第983話 〈サクセスブレーン〉カイエンの指揮!




 サクセスストーリーのように努力をすればしただけ結ばれ成功する。

 そう願いを込めて名前を付けたのが〈サクセスブレーン〉だ。


 転機は今年。

 それまで極普通な下級職【参謀】だったカイエンが上級職【ブレイン】になったところから始まり、カイエンは様々な努力を重ねて〈サクセスブレーン〉を大きくしていった。そして今ではBランク非公式ランキング第一位と言われているほどの上位ギルドとなっている。


 そのギルドを上位に押し上げた一因が――上級職の勧誘だ。


 上級職の勧誘はデリケートだ。

 何しろ5人パーティでボスを倒し、〈上級転職チケット〉がドロップしたとして、誰に使うのかは絶対揉めるからだ。大体は揉めた末にそのパーティで一番良い職業ジョブを発現していた者が上級職になる。もしくはギルド一の実力者などが対象になる、だ。


 要はギルドのためにチケットを使うことになる。


 上級職になれなかった者たちはそれを投資と考え、〈上級転職チケット〉を譲る代わりにギルドに貢献し、自分たちに恩恵をもたらすならとこれに納得するのだ。

 そんな上級職を引き抜かれたらたまったもんじゃない。

 故に上級職になった者は、他の者やギルドに貢献をする責任を負うのだ。

 だから普通なら勧誘しても上級職が頷くことは無い。


 しかし、それに綻びが出る時がある。

 例えば、Bランク以上の防衛戦で負けた時。ギルドから脱退者が出た場合だ。

 ギルドの仲が良ければそれでも絆に守られるだろうが、大体の場合は亀裂が入る。「せっかく〈上級転職チケット〉を譲ったのにギルドを勝利に導けないなんて」と責められたりすれば、上級職だって揺れてしまうこともあるだろう。


 そして脱退者が出る場合、勧誘を掛けるのは間違った行ないではない。

 カイエンもこういう時に上級職のスカウトをする。優しく声を掛けることを心がけている。


 こういうときに上級職が移籍を宣言すると、責めた側も上級職の脱退に大きく出ることができず、大体の場合は上級職の移籍が成立する。Bランク戦以上は学園がしっかり見ている場合が多いのも理由だ。


 上級職の人はショックを受けていたり、ギルドに居られなくなったりしたところをカイエンに救われた形になるのでカイエンに恩義を感じることになる。

 恩義を感じすぎてカイエンに崇拝にも似た感情をぶつけてくる者も居て、カイエンの胃に地味にダメージを与えてくる人もいるが、それは別の話。


 そうやって上級職を集め、大きくなったのが〈サクセスブレーン〉だった。

 すでに上級職の数は合計15人。メンバーの半数が上級職だ。

 これはAランクギルドどころかSランクギルドに匹敵する戦力。

 そんな勧誘上手でギルドを常に勝利へ導いてきたカイエンを尊敬している者は多く、カイエンの胃を地味に苦しめているが、これも別の話だ。


 このまま努力が実を結び、成果に繋が――れば良かったのだが世の中そんなに甘くない。

 残念ながらどれだけ努力しても上には上がいるし、勝てないギルドにはどう足掻いても勝てない。

 カイエンはそれを今、ヒシヒシと感じていた。

 目の前にいる5人から。


「耐えろ! なんとしてでも持ちこたえるのだ! 『ブレーンフォース』!」


「秘技、黒猫アタック。『エージェントアサシン』!」


「気をつけろ! 猫は影から来るぞ!」


「残念」


「な! 横からだとおおおお!?」


「猫は3匹いる」


「くっ! 1匹デケぇのが紛れ込んでやがる!?」


 相手はあの〈エデン〉。

 Bランク非公式ランキング――評価規格外――に認定された、とんでもギルド。

 第一位すら他のギルドと同じような扱いになってしまう、並外れた戦力のギルドだ。

 何しろ今回のギルドバトルで導入された〈エデン〉の上級職は――25人。後で知ったが、フル上級職だったという。

 意味が分からなすぎた。


 カイエンは今作戦行動中によりピラミッド山の中心地、デカマス山で〈エデン〉のメンバーと戦闘中。さきほど不意を突かれた攻撃からなんとか復帰して現在指揮を執っている。

 相手はたったの5人。25人で来られるより遥かにマシな状況。

〈サクセスブレーン〉は当初17人いた。しかし、すでに12人にまで減っている。


 上級職も1人やられ、残っているのは上級職11人、下級職1人だ。

 なのに〈エデン〉は涼しい雰囲気。おかしい、上級職が倍以上居てなんで〈サクセスブレーン〉はこうもやられているのだろう、と片手をお腹に添えながら指揮を執るカイエン。


「なかなかの武勇だったが、これまでだ。『光一閃』!」


「ぐは! ……く、無念」


「ゴウ!?」


 最後まで踏ん張っていた下級職、1年生のゴウがついに退場させられる。

〈サクセスブレーン〉の下級職でもトップクラスの実力を持つあのゴウを下したのは、袴系の装備を着た侍のリカ。先ほどSランクギルド入りを果たした〈千剣フラカル〉のサブマスターの妹だ。


 カイエンは歯がみする。


 攻めてきた〈エデン〉は3グループに分かれている。

 一つ目はリカ。二つ名が無いのが不思議なほどの強さを持つ。

 戦法は接近戦。先陣を切り、後の先を取るカウンターを得意としている。

 故に最初はタンクを当てた。上級職のタンクだ。

 以前Aランク戦で敗北し脱退した〈テンプルセイバー〉に所属していた【騎士】職の男子だった。元Aランク所属ということでその実力は非常に高かったはず。しかし、


「甘い! 『一刀斬・対壊たいかい』! ――『抜刀術・閃光』!」


 気が付けば切り伏せられたタンクがその場にダウンしていた。


 これにはカイエンを始め、他の者たちも改めて度肝を抜かれた。【騎士】職の男子は今では〈サクセスブレーン〉の1陣パーティのメインタンクを務めている男子だ。それがこうもあっさりダウンを取られ、その後あっさりHPを削られて〈敗者のお部屋〉へ送られたのがしばらく信じられなかった。


 タンクはダメだと痛感したカイエンは、今はスピード型を3人配置し、ヒットアンドアウェイで対処してもらっていた。しかし、途中から回復が飛んできてリカが回復され、ゴウが下されたことで均衡が崩れつつある。


 そして二つ目が〈魔装3人娘〉と呼ばれている3人のグループ。

〈アークアルカディア〉のDランク戦ではあのアイアムソードマンを相手に大立ち回りをしたとして警戒していた相手だが、所詮は下級職。何とかなるだろうと思っていた。

 上級職になってた。……それも3人とも。

「どうなってんの?」とカイエンは心の中で思った。


 そしてそのコンボスキルの威力がエグい。

 威力だけならおそらくトップクラスの攻撃力を持っており、一度放つと直線上にいるものは全て消える。スキルや魔法も蹴散らし、人が居れば退場する。

 初撃でこれを撃ち込まれ、〈サクセスブレーン〉の情報担当として非常に重要なポジションにいた忍者ーズがカイエンを庇って退場したのは非常に痛手だった。

 おかげでカイエンは退場せず、〈サクセスブレーン〉はまだ戦えているのだから英断だったとは言えるが。


 被害を考え、少数で相手をしたいところだったが相手は3人いる。対処するには少人数では難しいと逆に大人数、6人を送り出し速攻で対処しようとして、失敗。

 2人が新たに退場させられ現在は4人が〈魔装3人娘〉を対処中だ。

 連携がやたら上手く、単独で前に出ようとすれば容赦なく狩られた。

 各個撃破しようとしても、向こうの方が連携は上で上手く捌かれてしまうのだ。


「私たちに連携で勝ちたければ」


「せめてこれくらいしてほしいよね~」


「合図を送っている時点でバレバレだよ」


 戦況を保つので精一杯だった。


 そして最後は猫人、〈見晴らしの黒猫〉の二つ名で呼ばれているカルアだ。

 スピード特化で誰も追いつけない。こいつを捌くには先読みして対処するしかなく、カイエンが相手をするしかなかった。

 カイエンが陣頭指揮を執り、4人でなんとか囲むことに成功、したかに思えたが特殊なユニークスキルで一瞬で包囲から突破された時は唖然とした。


 さらには黒猫たち。

 カイエンの情報網では黒猫は支援型。

 索敵などのサポートをする召喚獣という認識だったが、攻撃してきた。

 しかもやたらとダメージが高い。

 さらには自分が知っている猫とは姿が異なっていた。


 2体は小型だが額に水晶を嵌めており、素早く、影に潜り、気が付けば懐に潜られて、攻撃してくるアサシン型。もう1体大型の黒豹みたいな猫で完全に攻撃型の召喚獣だ。もしかしたら騎乗もできるかもしれないとカイエンは分析していた。

 つまりは実質4対4だ。


 Aランク戦だからと気合いを入れて装備を更新していなかったらもうカイエンはここにはいなかっただろう。

「なんだこの猫、怖!」とカイエンは密かに思った。


 だが驚いたのはもう一つ。

〈見晴らしの黒猫〉が今まで見たことの無いスキルを使っているのだ。


「『クロスソニック』!」


「ガード!!」


「「うおおおおお!?」」


 今のスキルは2度目だ。

 とんでもない速さで駆け抜けたかと思うと、別方向からやってきてまた駆け抜ける。

 当然駆け抜けた時に斬るのも忘れない。

 一瞬で二方向から攻撃を食らうと言えば分かりやすいだろうか? とても避けられない。

 ガードするだけで精一杯だ。

 真上から俯瞰していたらバッテンになるよう駆けていると分かるが、分かっていても対処出来ないくらい速い。


「『神速瞬動斬り』!」


「! ――『回避剣』!」


「ん。でも避けられない」


「うわああああ!?」


「しまった!」


 今のは初だ。

 これまたとんでもない速度で【刀剣流・師範】の男子に近づいた。それに男子はよく反応した。

 回避して斬るカウンタースキルで対抗しようとしたが、〈見晴らしの黒猫〉の方が速すぎて回避が間に合わずに斬られた。

 しかも、カウンターが失敗したことによる反動を突かれダウンしてしまう。

 カイエンたちもなんとかフォローしようとしたが、速さで〈見晴らしの黒猫〉には敵わない。


「『128スターフィニッシュ』!」


 これも初。

 いや、『64フォース』という技に似ている。両手に持つ短剣でクロスに交差して斬ったかと思うと〈見晴らしの黒猫〉は即離脱。

 一瞬後に大量の斬撃がその身に入るようで【刀剣流・師範】男子は瞬く間にHPを削られてゼロに。そのまま退場してしまったのだ。


 それからカイエンは方針を変更。

〈エデン〉メンバーを倒す必要は無い。

 ただ足止め、時間を稼げと指示を出した。


「撤退はしない! 踏ん張るぞ! ここで耐えきれば勝利は目前だ!」


「「「おおおおおお!!」」」


 カイエンが鼓舞する。

 そう〈サクセスブレーン〉は別に〈エデン〉に勝たなくていい。

 ただ生き残れば良いのだ。

 最悪なのは〈サクセスブレーン〉の拠点へ撤退し、この5人を連れてくること。

〈魔装3人娘〉のあの攻撃を受ければ拠点がどうなるか分からない。


 もちろん別の、例えば南に逃げるのもダメだ。〈エデン〉が東に行って〈サクセスブレーン〉の拠点を叩けば終わってしまう。


〈エデン〉はここで止めておく必要があった。

 故に〈サクセスブレーン〉は耐える。倒す必要は無い。ただ戦いを長引かせれば良い。

 そうすれば時間は〈サクセスブレーン〉に味方する。


 そしてどれだけ時間が経ったのか。

 生き残って居た10人は疲労困憊、もう均衡が破られる寸前、それは響いた。


 ―――試合終了のブザー。


 どこかのギルドが落とされ、Aランク戦ギルドバトルの試合が終了した音だった。

 文字通り、福音が会場に響き渡った。

 そして退場したギルドは――――



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