第948話 〈サクセスブレーン〉と〈筋肉は最強だ〉!




 もうすぐAランク戦が開始される。

 現Bランクギルドが控える控え室は今、異様な雰囲気に包まれていた。


 第二アリーナでは20もの控え室が存在する。試合中は〈敗者のお部屋〉へと変貌する緊張のぬぐえない部屋だ。

 そんな控え室一つにつき1ギルドが配置され、現在は最終確認の真っ最中だった。


 ここはその一つ、ギルド〈サクセスブレーン〉の控え室である。


「それでコブロウ、クロイよ。首尾の方は?」


 威風堂々。ただ立っているだけなのに前に立つ者を従わせる。否、雰囲気に呑み込ませるといった方が正しいか。まだ学生なのにやり手の貫禄すらある落ち着いた雰囲気の男子、ギルド〈サクセスブレーン〉のギルドマスター、カイエンが聞く。


 それに答えるのは黒い装束を着た2人だ。名をコブロウ、クロイという【忍者】に就く1年生である。なお、昔〈戦闘課1年15組〉にいてクラス対抗戦で〈エデン〉メンバーがいる〈1組〉に吹き飛ばされたこともあるが、今は些細なことだろう。


「方々に声を掛けておりますが、みな〈エデン〉には関わりたくないと一貫してます」


「こちらも同じく」


「そうか。どことも組めないのなら〈エデン〉を倒すのは無理ということだな。大人しく他の奴らを倒そう」


 カイエンの言葉に頷くコブロウとクロイ。

 他のメンバーもそんなカイエンと報告者の会話に耳を傾けていた。

 そうすることでみなも納得しやすいだろうという意図があった。

〈サクセスブレーン〉は〈エデン〉へ攻めるのを諦める。

 Bランク非公式ランキングで第一位と持てはやされていても暴走はしない。

 ギルドはカイエンの主導で完全にまとめ上げられていた。


 カイエンは常に現実を見て上へと昇る方法を編み出すのに長けている。

 その頭脳により〈サクセスブレーン〉は多くの上級職を吸収し、僅かな期間でBランクギルドへと上り詰め、さらにBランク非公式ランキングでは第一位のギルドとも言われるようになった。


 だが、ここで満足はしていない。〈サクセスブレーン〉が目指しているのは学園のトップ、Sランクギルドなのだから。


 しかし、目指している目標がSランクギルドだからといって1番になりたいわけでは無い。〈サクセスブレーン〉は現実を見る。勝てないなら勝てないとすっぱり諦める潔さを持っている。引き際を見極め、メンバーを引き締めるカイエンの手腕の賜物だ。暴走はしない。否、させない。


〈サクセスブレーン〉がまず標的にしたのは、まあ誰しも注目せざるを得ない、新進気鋭の1年生ギルド、〈エデン〉。

 現在Bランク非公式ランキングでは評価規格外判定を出されているギルドだ。

 単独で挑めば、どこのギルドであっても〈エデン〉には勝てないだろう。もちろん〈サクセスブレーン〉であってもだ。それだけの差があるのだ。


 故にまずは対〈エデン〉連合を組んで攻める算段を立てた。

〈サクセスブレーン〉は第一位と名を馳せるギルド。やる気の高い人材が多い。

 ただ、反対意見が無いわけでは無かった。リスクが高すぎる、無理に狙う必要が無いと主張するメンバーたちだ。とはいえ少数派だったが。

 そこでカイエンが現実を見せ、現実的に可能か不可能かを分かりやすく見せた。

 その報告がこれだった。


 どこのギルドも〈エデン〉は避けようと自ら藪を突こうなんてギルドは存在しない。

 何しろAランク席のチケットは6枚もあるのだ。

〈エデン〉を除いても5枚も席が空いている。

 なら、無理に〈エデン〉に絡みに行くのでは無く、なんとしても上位6位の座に滑り込もうとする方が建設的だ。


 例えば連合を組んで、助けに入って、もし目を付けられでもしたら目も当てられない。


 メンバーも単独では〈エデン〉とやり合うのは不可能と分かっている。カイエンから分かりやすい現実を突きつけられたら納得するしかない。

 だがやや不満に思う者は少なくない。故に全てを否定するのではなく一部を受け入れる姿勢をカイエンは見せる。


「それで、俺たちのギルドと手を組みたいというギルドは? もちろん近場でだ。俺たちの拠点の場所は公開しているだろ?」


「はい。それでしたら近くにある〈弓聖手きゅうせいしゅ〉〈表と裏の戦乱〉〈集え・テイマーサモナー〉から賛同の声が上がっております」


「山の反対側にある〈ハンマーバトルロイヤル〉からは断られました」


「構わん。話を進めておいてくれ」


「「はっ!」」


 対〈エデン〉連合を抜きにすれば〈サクセスブレーン〉と組みたいというギルドは必ずいる。

 カイエンは自らの拠点の位置を交渉材料にして相手の場所を聞き出し、近ければ組むことを視野に入れて交渉を仕掛けていた。盤外戦術である。


 ちなみに遠ければ組むこと自体リスクが高くなるため、〈サクセスブレーン〉が組むのはお隣だけだ。

 むしろこれだけ拠点の位置が近いフィールド、自分の周囲にある拠点を味方に付ければ緩衝地帯を作れる。つまりは壁だ。


〈サクセスブレーン〉の拠点があるのはピラミッド山の東、囲いの内側にある位置だ。拠点の東側は池になっており見晴らしが良く、奇襲を受けにくいなかなかの立地である。

 しかし、見晴らしが良いということは自分たちの状況が常に筒抜けという意味でもある。


 そこで緩衝地帯だ。

〈サクセスブレーン〉に近い拠点は二つ、北と南、そしてちょっと遠いが東に一つある。

 北が〈弓聖手きゅうせいしゅ〉、南が〈集え・テイマーサモナー〉、東が〈表と裏の戦乱〉だ。これで見事にお隣のギルドを敵対から同盟にし、敵からの攻めに対し緩衝地帯を作る事に成功した。


 本当はさらにピラミッド山の反対側に位置する〈ハンマーバトルロイヤル〉にも声を掛けたのだが、さすがに遠すぎるため断られてしまった。


「ギルマスー、〈エデン〉とそこそこ近いけど大丈夫?」


 コブロウとクロイが〈学生手帳〉を片手に部屋の隅に控えると、カイエンに話掛けたのは〈戦闘課1年1組〉所属、【レイヴン】のナギだった。

 本来拠点の位置は公開されていないので〈エデン〉の位置はバレていないはずなのだが、他のBランクギルドがどこにあるかの情報を集めることによりおそらくここが〈エデン〉の拠点だろうという位置を〈サクセスブレーン〉は割り出していた。

 もちろんこれも交渉の材料として使っている。情報は宝だ。


 だが、不幸にも〈サクセスブレーン〉とはそこそこ距離が近い。緩衝地帯である〈弓聖手〉がどれだけ壁になれるか。不安は尽きない。

 しかし、ギルドメンバーの前で弱気な態度は見せられない。


 小首を傾げる彼女を安心させるようにカイエンは不敵に笑い、貫禄がある態度で答える。


「無論だ。〈サクセスブレーン〉に敗北は無い。作戦通り行動すればAランクの道は開かれるだろう!」


「うん!」


 カイエンがそう宣言すると〈サクセスブレーン〉から歓声が上がり、少しして選手へ会場への入場案内放送が流れるのであった。


「マジでこの位置勘弁してくれ。あとみんな、そんなに俺を頼りにしないでくれ。マジで〈エデン〉とか本当は相手にしたくないんだよ。俺なら相手取れるとか無理だからマジで。誰かギルドマスターを替わってくれ……」


 そんな言葉がカイエンの口から漏れていたが、案内放送と歓声にかき消され、誰の耳にも届かずに消えていったのだった。


「ギルマスー、行こう!」


 ナギのセリフに、先ほどの言葉が嘘のように引き締まった顔をしたカイエンが宣言する。


「勝利は我らにある。〈サクセスブレーン〉――行くぞ!」


「「「「おおおおおおおお!!」」」」


 カイエンの受難は続く。



 ◇



 ここはフィールドの北西、ピラミッド山の囲いの外側にあり、比較的安全性の高い位置に建つ拠点。

 そこでしっかりとアップを欠かさない25人の戦士たちがいた。

 そこにギルドマスターのマッスル、ではなくランドルが声を張る。


「集合!! ユニークスキル復唱! 『筋肉こそ最強。他は要らねぇ』!」


「「「「「『筋肉こそ最強。他は要らねぇ』!!」」」」」


 集まる筋肉たち。

 空を舞う服。

 パワーアップパンプアップする筋肉。


 彼らはBランク非公式ランキング第二位。ギルド〈筋肉は最強だ〉、通称マッスラーズのメンバーたちだった。


 ランドルの声に反応し一糸乱れぬ整列と服投げをした筋肉たちを見てランドルはフッと笑う。


 みんなのトラウマ製造機。マッスラーズがこの囲いの外側、拠点密集地から離れた箇所に配置されたのは偶然か意図的か。

 近くの観客席に向けてマッスルポーズを取る筋肉たち。


 しっかり身体を温めながら試合開始のブザーを待つ。



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