第960話 カイエンの手のひらの上。〈世界の熊〉の悲劇。




〈サクセスブレーン〉の大部隊が中心地点であるデカマス山を通って南西に向かい、〈明るい光の産声〉へ向かった。そのタイミングを見計らったようにとあるギルドが動き出していた。いや、実際見計らっていたのだ。


「ギルマスよ。行くのだな?」


 全身にアーマーを装着している全身鎧の大男の熊人、ナイヴスが隣の熊の毛皮を被った熊人の男子に問う。


「今がやつらを討つチャンスだ。〈戦乱〉には話が通っている」


 ギルマスと呼ばれたその男は端的に渋い声で答えた。


 熊の毛皮を被った熊人、彼こそがギルド〈世界の熊〉のギルドマスター、ガロウザス。

 その近くには右目にバッテンの傷を持つモンスター〈歴戦クマジロー〉が控えていた。ガロウザスの相棒にて騎獣モンスターだ。なお〈六森ろくもり雷木いかずちもくダンジョン〉の徘徊型〈ビビルクマジロー〉の進化系である。

 ちなみにこちらは本物のクマだ。偽者じゃない。


 完全に蛮族を超える何かな見た目の彼だが、その実力は高い。ギルド〈世界の熊〉は熊人を多く在籍させ、Bランク非公式ランキングで第五位という非常に高い実力を持っていた。

 しかし、彼の心中はその実績を持っても穏やかでは無い。


「カイエンを討つ。誰にも邪魔はさせん。〈カオスアビス〉に並ぶのは〈世界の熊〉だ」


 そう、彼らがしようとしているのは〈サクセスブレーン〉への強襲。

 手薄になったことを掴んだガロウザスはすぐに全軍を持って〈サクセスブレーン〉へ挑むと決めたのだ。


 その背景にあるのは焦燥感。

 元々ガロウザスは〈カオスアビス〉のギルドマスター、〈悪食のロデン〉と親友だった。

 共に実力が高く、多くの者たちがその能力に惹かれてギルドに入りたいと言ってきた。

 しかし、ギルドに入れる人数は決まっている。だが、集まった人数はその3倍以上もいた。


 本来なら選別する場面ではあるが、彼らの魅力に引きつけられた者たちはみな実力が高かった。

 そしてこう決断を下す。「そうだ、ギルドを分けよう」と。

 こうして生まれたのがロデン率いる〈カオスアビス〉とガロウザス率いる〈世界の熊〉だ。

 ガロウザスは熊人を多く受け入れ、変わっていたロデンはその他大勢をギルドに加えた。


 そして約束する。共に学園の頂点を目指そうと。

 だが現実は〈カオスアビス〉の方がいつも先へと進んでいた。

 ランクが上がるのも〈カオスアビス〉の方が早く、追いついたと思ったらまたランクアップされ離される。


 そしてとうとう〈カオスアビス〉はAランクギルドという、この学園に六つしか無い席の一角に上り詰めた。

 だが、ガロウザス率いる〈世界の熊〉はAランクギルドに挑むも勝利を掴む事は出来ず、Bランク非公式ランキングでは第五位という順位に甘んじていた。


 ガロウザスは早く〈カオスアビス〉に追いつかなければという焦燥感を次第に覚えるようになる。

 だが、ランクが並んだだけではダメだ。実力も並ばなくては自分たちはずっと劣ったままだとガロウザスは考えていた。

 故に狙うのは〈サクセスブレーン〉。Aランクに最も近いギルドと呼ばれたBランク非公式ランキング第一位のギルドだ。ここを下すことができれば胸を張って〈カオスアビス〉に並ぶことが出来る。


 ガロウザスはそう信じ、〈サクセスブレーン〉の東にある〈表と裏の戦乱〉に根回ししてこの戦いに参戦しないようにし、東側から回り込んで〈サクセスブレーン〉に向かったのだ。それが〈サクセスブレーン〉の誘いであると知らずに。


 この時拠点はなんと防衛モンスターのみのノーガード戦法。

〈世界の熊〉はフィールドの端、北東に有り、他の拠点から遠い。一番近いフィールドの北に位置する〈サンダーボルケーション〉と〈ミスター僕〉はにらみ合いをしつつ〈エデン〉を警戒して動けない。マッスラーズもこっちまで来ていないようだ。


 なら、南へ下り、〈表と裏の戦乱〉を動けないようにすれば、全軍を動かすことが出来るとガロウザスは読んでいた。

 たとえカウンターで〈表と裏の戦乱〉が動いても、その前に〈表と裏の戦乱〉の拠点を落としてしまえば良いという考えだ。


 ガロウザスが率いる熊人たち総勢25人。全員がクマ系モンスターに騎乗する。

 これは〈世界の熊〉が見つけた、上位ギルドになるための秘策。

 その名も――〈熊騎兵〉だ。

 最近ようやく実戦投入され、同ランクでBランク非公式ランキング第六位である〈ハンマーバトルロイヤル〉に大差を付けて下した実績を持つ〈世界の熊〉の希望だ。


 これさえあればAランクに居た〈テンプルセイバー〉と互角、いやそれ以上の力を持つことも可能だとガロウザスは見ている。


 全員がクマに騎乗する姿は非常に壮観だった。

 クマに跨がった熊人たちが駆ける。ただでさえ強力なクマモンスターと共にあればAランクにだって至れるだろう。そのまま出撃する。一度南に下り遠回り、〈表と裏の戦乱〉の側を通って東から周り込むルートで進む。


 もう一つの近い道を選ばないのは〈エデン〉を刺激しないためだった。あそこはラナの宝剣の圏内を通る。危なくて近づきたくないと直感が叫んでいた。故の遠回りだ。賢明な判断。

 しかしそれには〈表と裏の戦乱〉の近くを通らなければならず、「〈世界の熊〉と〈サクセスブレーン〉との戦いに関与しない」という約束を取り付けていた。

〈サクセスブレーン〉も、まさか〈世界の熊〉が東から仕掛けてくるとは思うまいという作戦。


「悪いな〈サクセスブレーン〉。俺たちのギルドのために負けてくれ」


 ガロウザスがそう呟き、〈サクセスブレーン〉が背にする東の池を迂回しようとした時。

 それは起こった。


「やっぱりここを通るよね」


 小さくそんな声が呟かれた直後。

 突如「ドッゴーン」という爆発音と共に側面より強烈な爆風にも似た衝撃が〈世界の熊〉に襲いかかったのだ。

 続いて聞こえたのは〈世界の熊〉メンバーの叫び声。

 そして周りに溢れ先を見えなくするほどの砂煙。バシャバシャという水音。


「「「うわああああ」」」


「ぐっ!? なんだ、何事だ! 何があった! 『大熊神の加護』!」


 瞬間すぐに臨戦態勢を取り自己バフを掛けて声を張り上げるガロウザス。

 突然の事で状況が分からなかったが、襲撃を受けたのだということだけは分かる。

 ガロウザスは『索敵』に捉えられなかったことを訝しんだ。

 そして爆発によって舞い上がった煙が晴れる。


「あ……あ……ああ……こいつは」


 一方でナイヴスはこれに見覚えがあった。

 忘れもしないクラス対抗戦、対〈1組〉戦で受けた攻撃。これの正体は。


「――地雷だ」


「地雷だと! 本当かナイヴス!」


 ガロウザスが声を上げた瞬間また「ドッゴーン」という爆発音と爆風。そして叫び声が轟いた。


「くっ、全員動くな! 地雷が仕掛けられているぞ! 索敵を密にしろ! 防御姿勢を取れ!」


 ガロウザスは声を上げながらも動揺していた。

 地雷は〈拠点落とし〉の常套手段。警戒は万全にしていた。

 しかし、事前に掴めなかったのだ。

 このいやらしい手はまさに〈サクセスブレーン〉の【トラッパー】のものだと看破する。


 そしてようやく砂埃が晴れた時、そこにいた25人はたったの10人に数を減らしていたのだった。


「ば、バカな……。他の者たちはどうしたんだ!? たかだかあの爆発くらいでやられる柔な者たちでは無いんだぞ!? 誰か、知っている者は!?」


「い、池に」


「池、だと?」


「俺、後寸前で落とされそうになったから分かる。〈サクセスブレーン〉の奴、地雷で池に落としやがった!」


〈世界の熊〉の構成メンバーの1人が、そう叫んだ。


 これを成したのは〈サクセスブレーン〉所属、あの〈テンプルセイバー〉戦でも騎乗した騎士たちを罠に嵌めた【トラッパー】を中心とした班。

 そして『索敵』を妨害する【レイヴン】のナギたちだった。


 しかし、〈世界の熊〉の不幸はまだ始まりに過ぎない。



 ◇



「『暗号受信』! ――そうか。〈世界の熊〉は引っかかったようだ」


 その頃、地雷を仕掛けた現場を見ているはずのメンバークロイから連絡を受け取ったカイエンが自分の拠点で他のメンバーに聞かせるように呟いていた。


「ガロウザスよ。〈サクセスブレーン〉にそう簡単に挑めるとは思わないことだな。すぐ真横に即死ポイントがあるのによくそんな場所の近くを通れたものだ。次からはもっとよく考えてから通るルートを決めるが良い」


「「「おおおお!!」」」


 カイエンはそんな言葉を添えて〈世界の熊〉がいるだろう場所へ視線を送る。

 雰囲気作り重要。

 それを見たメンバーたちから歓声が上がった。


 フィールドにある〈池〉はただの障害物などでは無い。

〈山〉は物理的に立ち塞がっていて視界も悪く、攻撃を躱すための壁にも使えるため障害物としてしっかりと認識されている。


 しかし、〈池〉の場合はそれらが無い。

 見晴らしは良いし、攻撃を躱す壁としても使えず、ただ通れないだけの平地くらいにしか思われていないのだが、それはカイエンからすれば甘すぎる認識だ。


 カイエンからすれば〈池〉とは即死ポイントだ。

 人は落ちると自力で泳いだり、スキルを使って脱出しないかぎり溺れ判定が出されて退場になってしまうのだ。

 そして、基本的に重い武器や防具を着ているため、沈む。対水用のスキルを持っていないとほぼ確実に詰むのが〈池〉という障害物だ。

 全くもって恐ろしいと、カイエンは池にはあまり近づかない。


 だが、そういう認識を持っている人は少数派だった。

 カイエンはそこに目を付け、池に落とすことで〈世界の熊〉を壊滅させたのだ。

 やり方は単純だ。東から〈サクセスブレーン〉へ向かう時は池を迂回しなければならない。迂回する時、人はどうしてもインコースを走りたくなるもの、だから進行ルートを予測し、そこに罠を仕掛ければいいだけだ。


 威力はそこまでいらない。だって池に落とせばいいだけだから。

 地雷は火力より、角度と隠蔽にこそ気を使い、相手を倒すよりも吹き飛ばすほうに力を入れて作製したものだった。


「火力などいらん。悟られぬ隠蔽性とただ吹き飛ばせるだけの効果、そして目隠しできるだけの煙だけあれば、この通りだ」


 カイエンはここにはいないガロウザスへ向けて解説する――フリをしながら誰もが憧れるギルドマスターを演じる。

 メンバーたちから注がれるキラキラした尊敬の視線を壊さないようカイエンも必死だ。


「〈表と裏の戦乱〉よ。動くと良い。今なら〈世界の熊〉の拠点が手薄だぞ。『暗号送信』!」


〈表と裏の戦乱〉と〈世界の熊〉の約束はもちろん〈サクセスブレーン〉にも漏れていた。そして約束の内容は「〈世界の熊〉と〈サクセスブレーン〉との戦いに関与しない」だ。〈世界の熊〉はこの被害だ。〈サクセスブレーン〉と戦うことはしないだろう。案の定、〈世界の熊〉は一度撤退を選択した。つまり、約束は成立しない。


 その後第五位の〈世界の熊〉10人と第十位の〈表と裏の戦乱〉がぶつかり、〈表と裏の戦乱〉は7人の退場者を出しつつも〈サクセスブレーン〉のサポートもあって〈世界の熊〉を陥落させる。


 全てはカイエンの手のひらの上。

 これにより、ギルドメンバーからカイエンに向ける尊敬度がまた上がったのだった。


 そして〈サクセスブレーン〉は予定通りピラミッド山の南西にある〈明るい光の産声〉を攻め防衛モンスターの点を70点ほど貰った後引き返し、今度はまたピラミッド山の南、〈ダンジョンライフル〉へと向かう。



〈エデン:1598点〉1位

〈新緑の里:798点〉2位

〈筋肉は最強だ:788点〉3位

〈表と裏の戦乱:642点〉4位

〈氷の城塞:600点〉5位

〈サクセスブレーン:541点〉6位

〈集え・テイマーサモナー:55点〉7位

 …………

〈世界の熊:―点〉13位

〈クラスメートで出発:―点〉14位

〈中毒メシ満腹中:―点〉15位

〈零の支配:―点〉16位

〈炎主張主義:―点〉17位

弓聖手きゅうせいしゅ:―点〉最下位




 ――――――――――――

 後書き失礼いたします!


〈ダン活〉小説5巻発売、コミックス2巻発売、タペストリー同月発売記念!


 いつも〈ダン活〉を読んでくださりありがとうございます!


 また、先日はたくさんの★をいただきありがとうございました!

 作者、とっても嬉しかったです!

 お礼に今日は、4話プレゼントしちゃいます!

 是非楽しんでください!



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