貴族の子どもとして産まれました。醜い白い髪を持って産まれたものの、この記憶力が重宝され、殺されることはありませんでした。ですが、色々な書物を読まされるだけの日々を過ごすうちに、気付いてしまったのです。私のことを見る周りの人たちの目が、人を見るそれではないことに。愕然としました。私はその時までずっと、自分は愛されていると信じていたので」
馬鹿でしょう?と、クローヴィアは自嘲する。
「その瞬間、私は家を出ることに決めました。そして、家を出る準備を進めているうちに、私は髪色を隠して、目立たないように意識すれば、存在を隠せることに気が付きました。それからは、割と楽しかったんです。見知らぬ人たちに紛れて、旅をして。本当の仲間のように感じる人たちもいました。でも、【クローヴィア】を見てくれる人は誰もいなかったんです。白い髪を見せた瞬間、他人だと、そう認識されてしまうので」
「ままならないな」
「そうですね……。きっとこの先私は、存在しているのに認識されない、そんな一生を過ごすのだと思っていました。そんな折、【月の王子】の異名を持つ、レオナード殿下のお話を耳にする機会がありまして」
「私か?」
「えぇ。私と似た髪色の持ち主に今まで会った事がありませんでしたので、興味が抑えきれずに、王城に侵入しました。最初はいつバレるのかと恐ろしくてたまりませんでした。今では慣れたものですが」
「そんな事に慣れるな、辞めろ。……私のことはどう感じた」
「強い方だと、思いました」
「強い?」
「はい。レオナード殿下を見つけるより先に、第二王子殿下をお見かけしたのですが、確かに美しく自信に満ち溢れた、まさしく輝く太陽のようなお方でした。ですが、その自信はあくまでその美貌に裏付けされたもの」
「美貌も、その者が持つある種の才能だろう」
「そうかも知れません。ですが殿下、美貌は老いによっていつかは衰えますし、顔に傷を負うこともあるでしょう。美貌だけが拠り所になる自信というのは、あまりに脆い、私はそう思うのです」
「なるほどな」
「レオナード殿下を初めてお見かけした時、殿下はずっと本を読み、勉学に励んでおられました、次も、その次も、そのまた次も」
「何回侵入したのだ、お前は」
「今後は致しませんので、どうかご容赦を。つまり何が言いたいかと申しますと、レオナード殿下の知識とそれに裏付けされた自信は、強いのです。そしてそんな殿下のお姿を見て、私も【クローヴィア】として生きてみたいと思ったのです」
「よく分かった。いいだろう、お前を側近候補とする」
「有り難き幸せに存じます!」
僕は大きなため息をつく、クローヴィアとのやり取りで老けた気がする、疲れた。
「しかし、お前にかかれば国盗りすら簡単に出来てしまいそうで恐ろしいな」
「それは無理です、私は頭があまり良くないので」
「………は?凄まじい程の記憶力があるではないか」
「そうですね、自分でも記憶力に関しては郡を抜いて優れている事は自覚しています。ですが殿下、記憶力の良さと頭の良さは必ずしも一致しないのですよ。私は例えるなら書庫のようなもの。それを活かす人間がいなくては、ただ埃を被るばかりです」
「クローヴィア自身が、書庫を活かす人間にはなれないのか?」
「なれないと断言できます。私はあくまでちょっと記憶力の良い凡人ですので」
あの記憶力は、ちょっと、どころではない気がするのだが。
しかし、そうだな。
先日側近候補にしたばかりの、リーフェルトの姿を思い出す。あの知識欲の権化のような少年のこと、クローヴィアと出会うとどんな反応をするのか。
「お前と相性の良さそうな者に心当たりがある、後日会わせよう」
面白くなってきた僕は、2人目の側近候補にそう告げた。
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