第20話「炎と花」後編

 左眼から燃え上がるのは朱い炎。

ロウソクの火のように、整った形をした火がメラメラと左眼から燃えていました。


「七つの大罪『傲慢の罪』これが俺の罪の炎で、位は大罪だ」

「大罪という事は…1つ進化した罪ですよね…?」

「合ってるよ。さすが、美雪さんだ。教え方が上手だから助かるな。先に例を見せよう、傲慢の罪の能力。それは身体に関わるあらゆるものを強化する。身体能力、五感、反応速度、自然治癒、耐久力諸々を向上させる」


 アウロラの手には先程紙を切るのに使ったペーパーナイフが手に握られていました。

それを腕に当てて、思いっきり引き裂くようにナイフを引きました。

その腕をイアに見せびらかすと、刃が通った痕は有りますが出血もなく、皮膚も裂けていませんでした。


「おっと、これじゃあ俺の皮膚が元々硬いように見えるね」


 左眼の罪の炎が消え、再度同じく腕の皮膚を引き裂きました。

その光景にイアは思わず目を瞑ってしまいます。

切り裂いた皮膚からみるみると血が流れ出て、腕を赤く染めるかの如く出血を始めました。


「イアさん、しっかり見ておいて。罪があると無いとでの違いと、君の罪に慣れる為にも」


 イアは恐る恐る目を向けます。

アウロラは再度左眼に罪の炎を露わにすると、焼け石に水をかけたような音と蒸気が傷口辺りから出てきていました。

垂れていた血は蒸発し、傷口はゆっくりと塞がっていきます。


「凄い……」


 ただ、アウロラの表情は凄く強ばっていました。


「確かにこれは便利なんだけど………自然治癒を早めるのは、摂理に反しているから痛みの代償がある……完璧に治すことは出来るとはいえ、体力を使うからね……あまり使いたくないんだ」


 徐々に徐々に蒸気が減り、傷口も塞がるとアウロラは力無く腕を下ろしました。

まだ腕からは蒸気が僅かに出て来ています。


「ふぅ……まぁこんな感じだよ。罪を使っている時、ナイフは皮膚を切り裂けなかった。これは腕の皮膚が硬く、分厚いから表面の薄皮すら切れなかった。けれど、罪が無くなると本来の皮膚に戻って、容易に刃を通して出血まで許した。そして自然治癒力を早めて、その傷口を塞ぐ。他の罪はまた違うけど、傲慢の罪は自己完結に特化した能力を持っているよ」

「他の罪は…一体どんな能力なんですか?」


 アウロラは席に戻って座ると、切り傷を入れた腕を机の上に伸ばしながら、語り始めました。



【罪の炎の能力】

《傲慢の罪》身体を強化、改造し、潜在能力を飛躍的に伸ばす自己完結した能力。

《憤怒の罪》空間を掌握、転移し、ありとあらゆる空間を支配する絶対的な能力。

《嫉妬の罪》対象を拘束、精神すら拘束し、何処へも逃がさない恐ろしい能力。

《強欲の罪》真作を投影、複製し、限りなく本物に近づき差を埋める探求を極めた能力。

《怠惰の罪》本人を投影、複製し、新たな本物を生み出し本体を誤認させる危険な能力。

《暴食の罪》不可視の力を制御し、他を押し上げ、押し潰し、引き寄せ、突き放す凶悪な能力。

《色欲の罪》摂理の代償を無視して驚異的な治癒能力を有し、他者を癒す異質の能力。



 アウロラは一つ一つ、イアに分かりやすく解説しながら罪の能力を教えました。


「どれも使いようによっては変革を生む強い力ばかり。それも、罪が進化をしなくても使い方を間違えればとても危険なものになる。所有者はノートに書いてあったはずだから、興味あったらどんな感じになるか見せて貰いなよ」

「はい、参考にします……ん…?でも、参考にするにはまた違うかな……」

「はははっ!確かに参考にするのは難しいね。でも『見分ける』事は出来るようになる筈だよ」

「──見分ける?」


 アウロラはもう一度、罪の炎を露わにしました。

その炎は先程と変わらず、穏やかに燃えています。


「これがさっき見せた罪の炎だけど、これは位が『罪』の炎なんだ。『大罪』の炎は…」


 左眼の瞼辺りから穏やかに燃えていた炎が火力を増し、激しく煽られるように燃え盛っています。

まるで焚き火のような力強い朱い色の炎が、アウロラの左眼を覆うようになっていました。


「これが位が『大罪』の炎。さっきとは明らかに燃え方が違うでしょ?」

「はい…さっきより激しく燃えてますね」

「これで見分けられる。そして、『大罪』の炎になった事で、能力も変化する。イアさん、また実験だ」


 引き出しからアウロラは細い木の棒を取り出し、イアに渡します。


「それを持って、俺の手のひらを突っついてみてくれるかい?」

「突っつく…」


 イアは細い木の棒を指先で摘むように持ち、その棒をアウロラの手のひら目掛けて、"チョン"っと突っつきました。


「……え?」


 何度か突っつきますが、触れた感覚がありません。

めり込んでいるのとは違い、先端の狙いが違うわけでもありません。

手のひらの真ん中に当てているのに、無を突いている感覚で、それでいて、突くたびに木の棒の先端は焦げていくのでした。


「遠慮しなくていいよ……ほらっ!!」


 アウロラは脅かすように、突然手を動かし、自ら木の棒に深々と手のひらを通していきました。

木の棒は手のひらを貫通し、手を通った後の棒は焦げています。

脅かされたイアはビクッと強ばりましたが、転ぶこともなく棒もほぼ定位置です。


「一体…どうなってるんですか…?」

「さっきは体を『強化』して皮膚が硬くなったりしたでしょ?今回は『改造』、原型から変化をもたらしたんだ」


 手を引いて、焦げた木の棒をイアの指先から抜き取ります。

それを握りしめるように手に納めると、その後手には何も残っていませんでした。


「今俺の体は炎になっている。だから俺を通り抜けたりするものは焼かれてしまう。これも熱量を調整は出来るけど、最低でもさっきみたいに木は一瞬で焦げる。だから仮にイアさんが今の俺に触れたら、大火傷だ」

「体が炎……」

「うん。だからこんな事も出来るよ」


 アウロラの髪が燃え上がると、炎が踊るように形を成そうとして、そしてそれが収まると長髪だった髪は短髪になっていました。

続けて、体全体を炎にして頭から形が作られて行くと、みるみると違う容姿に変化していました。

青年の見た目から、5歳くらいの子供になり、服さえも形が再構成されて子供の体型に合う服になっていました。


「炎になって、体を自由自在に変化させることも出来るし、ものをすり抜けさせることも出来る、体も熱を持っているから通り抜けさせる前に溶かすことも出来る。いやはや、初めてみる人からすると恐ろしいだろうね」


 見た目に合わない声のトーンで淡々と話すアウロラもまた奇妙です。


「その体から元に戻れるんですか?」

「あぁ、戻れるよ。能力を使ってる時だけ変化が出来るから、能力を切ればまた全部元に戻る」

「なるほど…」


 イアは面白いものを見たと、ジロジロとアウロラの事を見回します。


「おいおい…イアさん。流石にそこまで見られると恥ずかしいな。俺も体全体を変えることはほとんど無いから、俺自身も珍しいけどね…」

「あ…ごめんなさい」


 イアは一度視線を逸らして、気持ちを入れ替えると、ふと、気になった事を見つけました。


「アウロラさん、机とか椅子は木ですよね…燃えないんですか…?」

「あぁ、一応意識を向けてるんだ……。さっき火傷するとは言ったけど、俺がちゃんと意識してればイアさんは俺の実体にも触れられるし、俺も触れられるよ。まぁ気を抜いたら……ご想像通りだ」


 子どもの姿のアウロラはヘラヘラとしていて、イアはそれに苦笑いで返します。

アウロラは顎に手を当てて、少し考えます。


「えーと……他になにか話す事あったかな……。魔術適性は見出したし、罪の能力の事は話した…罪の炎の見分け方も話したし……加護は滅多に見かけないからなぁ……」


 そこにイアが声をかけました。


「アウロラさん、実は昨日美雪さんから教えて貰っていない罪があるんですが……」

「ん?…あ、右眼の『慈愛の罪』か!ごめんね、忘れてたよ」

「あ…いえ。慈愛の罪は教えてもらいました」

「そうなの?それじゃあ何の罪かな?」

「『粛清の罪』…?同じ右眼の罪の事は教えて貰っていなかったので…、その罪はどんな罪なんですか?」

「……………」


 アウロラは先程より困ったように、考え込みました。

しかし、その様子を見て心情が分からないイアではありません。


「あ、ごめんなさい…やっぱり……」


 イアの台詞を遮るように、部屋の扉が開かれると、そこにはルナが立っていました。



 半袖にショートパンツ、サンダルというとてもフリーな格好ですが、本人の視線と服の黒色が可愛げも無く、ただただ威圧を感じさせます。

2人してルナを見ると、ルナが口を開きました。


「話の途中だったか。悪かったな。…説明しているとは知っていたが、罪を感じて来てみれば、なんだそれは?」


 前者はイアに言ったのでしょう、後者は確実に子どもの姿のアウロラに向けて発されました。

イアはルナに軽く会釈して目線をルナと同様アウロラに向けました。

視線を向けられたアウロラは固まっていました。

見られてはいけないものを見られた表情と硬直は明らかにルナが原因でした。


「ハハッ…………」


 アウロラは罪の炎を解いて、元の姿に戻ろうとします。

しかし、それを許されませんでした。


「珍しいものを見たんだ。どうせならあいつらにも晒してやろう」


 部屋に踏み込んでくるルナ。


「や…やめて……!」


 子どもの姿のアウロラはルナから離れようと机に這い上がって、窓際に逃げようとしますが、動きがピタッと完全に止まりました。

アウロラはもう指1本動かせない状態です。


「うっ…………」


 アウロラは少し調子に乗り過ぎたことを後悔しました。

何故なら一番予測したくなかった状態が今起こってしまったからです。

罪の炎を使うと、同じく罪の炎を持つ者はその気配を僅かに感じ取ります。

その気配というのは、瞬き一つで忘れるようなとても薄い気配で無いにも等しいレベルです。

 ですが、ルナはその気配をしっかり掴んできます。

それに加えて、アウロラが『大罪』の能力で姿を自由自在に変化させ、元に戻す事が出来るとは言え、そこに特定の外的要因が加わると制限が掛かるのでした。

 その大まかな要因は強力な水属性や自由を封じられる能力には弱いのです。

相手はルナ、水属性も持ち合わせていますが、それより脅威なのは罪の能力による『拘束』でした。


「私から逃げるとは、その足は切り落とした方が良いかな」

「に 逃げません…!逃げないから勘弁して…!!」


 アウロラの罪の炎は本人の元に戻りたいという願いを受けてくれません。

嫉妬の罪に拘束されては手足の自由はおろか、能力、思考、精神まで拘束──もとい、『強制』されます。

今アウロラは体の自由を奪われた上、罪の炎を維持される事を強制されていました。


「なら良い。安心しろ、受身は取らせてやる」

「ひっ……」


 ルナに『実体』の襟を掴まれ、引き摺り落とされると小さな体は何処からか現れた水の塊に沈み込み、体の熱を奪われた後、何とか受身を取り、また自由を奪われました。

そのまま引きづられていきながら、廊下へ向かおうとします。

 しかし、ルナはそこで足を止めて言葉を発しました。


「お前の質問に特別に私が答えてやる。『アレ』は裁くものだ。慈悲で扱う『ソレ』とは違う。名前の通り容赦がない。それだけだ」

「…………」


 イアはそれを静かに聞き届けます。

そうして、ルナは子どもの姿のアウロラを引き摺って1階へ向かっていきました。


「慈悲で扱う……慈愛の罪……。容赦無く裁く……罪…」


 イアは1人でアウロラの部屋で少し残り、情報を整理していました。





 その途中、1階からは弾けたような笑い声が複数響き渡ってきました。

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