第704話 〈金箱〉回! 勇者の俺が逃げ切られた!?
「久しぶりの〈金箱〉だーー!」
「もちろん開けるのは私よね!」
「そこはちょっと待ってもらおうか!?」
抜け目の無いラナがいつの間にか側まで来ていた。
おかしい、後衛のラナはさっきまでもっと遠くに居たはず!?
いったいどうやって!?
よく思い出してみればさっきからそこにいたわ。一緒にボス戦の余韻を分かち合ったわ。
まあいい。
「ラナ様、少々お待ちくださいませ」
「! エステル!? もしかして開けたいの!?」
なんとそこで待ったを掛けたのはエステルだった。
珍しい光景だ。エステルが立候補するとは!
「いえ違います。――ラナ様は〈放蕩獣鉄剣〉や〈女武士道シリーズ〉のレシピ全集など、最近とても宝箱を開けておりますから、そろそろ別の方に譲ってもよいかと」
「むー、なるほどね」
スッとラナに近づいたエステルがこしょこしょ小さな声で伝えていた。
ただ、近くにいた俺には全て聞こえているのが難儀である。
しかし、エステルの言うことも一理ある。ラナは最近いいのを当てすぎた。
いや前からだったかな?
ずっと当たらなくて奥の手まで使った〈放蕩獣鉄剣〉もラナがツモったし、翌週は〈鬼ダン〉レアドロップである〈女武士道シリーズ〉のレシピ全集を当てていた。
とんでもない幸運だ。
ラナって何か持ってるんだよなぁ。羨ましい。俺だって〈幸猫様〉にたくさんお供え物しているのに! いったい何が違うと言うのだ!
はっ!? ラナはいつも〈幸猫様〉を膝に乗せている……、まさか? いや違う、きっと気のせいだ、気のせいに違いない! ふう。
危うく気づいちゃいけない事に気づきそうだったぜ。
俺が頭の中で葛藤を続けている間に話は続く。
「シエラ殿はどうですか?」
「私?」
「はい。できれば良いのを当てていただければと」
「結構無茶言うわね」
白羽の矢が立ったのはシエラだった。これは、最近シエラは〈金箱〉を開けていないからだな。
というか、レアドロップを当てていない。
そこでエステルはバランスを考えてシエラに振ったというわけだ。
あんまり〈金箱〉で良いのを当てすぎると要らぬ反感を買う、かもしれない。
ゲーム〈ダン活〉時代もあったのだ、いいことだけ報告していたら徐々に苛烈なビンタを食らうことになった、そんなことが。(何の影響も無い)
実際そんなことがあるのかはともかく、バランスや順番は大事だ。
〈金箱〉は俺もラナも、そしてエステルも〈放蕩獣鉄剣〉をゲットするときに散々開けたからな。しかし、あの時はシエラはパーティに参加していなかったのだ。
そしてその時に当てた武器、〈流氷短剣・アシャ〉は現在カルアの装備、〈マテンロウ〉はエステルの装備となっている。
シエラには特に無し。
エステルの物言いも分かるというものだ。
「そうね。開けてみるわ」
「頼んだわよシエラ! 狙うは激レアドロップよ! 強いのを当てるの!」
「フィールドボスの〈金箱〉ドロップだからな。わりとレア物が混じるときもある。特にここは〈ハイフェアリー〉だったからなぁ。〈召喚盤〉とかアリだよな~」
〈拠点落とし〉の防衛戦もそうだが、単純に【召喚術師】の需要も計り知れないものになる。問題は〈エデン〉に【召喚術師】が居ないことだけどな。
フラーミナがこのダンジョンまで来た暁にはフェアリー種を
「もう、みんなそんなにプレッシャー与えないで。期待外れだったらどうするのよ」
「シエラだし、期待外れでも問題無い」
「だから気楽に開けて良いわ!」
「まったく説得力を感じさせない言葉ね」
「二人共、仲良い」
ふっふっふ、甘いなシエラ。
宝箱には全力で挑むのが俺たち〈ダン活〉プレイヤーだ。
〈幸猫様〉をゲットし、出来る限りラックを上げられるようお供えと祈りを捧げ、捧げ、そして捧げ。パカりと開けて一喜一憂、そしてビンタする(される)。
それが正しい〈ダン活〉の楽しみ方なのだよ。
期待するななんて出来るわけがない!
俺とラナがキラキラした目でシエラを見る中、シエラは軽く息を吐いて〈金箱〉に向きなおる。
ここでシエラが良いのを当てれば、バランスも良くなる。良いのを当てて欲しいぞ!
「カルア、エステル、シエラを応援するのよ!」
「え? そういうの要らないわよ?」
「ん、頑張ってシエラ」
「良い感じのをお願いいたします」
「ちょっと」
「シエラ、〈幸猫様〉によーくお願いするんだ。〈幸猫様〉ならきっと叶えてくれる!」
「あなた〈幸猫様〉の信頼値が高すぎるわ」
「だって〈幸猫様〉だからな!」
「はあ。もう開けるわよ? 〈幸猫様〉お願いします」
「「お願いします!」」
シエラが祈り、俺たちも続く。
〈幸猫様〉よ、どうか我らの願いを叶えてくれたまえ! 叶えてくださったら良いお肉をたっぷり貢ぎ、じゃなかった、お供えします!
パカリとシエラが〈金箱〉を開け、俺たちが覗き込む。
そしてシエラが取りだしたのは、一つのペンダントだった。
「む、これは。〈自然適応ペンダント〉か!」
「どうなのゼフィルス、これは当たりなの!?」
俺の言葉に代表してラナが聞いてくる。シエラ、エステル、カルアも俺に注目していた。
「とても良い部類の当たりだぞ! 非常に需要のある良装備だ。これ一つで環境のマイナス効果全てに耐性が出来るんだ!」
―――〈自然適応ペンダント〉。
さっき話に出た〈自然の
魔防力の数値が大きい他、その唯一の能力『環境適応』のスキルが超優秀。
このダンジョンでも31層から冬エリアに入るが、ある一部の地域は雪エリアとなっており、そこに行くと環境マイナス効果に蝕まれる。雪エリアはランダムデバフだな。
戦闘に入ると何かしらのステータスにマイナスのデバフがくっついた状態からスタートする。わりと厄介なマイナス効果だ。
マイナス効果を防ぐには『
一番有名なのが暑さによるスリップダメージだな。そして寒さによるデバフ。
他にも強風による移動速度低下や、乾燥によるHP最大値の減少、暗闇による攻撃命中率低下、果ては汚染環境によるポーション効果低下
それに対し、防ぐアイテムやスキルなどが対になって存在する。
しかし、その環境に合わせてそれにあったアイテムを持っていくのがめんどくさかったり、忘れやすかったりする問題がある、そんな貴方に心強い味方として、所謂なんでもなおし的なアイテムやスキルが存在した。それがこの『環境適応』だ。
これ一つで非常に有用な効果を持っている。
それをみんなにも説明していく。
「へー! じゃあちょっとだけ試してみたいわ!」
「……そういえば次の階層は冬エリアだったわね。覗いてみるくらいはいいかしら?」
「確かに、ゲットしたからには使ってみたいよな!」
新しくゲットした物の効果が気になる、使ってみたいと思うのはゲーマーの心理だ。
ゲーマーじゃなくても真理かもしれないが。
「よし、じゃあちょっと使ってみるか!」
そういうことになった。
時間もあまりないのでちょっと覗くだけ。急いでドロップをかき集めて31層への門へと向かい、まずはシエラがアクセをチェンジして〈自然適応ペンダント〉を装備する。
パッシブスキルなのですでに効果が発動しているはずだが、ここではよく分からない様子だ。
「行きましょ!」
「寒いと思うが、少しだけ我慢な」
そう言うと、俺たちは門に入った。
そしたら一面植物が枯れきった冬の光景が飛び込んで来た。雪はまだ見当たらない。
少しすると一気にひんやりとした風が俺たちを襲ってくる。
「うわ、さっむい!」
「本当に冬なのですね」
「ん、寒。プルプル」
ラナがどこか楽しそうに両腕を抱きしめ、エステルがラナを風からかばう位置に立って辺りを見渡していた。
あと猫人のカルアにはやはり冬は堪えるようだ。プルプルしている。
それに対してシエラは、
「本当に寒くないのね」
俺たちを見てきょとんという表情をしてから自分の体をチェックし始めた。全然寒く無い様子だ。
「ねえシエラ、次貸して! 私も着けてみたいわ!」
「いいわよ。――はい」
「ありがとう」
「――! ちょっと驚いたわ、寒いわね」
ペンダントを外してラナに渡した途端、シエラが髪を抑えて寒がった。
どうやら冬の風もシャットアウトしてくれるらしい。
「わー、本当に寒くないわね! これちょっとおもしろいわ!」
タリスマンの横にペンダントを吊り下げたラナが不思議そうに自分の体を見渡した後はしゃいでいた。スカートを少しひらつかせクルりと回る。
その後エステル、カルアと続き、身をもって効果を体験し、続いて俺の番、かと思いきや。
「ゼフィルス、だめ、これは渡さない」
「カルア待てー!」
「待たない!」
カルアが逃げた。逃走だ!
どうやら冬の寒さが予想以上に応えたようだ。俺に渡すのを拒否して逃げ出したのだ。
くっ!? カルアに逃げられると追いつけない!?
そうしているうちにタイムアップ。
俺たちは30層へと戻り、ショートカット転移陣で帰還することになったのだった。
勇者から逃げられる存在を、俺は初めて知ったよ。
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